The power of doubt.

This June, I often did yoga and meditated to be empty. To be empty, we need to feel rather than think. We need to use our whole body which is subtle, rather than our brain which is just a part of our body.

After we can feel through our whole body as dancers do, we need to tune ourselves to a higher level of energy which is sometimes called God or something great.

To memorize those high energies via my physical body, I went to Oharano Shrine in Kyoto, Shirahige Shrine in Shiga and Kasuga Taisha shrine in Nara in June. Each shrine has different high energies. I’m flowering the subtleties of my body and this is a very interesting process. Because it happens invisibly. I need to be more humble .

Feeling something is very different than imagining something. But we sometimes mix them. Now I feel that I am able to know the positive side of the power of doubt. I have doubted myself and I am becoming humbler. It never gets me down. It just opens my eyes.

Doubt helps me to be empty. Doubt guides me to feel more correctly. I am in a loving process. And I want to invite you into this process, too.

否定することに、否定的になっていませんか?

こんなコメントを、メールでいただきました。うれしいなぁ・・・ありがとうございます!(掲載許可いただきました)

「久々にみきさんのブログを拝見していたら、もぎたての茗荷や大葉、ピーマンを食べているような気分になりました。
しゃっきり、目が覚めるようですよ。」

さて、昨夜は「会社を辞める理由を、どうしても肯定的に見せないといけない」と悩むクライアントさんのセッションでした。

会社の社風によって「辞める=ステップアップでないといけない」というプレッシャーが、異常なところあるようです。ざっくり言うと、否定することを否定してしまっている社風なんです。その不自然さたるや極まりなく、その会社が、世間から隠したいものが、逆に浮き彫りになりますが、そのことにまだ気づかれないようです。

個人レベルでも、組織レベルでも、こういうことは起きます。たとえば・・・

・否定しちゃいけないと、否定することを否定する。
・ジャッジしちゃいけないと、ジャッジすることをジャッジする。
・排除しちゃいけないと、排除することを排除する。

上のやり方をすると、上の例でいうと、否定/ジャッジ/排除の存在感がより際立ち、価値が高まるだけなんですが、やっぱりそのことには、みなさんあまり気づかれないようです。

なにひとつ、不必要なものなどありません。ただ、すべて、使い方を知る必要があるだけです。

こうしたことも、ちゃんと遊んで生きていれば、起きないのですね・・・。