わたしには何もない

最近地震が多いから、色々点検しておきたいですね。おはようございます。吉野実岐子です。

「わたしには何もない」と言われたら、つい「そんなことない」と返したくなるかもしれません。でも、そう返さなくていいんです。

だって、本当に何もないなら、不平不満は一切でてこないはずです。でも「わたしには何もない」と誰かに訴えたいなら「わたしにはあるはずなんです」が、その人の本音です。いわば、あるはずのものが盗みにでもあったかのように、信じているのてす。

「そんなことない、こんなにあるじゃない」と指摘されても、盗みにはいられたかのように「ない」と訴える人には、通じないでしょう。また、ご本人はどこかそんな自分を謙虚だと思っていたりしますが、真逆であるのは明白ではだかの王様状態です。

本気にしない。

おはようございます。吉野実岐子です。

「すごく楽しい」と思っていたけど、しばらくして振り返ってみたら「楽しさをつくりだすために、いつもわたしが我慢していて、本当は苦しかったな」と、船が転覆したようになったりします。

憎しみや恨みをもつほどのことが、何十年もたって自分を助けてくれて「なんてラッキーだったんだろう!自分は恵まれている」とあの頃予想できなかった感覚で、自分を満たしてくれることもあります。

自分の考えをまもろうとしたり、気持ちにしがみつくのは、そんな視点からすると、少し行き過ぎと呼べるかもしれません。自分の考えや気持ちをあえて本気にしない余裕が、あなたの首や肩や背中気持ちよさを残してくれるのかもしれません。

グミの使い方

通信許可。おはようございます。吉野実岐子です。

お菓子のグミは、釣りの餌としても使えるそうです。私が釣りをしたことがあるのは数回で、しかも海釣りばかりですが、確かにミミズなどより針につけやすそうだと思いました。

お菓子のグミを開発した人にとっては、そんな使われ方は、想定外でしょう。受け取る側がどんどん工夫して、その物の可能性をどんどん引き出していくと、表現することも可能です。

一方で、開発者側からすると「意図と違う」と表現できます。ここからが本題ですが、これはコミュニケーションにおいてよくある話なのです。優しそうに見える一人ぼっちになりたくない人を見て「優しそう」「ひとりはみんな辛いよね」と反応するのは、開発者の意図通りにグミを受け取ったのと同じです。

ところが、そういう人が実はしたたかに周りが自滅するよう、周りを攻撃しまくっているのに、自分では自分を「優しい」「一人ぼっちになりたくないだけ」と思い込んでいたりします。実際に自分でやっていることには、バレないからとたかをくくり、無頓着なのです。

こうしたしたたかさや攻撃を見抜くのは、グミを釣り針につけちゃう人たちです。受け取りながら、どんどん暴いていけるのです。

失わない素晴らしさ

これ以上、失わないために。 おはようございます。吉野実岐子です。

「○○の秋」なんて言うから、何か新しい経験やチャレンジに、目が向きやすいかもしれません。でも「なんだか気が進まないな」と思うなら、ぜひそこに留まってください。

それがなぜかについて、3分間お話ししています。よかったら、耳を傾けてくださいね。

◆ 今日も”thumbs-up” (3分間)

パソコンからなら、アプリのインストールは不要です。上記どちらも、パソコン上では、そのまま再生できます。

自分を大切にしない人を大切にする、気持ち悪さ。

おはようございます。吉野実岐子です。

「人間関係がうまくいかない」と悩む方の中には、自分を大切にしない人を周りにたくさん置いているケースが多々あります。

なぜ、あなたを大切にしない人に、あなたはいてもらいたいのでしょうか?迷惑メールを、わざわざ受信箱に戻すような動きが、なぜ必要なのでしょうか?

あなたを大切にしない人を、あなたが大切に思う人のゾーンに入れて「きっと私が悪い」と自分を責めるのはなぜでしょうか?

さて、客観的に見て、上の動きは気持ち良いでしょうか?気持ち悪いでしょうか?

自分がないと?

久しぶりに、水キムチを作りました。おはようございます。吉野実岐子です。

自分がないと、相手をイライラさせます。自分がない人は、周りに合わせるからです。小学校の時、誰かに自分の言い方を真似されて、初めの内は笑っていても「もうやめてよ~!」と、なりませんでしたか?あの感じで、気持ち悪さがつのるのです。

自分がない方は、精一杯気を使っているつもりだったり、嫌われないようにがんばっている思いやりのある人のように、自分を認識していたりします。そう、嫌われないようにすることほど、自己中なことはありません。

どんどん本音を隠して、周りに合わせて振舞っていくほど、どんどん周りは「気持ち悪い」と思うようになります。そうしていながら「人が怖い」と認められず、「表現力がない」と自分を捉えていると、その内省力の低さから、同じところをグルグルしてしまいます。「変わりたいのに変われない」は、ここからも生まれています。

気持ちよさはどこから来るの?

こういうYoutubeもあるんです。おはようございます。吉野実岐子です。

今日は、ちょっとざっくりとした話を書いていきます。気持ちよさは、いったいどこから来るのでしょうか?優しい人は、気持ちいい人でもあるでしょうか?知らない単語がたくさんあるわけでもないのに、読んでいてきもちのいい日本語の本と、読んでいて気持ちのよくない日本語の本があるのは、なぜでしょうか?

例えば、わたしはThe New York Timesはなぜか読みにくくて、The Washington Postはすぃーっと読めるのです。あるいは、子供のころ好きだった、日本語で何度も読んだ本の原文をよむと、読みづらくて辟易とすることがあります。一方、おどろおそろしいテーマだと思うのに、読んでみたらすいすい読める洋書もあります。

こういう時、気持ちよさは意識の抵抗のなさが生んでくれています。つまり、日によって変わる可能性もあります。確かに、The New York Timesが読みやすい日もあったり、子供のころ好きだった、日本語で何度も読んだ本の原文が、急に読みやすくなる日もあるのです。そう、固定はされません。

意識が抵抗しない、つまり、無意識が働きやすい(と仮に表現します)相手は、気持ちいい相手と認識されますし、そういう人は「相性がいい」とみんな固定したがる、それだけなのです。だからこそ「あんなに相性がいいと思ったのに…」という相手と喧嘩別れもできれば、離婚もできるのです。

保険を掛けない

今になって、お風呂場の壁には磁石がつくことを知りました。おはようございます。吉野実岐子です。

いきなり本題に入りますが、気持ちいい時間が続いていくコツは「保険を掛けない」なんです。「保険を掛ける」時には「ああしたらこうかな」のように仮説を立てて、シュミレーションすると思います。そうした、仮説やシュミレーションは、これまでの経験やこれまでに得た知識を基にしているしょう。

そうすると、過去の最適化が行われてしまうだけで、自分で天井を低くするようなものです。天井が低くなれば、気持ちよくありません。あるいは、そんなに意識的な状態になれば、自分にツッコミを入れたり、焦りを生み出していくことになります。気持ちよくなくて当り前です。

まずは、毎日の中で「保険を掛けない」を生きてみて下さいね!

ベジタリアンの真似ごと

現在、四国にはツキノワグマが20頭しかいないそうです…。おはようございます。吉野実岐子です。

最近は、地球に優しいこととして、ベジタリアンの真似事をしています。もっとも、放っておくと、私は野菜しか食べなくなってしまいます。小さい時から好き嫌いゼロで、野菜以外であっても、食べられないものはありませんでした。

ただ、災害が急に起きても動ける体作りを思うと、少し無理してため息をつきながらでも、タンパク質を取ったときの方が、目的にかなうんです。今は地球の汚染が、10年前と比べてもとんでもなく深刻で、また植物由来の食事がかなり身近なものになってきたこともあり、手の届くところにある選択肢がかなり増えました。

実は、必ずしもベジタリアンの真似をすると地球に優しいと言い切れない部分もありますが(例:輸送費)、今はまずいろいろ試してみる実験期間にしています。今の生活様式を大きく揺るがすようなもの(例:入手困難なもの)は、やっぱり続かないし、いろいろ知っておくと、気づかない内に自分の生活様式が変わっていた時「そういえば、あの選択肢がある」と思い出せる喜びがあります。未来の喜びを今知らず知らずつくっているんです。

そう、今においても喜びが増えます。例えば小麦粉と豆のパスタは美味しくなくても、玄米と豆のパスタはおいしいなら、パスタを選ぶときの喜びが増えますよね。豆腐ハンバーグ作りにカルダモンなどのスパイスを入れるアイデアは、ベジタリアンのレシピで知りました。インドを連想する数々のスパイスが、こんなにひじきや豆腐と合うなんて、思わず喜びが込み上げたんです。そうやって、喜びが増えてしまうとき、また気持ちよさも拡がっていくようなんです。

 

もう一度、気持ちよさが拡がる時

社会×科学でこんな楽しそうなイベントがあります。おはようございます。吉野実岐子です。

欲しかったもの・関係・情報・空間・存在を、あなたはどれくらい大切に生きているでしょうか?そこに、自分への尊重度合いが現れる気がするんです。

自分への尊重がごそっと抜けてしまうと、欲しかったもの・関係・情報・空間・存在に、ただ期待するようになるのかもしれません。そして、期待に応えてくれないと嘆く裏で、あなたが自分を大切にできないことが、正当化されてしまうのかもしれません。

欲しかったもの・関係・情報・空間・存在、つまりあなたの今いる環境を構成する要素に「ありがとう」「大好きだよ/なんて愛おしいの」「今日もきれい/かわいい」と自然と思えている時、あなたは自分を尊重できる気持ちよさに包まれているのかもしれません。

ちなみに、欲しかったもの・関係・情報・空間・存在とは、いつでも和解できます。「ごめんね」「許してください」と自然に頭が下がってしまうのなら、またここから、自分が尊重される気持ちよさが拡がっていくのでしょう。

一度に一つ

スカンジナビア。おはようございます。吉野実岐子です。

今回ポッドキャストは、虫や鳥や蛙など、日の出の頃の音風景を楽しんでいただけるようにしました。少しお話控えめにして在ります。

一度にいくつものことをして、満足度UPや幸せに近づくと思っている方が多いようですが、逆です。一度に一つが、私たちのデフォルトですし、依存からの回復の方法としても知られます。そう言われてドキッとした方、いい感じです!

◆ 今日も”thumbs-up” (3分間)

パソコンからなら、アプリのインストールは不要です。上記どちらも、パソコン上では、そのまま再生できます。

何もできない小さな子

お目目ぱっちり☆ おはようございます。吉野実岐子です。

自分の全体を使っていないと、つまり部分的に使っていると、たくさんの役割に追われるようになります。そして、その役割を完遂することで、自分の居場所をえたり愛されることを期待します。

そうすればするほど、つまり頑張れば頑張るほど「居場所がない」「愛されない」と感じる瞬間が降り積もっていくのは、何故でしょうか?考えたことはありますか?

小さな子は何もできないけど、そのいつもキラキラしてしまう目で、居場所も愛もえていきます。そう、全体を使っていて気持ち良いから、その子と接した人も気持ちよくなるんです。気持ちよさが拡がって、いつの間にかあなたも自分の全体を使うようになっているんです。

 

目をキラキラ輝かせる

医師をされている皆様へ。おはようございます。吉野実岐子です。

つい心惹かれて、目がキラキラしてしまう瞬間は、あなたの一日を何%を占めているでしょうか?

小さな子などは、何もなくても、朝起きた瞬間にも、昨日とは違う空にも、ただ目がキラキラします。「楽しい」ことがいっぱいで、雲がどんどん形を変えていくのが気持ちいいし、お母さんが昨日と違う髪型なのが気持ちいいし、昨日と同じイチゴは初めてみたいに美味しくて気持ちいいんです。

気持ちいいと、私たちはそんなふうに自分の全部を使っていきます。それを見て「早くしなさい」「ちゃんと片付けなさい」「昨日も言ったでしょ」と言う人たちは、自分の部分だけを使っています。自分の部分だけを使っているから、全然気持ちよくありません。子供が言うことを聞かないから気持ちよくないのではなく、自分の全部を使ってないから気持ち良くないんです。

 

成功に怯えないために

10年以上使ったタッパーが一つダメになり、シリコン製のこちらが一つ仲間入りしました。おはようございます。吉野実岐子です。

昨日の続きです。あなたが今つくれる豊かさを毎日、実際につくりだしていくようになると、自分目線の豊かさが続いていきませんか?

それが、すごく大事なことなんです。そうやって、自分目線の豊かさがつづいていくと、次の豊かさがやってきます。次の豊かさは、少しあなたの目線を上げてくれるものになるでしょう。でも、ガーデニングが好きだった人が、博打に興じるようになるような、極端な変化はそこにありません。

だから、そうやって次の豊かさがやって来続けて、あなたがあなたの思う成功にたどり着きそうになっても「どうしよう、成功しちゃう」と、怯えなくて済むんです。「自分はすごく変わった」なんて、思えないんです。「同じようにやっていただけ」という穏やかな感覚のままでいられて、気持ちがいいんです。