江戸っ子の手に返す。

羽生結弦選手が、ここでもただ素直に「成長しよう」と4回転半に挑み、公認大会では初、ジャンプの種類として4回転半だと認定されましたね。「もうすぐできるよ」と、誰もできないジャンプの手前を見せていただけました。途中を見せていただけるワクワク感といったら、ないですね!

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明るくなるまで、考え抜け。

おはようございます。吉野実岐子です。

明るい気分になりたいなら、未来を明るくしたいなら、考え抜く気持ちよさに身を任せることです。そう、考えぬけば、他では得られない爽快感を味わえます。

それが王道です。昨今はこの王道が非常に軽んじられています。明るい気分になりたいと、自分の外にあるものに手を伸ばしても、結局モヤモヤは消えないで、余計に嫌な気持ちが濃くなると、皆さんもご存知でしょう。未来を明るくしたいから、自分の外にある他人の考えと一体化すれば、暗さの質は闇夜のそれになります。

自分で徹底的に考え抜いて、きちんと解がえられた時に来る明るさは、何物にも変え難いものです。ただ明るいだけでなく、あなたの足元をより確かにし、安全を増し、安心の質を上質にしてくれます。

琉球政府の時代とその名残

この秋からEUでも郵便物の通関に関する情報の電子的な送信が求められるようになったんですね。おはようございます。吉野実岐子です。

今日は、多くの日本人が知らない史実が学べる動画を、ご紹介します。よかったら、知見をひろげるきっかけとしてくださいね!

沖縄の場合は、文化的なトラウマがあると言っていいんです。

適切な化学変化

めっちゃ信頼できるsnow peak。おはようございます。吉野実岐子です。

関西では、デパートでも普通返品を考えないものを買った際、お会計時に「絶対に返品を受け付けない」と強い調子で言われて、また非常に驚きました。通常、そんなこと思いもよらないでしょう。しかし、関西ではそうしたことが当たり前に行われているのだと知りました。例えば、こうしたことに違和感を感じるなら、その土地は住むべきではないでしょう。

一方で、そうしたことを「面白い」とワクワクできるなら、そうした違いは、あなたが成長するきっかけをもたらしてくれるでしょう。あるいは「そうしていいんだ」と許可をもらったような、自由を得る感じがあるなら、そこに住むことであなたのなかのその部分がどんどん引き出されて、世界への関わり方が変わっていくはずです。

全く違う気候帯に住もうと、風習が極端に違う海外に住もうと、そこで閉じて暮らしてしまえば、こうした違いにはほとんど身をさらすことがありません。海外では、日本人であることも大きな違いになりますから、そうした目に見えてわかる違いには、相手も踏み込んでこない分、頑固なまま生きやすくもなる一面があります。

そうなると、せっかく違う土地に住んでいるのに、つまらない気もします。違う土地に移るとは、ある程度自分にも化学変化が起こることを許すことですから、自分を否定されるような強烈な化学変化でなく、自分がやわらいだり解けたり視点を変えられる程度の、適度な土地を選ぶと「なんだかんだいっても、ここに住んで良かった」という思いが生じやすいでしょう。

年数で言えば、大体5〜6年は必要で、それより短期間でうつり変わっていきたいなら、求めているものは自分の変化ではなく、はっきり言えば自分と違うものを牛耳る気持ちかもしれません。

環境が変化すると確かに私たちは変わりますが、環境の変化に依存するのはおかしなことです。そして移り住むときには「一生ここに進む」といった重さはいらないでしょう。

だって、住んでみないとわからないことが絶対にあるからです。そのわからなさに自分を開いて、ゆえに「一生ここに住むかどうかはわからない」と言えることは、その土地にすでにいる人を尊重する動きになるのではないでしょうか。

えっ?緊張したから!?

不安に続き、とうとう緊張も悪者要員に、駆り出されてしまったようです。不安の時と同じで「うった後にあざができたり、目の血管がきれてペンキをベッタリ塗ったようになったのは、きっと当日緊張しちゃったんだろうね」と、緊張のせいにする作戦が、大々的に始まったようです。

「あなたが緊張したからですよ、あなたのせいですよ」と、責任逃れをして相手を追い詰めていくやり方です。フランス語でゔぁくさんと発音するそれを口にした途端、身を固くする医者もでてきました。もっとも、それでもまだ善意を感じるくらいです。

「大体医者の前では緊張するから、特に甲状腺がらみの値なんて間違ってでて、治療すべき対象が見過ごされてきたんですものね!これまで、間違った値をもとに、治療が進んでいくのを、これまで医者はよしとしてきたんですよね!」と言いたくなります。

良いものが、こんな風に「触れてはいけない」扱いになるでしょうか?例えば、すごくおいしい梅干しのことを、身を硬くして語るでしょうか? 症状をそう認識させぬため、鎮痛剤や解熱剤を暗に進める動きも活発です。物質使用障害に向かう人を増やしたいのでしょうか?そんな風に考えると、扱われ方がその本質を表すことが見えてきます。

いいものは、水が高いところから低いところに流れるように届き、おかしな力は必要としません。ポンプで吸い上げるような、おかしな力を必要とする時、私たちは立ち止まりきちんと首をかしげ始める必要があります。

さまざまな失認

相貌失認の状態では、物体に対して失認は示しません。物も顔も、色と形の組み合わせでできているといえますし、福笑いのように配置を変えれば全く別の顔になりますが、相貌失認の状態では、物は認識できるので、標識などは認識されます。

そして、実は顔は認識できるが、物体は認識できない状態もあります。実際に症例として、報告があります。

失認には、他にも街角にあるランドマークとなっている店がわからないといった、よく知っているはずの環境で歩き回れなくなるものもあります。この地誌失認は、相貌失認の状態で一緒に持つことが多いものの、単独でも生まれると言われます。

こうした失認の状態は、明らかに交通事故で脳を損傷した場合などは、経過を見るが故に発見されますが、物心ついたときにはそうである場合、発見が遅れてしまって、人生も晩年に入ってから、本人が気づくケースもよくあります。

様々な状態があることをみなさんにはご理解頂き、決めつけ・思い込み・隠匿が不要な、風通しのいい社会をつくっていくきっかけとして頂ければ、幸いです。

いいイメージを持って欲しい?

みんながイメージ操作する時代だから、ほとんどの人が「どう見られるか」を、まず考えます。フェイスブックでもブログでも、自分の見てくれを気にします。

いいイメージをつくることに成功している人は、まず腹黒いでしょう。何を隠せばいいか、よく知っているということだからです。ねつ造された「隙」はあっても、ほんとうの隙はない人でしょう。

見てくれを気にする人をコントロールするのは、簡単です。低コストです。安く上がります。さて、今のあなたは、見てくれを気にする人でいたいでしょうか、それとも自分を内から支える志を気にしたいでしょうか?

初出::2013年3月23日

「いつもなにかをしながら、なにかをしてしまう」

みなさん、眠る前に、神経を休めていますか?「幾つものことを、同時にできた方がいい」と、思い込んでいませんか?そう思い込んでいる人に会うと、スペインに滞在していた時を、思い出します。あの時、わたしは、ご飯を食べながら話すことが、できなくなってしまったのでした。一度にひとつのことしか、できなくなったのでした。

ホームステイどころか旅行でも、英語が母国語の国に、行ったことがありませんでした。英語だけ使う環境で、アジア人はわたし1人の中、いきなり出会った人達と、寝食を共にする生活に入ります。英語力に限りがあるわたしは、18ヶ国もの「訛」のある英語にまみれ、初日の午後三時、頭が停止しました。

目の前にあるひとつのことに集中することしか、できないのです。みんなは余裕です。英語も流暢です。1人を除き、全員、母国語で話せる相手もいました。わからない英語も、ヨーロッパ圏の言葉が母国語なら、ある程度予測できて、話せなくとも、聞いて理解できたりします。食生活や文化や風習も似ていて、大きなチキンや、甘すぎるスィーツに歓声をあげられます。

そして、わたしはご飯を食べながら、英語で話せなくなりました。その時、ブラジル人Sが、わたしの顔を覗き込みました。母国語を話す相手がいなかった、もう1人です。多様な経験を通し、優しい目を手に入れた彼は「悲しそうだね」と、言いました。

「みんなと仲良くなれる(ほぼ唯一の)時間なのに、わたしは、食べながら話せない。めいっぱいで、目の前のこと、ただひとつにしか、エネルギーを注げない。」わたしは、言いました。そしたら、彼は、こう言ったんです。

「うらやましいよ。きみは、僕の先生だ。ぼくは、いつもなにかをしながら、なにかをしてしまう。瞑想の先生に、言われているんだ。”同時にいくつものことをするのは、止めなさい。一度にひとつのことだけ、しなさい。” 妻の話をききながら仕事のことを考える。取締役会で伝えることを考えながら、ご飯を食べる。それで妻は去った。今、真剣にトレーニング中なんだ。本当に、心底、きみがうらやましい。」

その時、わたしは初めて「いくつものことを、同時にできることが、一度にひとつに集中することより、優れているわけではない」と、心底わかったんです。

それまでも、不器用だったわたしは、基本的にのんびりで、あれもこれも同時にやるのは、楽しくないけれど、「スピードは、速い方がいい」「同時に、いくつもできる方がいい」と受け取っていました。前者には、だいぶ早く気づけたものの、後者は、のんびり屋のわたしらしく、たっぷり時間をつかって、気づけました。

「一度に、目の前のことに、ひとつだけ、集中できる」、この一途さは、「今を生きる」力へと変えていけます。

初出:2012年4月27日

カムット小麦

古代小麦について教えてくださったパン屋さんが、カムット小麦のパンを販売して下さいました。それで初めて、カムット小麦の名を知りました。とにかく、古代小麦はどれもおいしいんです。一般的な小麦がスナック菓子なら、古代小麦は行きつけの定食に感じるくらい、味に差があります。含まれる栄養も、大きく異なります。

カムット小麦は、パスタによく使われるデュラム小麦粉の祖先にあたり、セレンを多く含むことで知られるようです。味は、ナッツのようなコクで知られ、カムット小麦のパスタやカムット小麦の小麦粉も流通しています。

ちょうど家に、ナッツのようなコクと評されるレッドチェダーチーズかあったので、合わせてみたら、絶妙に合いました。こういう楽しみ方は、まだまだ広げていけそうです!

自分とつながっている人が、どっちを向いているかで、助けにもなれば行く先の邪魔にもなります。改めて、自分とつながる人の人生の目的の中身が大切だと、強く思います。

「動脈硬化」に陥った組織の改善策

今日は経営者のみなさんに向けて、書きます。あるいは、勤務環境を改善したい社員の方は、その提案の参考にされてください。

社員の生活の質/人生の質が下がってきたと感じとれるなら、動脈硬化のような状態ですから、弾力性のある勤務体制をつくりあげるようにしましょう。

日々の休息ではなく、キャリア形成が可能な働き方を用意します。例えば、一ヶ月単位の長期休暇を用意すると、その間社員は普段なら見過ごすことについて深く考えたり、普段どうしても後回しにしてきたことに手を付けられ、一時的ではない内面のスペースを得られます。

例えば、海辺で暮らしてみたかった人が一ヶ月そうしてみて「これを続けられるこういう勤務体系を取り入れてもらえないか」といった提案を、会社に持ち込んでくれたりして、会社自体に柔軟性が生まれます。

あれもこれもどちらもやりたいタイプの優秀な人材は、こうした弾力性のある勤務体系を好みます。会社にとっても利があります。賞与をお金でなく、休暇という時間で渡すこともできるでしょう。

社員が生き生きしていることは、経営者の側にとっても決してマイナスになりません。心地よければ、離職率も下がりますから、新たな人材確保のためのお金も時間も不要です。

「考えさせる」という体をとりながら、実際には経営者自身が考えることを放棄していることもあります。その場合は、経営者自身が疲弊し、かつ人生の質や生活の質が落ちていることと認めるところが、スタート地点でしょう。

続く人のマインドセット

新年、何かを始め&続けたいと思っている方も、いらっしゃるでしょう。そんな方に、何かが続く人のマインドセットをシェアします。

何かが続く人は「やりたいからやる」「やりたくないからできない」ではなく「そうすることになっているから、ついそうしてしまった」状態にあります。「どうやって続けられるの?」と聞かれたら、こんな風に答えるでしょう。「え?続けようなんて思ってないよ。なんかそうすることになってる感じで、ついそうしてしまってたんだよね。気づいたら年数経っていたかもしれないけど」

続けたいことの前で右往左往したり、助走をつけようか悩んだりしないで、すたすた歩いて行って、その様がうつくしくなかろうと「おっこらっしょ」とそこを跨いで先に歩いていく感じです。どういう見た目でそこを跨ぐのか、そもそも跨ぐ必要なんてあるのか、なんて考えたりしないで、気づいたら軽くつまずきながらでも、「そこ」は通り過ぎているんです。

「そこ」に重きを置かないんです。だからじたばた騒ぐこともありません。

戦争を留まらせる「信仰」

それこそ個人的でない裁きとして存在する裁判などをみると、法をどう解釈するかで、裁きは変わります。つまり、この社会では善悪は相対化されていて、だからこそ、グレーゾーンも生まれます。

絶対的な善悪があると考えてしまうと、排除されるべきものがあると発想し、ゆるしが消えます。ゆえに、悪を受容しようという考えも出てきます。

絶対的な善悪があると「信仰」すれば、この世に戦争がとどまる時間は長くなります。一方、善悪が相対的なものだと認めれば、悪はゆるされることがあろうとも、受容されなくなります。そして、感謝が流通しやすくなり、感謝の価値も正当なものになっていくでしょう。

自分の姿を手に入れる。

「あの人はあの人として美しいだけ」だと理解することです。あなたはあなたとしての美しさでは、絶対に負けません。

あなたとしての美しさには、責任を持つのです。あなたとしての美しさから、目を背けたりしないのです。

仮に、そんなこと思えないけれど、開き直りたいなら「そんなこと思えない自分がいると認められない自分」を、許しましょう。その許しが全細胞に広がって、緊張がゆっくり確実に解けていきます。

周りを見て「自分も同じだ」と決めつけずに、自分の姿をありありとちゃんと見て、自分の姿を手に入れていくのです。

助け合いの動き。

「どうしてくれるんだ!」と言う態度を長く続けると、自分の中の無力感ゆ高めてしまいます。相手に責任を果たすことを求めていたはずが、単に依存的な態度に移行しやすいのです。

デモのちんあつによく使われる方法です。勝手にじめつしてくれたり、けいさつざたになってくれて、官は何もしなくていいからです。

自発的に自分で立ち上がって模索する動きがベースにある方が、相手に要求する時も、軽やかなで爽やかで自分が楽なままいられます。アサーティブである事はとても大事ですよね!

疲れている方を見ると、依存的な状態に移行し、無力感から立ち上がれなくなっているようです。助けてと言うべき適切なタイミングを逃してしまうと、本当にみんなが助けられない状況まで生まれてしまいます。

まずは自分を助けて、余力があるのなら、本当にごくわずかに無理のない範囲で、周りを助けていくと、何より自分自身に力が戻ってきます。そういう意味で、助け合いの動きの一部になっていきませんか?

人生という船が転覆しないために。

「これからどうなるんだろう?」と思っていると、あっさり足元を掬われてしまうでしょう。

上の問いは「この状況を受け入れられない」から、生まれたのではありませんか?「こんなの嫌だ」「少ししたら元通りになるだろう」といった、現状を受け入れない態度です。

でも、海でたくさん遊んだことがある人は知っていると思います。大波が来て苦しい時、1番すべきはきちんと飲まれてもまれることです。「こんなの嫌だ」「受け入れられない」「少ししたら元通りになるだろう」と力を入れて踏ん張れば、大怪我につながります。

あなたの人生という船が転覆しないためには、ちゃんと力を抜いて、飲まれてもまれてぐちゃぐちゃになることです。力が抜けた状態は「わたしは今からどうしたい?」と言う問いをもたらします。

さぁ!あなたはこの1年を振り返るとき、つまり未来においてどんな1年だったと思い出したいでしょうか?

貧乏とは、いくらあっても満足しないこと。

グローバル化がいかに分断を進めたかを、新型コロナウィルスは見せてくれました。個人単位でも、深い分断は買い占め行為などにあらわれています。それは、心の貧しさであり、心に深く刻まれた傷でもあります。

以下は、2012年7月22日の記事ですが、デマだと言われても、買い占めて転売する動きが今後も品を変えて続きそうですから、改めて読んでいただきたく、こちらに掲載します。

リオ会議で、世界で最も「貧乏」な大統領と言われる、ウルグアイ大統領である、ムヒカ大統領がおこなった演説が、「リーダー」に関心をよせるみなさんの心に、響いているようです。

複数の人から、シェアして頂いた日本語訳を、ブログをご覧のみなさんとも、分かち合います。

ムヒカ大統領のリオ会議スピーチ:(訳:打村明)

会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億~80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売っては行けない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクレオ、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。     (引用元はこちら

日本の首相が、このような演説をする日が、すぐそこでありますように。

ウニとクローバー

冬はウニを食べる方が多い気がして、ウニとクローバーの話を書きます。ウニを買うとき、ウニの軍艦巻きを注文するときなどに思い出していただけたら、幸いです。

環境問題の一つに、「磯焼け」という現象があります。海藻が減少し、海底の岩がはげたようになり、パッと見はそこにウニや小さな巻貝がたくさんいるように見えます。「ウニがたくさん→うれしい!」と思った方もいらっしゃるでしょう。ところが、実際はスカスカの実入りの悪いウニばかりで、お寿司屋さんに並ぶ代物にはなりません。

磯焼け時の過密状態の10%程度までウニが減っている状態が、健全なようです。

複雑なシステムが引き起こす磯焼け自体がなかなか解決されないため、最近はその実入りの悪いウニをどう生かすかに、注目が集まっているようです。ウニにクローバーを食べさせると、いい味のウニに育つことが分かったそうで、駆除したウニにクローバーを食べさせ、つまり養殖して味を良くして出荷という流れも、始まったそうです。

「あら、ウニが安くなってる」と喜んで終わりではなく「このウニもクローバーを食べたかも」と、一歩だけでも考えを進めて頂けたら、わたしもうれしいです。

意義深い人生

最近読んだ小説の中で面白かったのは『蜜蜂と遠雷』です。音楽が好きだったり何か演奏されたり、美しい表現に触れたいなら、読んでみてくださいね!

さて、意味のある時間をあなたの人生に増やしていくには、早く修正できる仕組みを取り入れましょう。

例えば、うまく説明できないけれど聞きたいことがあるとき、手元にある情報だけで詳しい人に聞いてしまうのです。そうすると、相手も「可能性としてはだけれど」と、とりあえず答えてくれるでしょう。仕事ができる人は、こたえます。

そして大抵、この段階で事が解決し、うまい説明自体が不要だったことがわかります。うまい説明ができず詳細がない状態で、取り急ぎ相手に簡潔に聞くようにするのです。同様に、取り急ぎ相手に返事する自分を作っていきます。

自分に対する自分への応答も、早くします。例えば、3日後に仕上げなくてはいけない原稿があるとします。そこで「100枚かくから1日34枚」と計算するより「とりあえず15分後までに、章立てだけ終わらせてしまう」ことで、仕事の下ごしらえに着手します。やることのサイズが大きいほど、スムーズな歩みを確約してくれる滑りの良さをつくるこうした習慣は、心理的負担を減らす以上の効果があります。

方向性を早く修正できれば、いのちの浪費が減ります。そのための2つの提案を書きました。こちらも、実際に日常に組み込んでみませんか?

トップの首

今日、日食みたいですね。

さて、トップの首を切れば、責任をとったことになるのは、子供がみてもおかしな話です。

トップを変えても、問題を生んだ仕組みは変わっていないから、どんどん首を切る羽目になります。そして、段々と首を切られないために、無難な判断をする人がトップに来るようになり、問題の先送りをする仕組みができあがります。実質的なリーダー不在になります。リーダーシップがなくても、トップになれる仕組みができあがったからです。

責任の所在をはっきりさせたいのは、問題を生んだ仕組みにみんなが気づくためであって、個人になすりつけるためではありません。

トップの首ばかり切っていると、自分には関係ないと思う人ばかり量産する仕組みをうみます。本当に解決すべき問題から逃れて、解決しやすい手ごろな問題に大騒ぎするのは、思考停止状態だからですが、そうする人を評価しているようだと、浪費しやすい集団や組織が作られます。

一見すると、個人の話について書いているようですが、個人の中の話や恋愛にも当てはめ、応用してみてくださいね。

4年ぶりと6年ぶり。

4年ぶりに、ブラウザを変更しました。この4年ほどFirefoxユーザーでした。Internet Explorerよりは使いやすかったのです。しかし、他のアプリを消したり、ディスククリーンアップ等をしても動作が重く、しばらくPale Moonにしましたが、今度は文字化けに悩まされました。

その後、シェアが1%にも満たないマイナーなブラウザなども試してからOperaを使い、Pale Moonほどの軽さはないものの、文字化けもなくFirefoxよりは動作が軽かったので、Operaに落ち着きました。

Firefoxは重さを感じつつ4年使いましたが「もう変えよう」と思った最後のきっかけは、最初から好きではなかったロゴの色合いでした。Operaの赤いロゴは、まあるいし好きな色合いの赤なので、しばらくお世話になるでしょう。

また、メールマガジンの配信システムも、6年ぶりに変えています。今年から、運営会社が変わり、配信設定と違う日時に配信されるなど、今までになかったトラブルが何度もあり、対応も悪く、変えることにしました。

配信システムが変わり、今までメールマガジンが届いていた方で、届かなくなった方がいらっしゃるようです。現在、@ezweb.ne.jp と@icloud.com と@gmail.com @〜.ocn.ne.jp の一部の方から「届かなくなった」とご連絡を受けています。手っ取り早いのは、他のメールアドレスで再登録や二重登録という、みなさんにお手数をおかけしてしまう方法ですが、お伝え頂ければ、こちらでも配信会社に伝えるなど改善に向けて動きます。ただし、すぐの改善が見込めないため、上記のように提案しました。

尚、本名でない/フルネームでない名前でのメールマガジンへのご登録・各種サービスへの申込み、上記メールアドレスへのご相談の送信(もちろんご契約中のコーチングのクライアントさん除く)は、お受けしません。ご承知おきください。

語尾お化けから、卒業しよう!

察することが当たり前の人は「~なんだけど」のように、語尾をお化けにして、相手に察してもらおうとします。

もちろん、互いに察するタイプ(便宜的にタイプと書いただけです)なら、これでコミュニケーションは成立するでしょう。でも、話が通じない実績を持つ相手にこれを続けて、話が通じるようにはなりません。

日本では察しあうことが美徳とされる傾向があると思います。が、すべてには良し悪しがあります。察するタイプの「悪し」は、依存的欲求です。「察してくれるよね?」と寄りかかり、相手との境界がおぼろげになっているとも表せるのです。

さて、依存的欲求とアサーションは、非常に相性がいいことが分かっています。「どうも依存的になっちゃうな」という瞬間を、自らの中に捉えられている人は、アサーティブであろうという意識をもって、練習してみて下さい。

「~が嫌なんだけど」は卒業し「~が嫌です。具体的にはこれこれこうです。〇じゃなくて▽してください」と、リクエストまで言い切るのです。

話が通じていない相手に「嫌なんだけど」だけ伝えても「じゃあどうしろっていうの?」で終わるでしょう。そうではなく「こうしてほしい」まで伝えきるのが、アサーティブな態度です。「しっかりクロージングしましょう」という表現でも伝わるでしょうか?

アサーティブになっていくと「依存的な欲求を持つ自分が嫌だな」ではなく、そんな自分も統合し、より居心地のいい自分になっていけるでしょう。

そして、もう一点付け加えるなら「話が通じない」ストレスを、過小評価するから、語尾がお化けになります。実際には「話が通じない」ストレスは、相当なものです。

力を奪う刺激(一)

毎日に喜びを増やしていくには、あなたから力を奪っているものに別れを告げる必要があります。その一つに、多くの方が既に嗅覚をかなり失っているから気づけない、化学物質の存在があります。

クラスで順番に回ってくる子どもの給食着や家に来た業者さんなど、外から来た「いい仕事をしてくれた」「いい人達」が持ち込んだ香りの成分である毒物は、家の壁や天井などに沁みつき、主に真夏に揮発します。高温多湿下で揮発するときも、匂いよりその成分がみなさんをだるくさせたり、喉が少し痛くなって「あれ?風邪ひいたかな?」と思わせたり、なんだかよく眠れないという状態を起こすだけで、匂いとして感知されないことがあります。

試しに、壁と天井を水拭きしてみて下さい。柔軟剤の成分などは、それで再度香るので、この段階でギョッとする方もいらっしゃいます。既に感覚をかなり失っていて、認識できない方も、高温多湿下で息が苦しくなったり、気管が狭くなる感じや、ごくわずかな動悸・頭痛・セメダインのふたを開けたときの類の刺激を少しでも感じられることが、あるでしょう。高温多湿自体も苦手かもしれないけれど、実際にあなたから力を奪っているのは、化学物質の方だと認識を改める必要があります。

さて、こうした認識のあやまりが、雪のように降り積もると、あなたはどこへ運ばれてしまうでしょうか?

 

地を這うから育つ、ユニークネス

人生の傍観者だった人ほど、「地を這うようにやってきた」にひきます。「そんなのやだー。えー!」と、いつものように後ろにぴょんと退いて、上から目線です。

しかし、実際にやってきた人は「それはいいね!」と言います。なぜなら、そこでこそ、他の追随を許さないユニークネスを育てられるからです。楽をしてできることなら、誰でも真似します。地道な大変なことこそ、みんな真似しません。そこにチャンスがあります。

「地を這うようにやってきた」と本人が表さなくとも、結局何かで抜きんでた人はみんな「地を這うようにやってきた」と、第三者の目に映ります。地を這うようだったからこそ、大地との関係が改善されていて、地に足をつける/足が足りないといったことの意味が、身体感覚としてわかっています。

「地を這うよう」な楽しさや「地を這うような」喜びを人生から締め出さないと、失敗や絶望があなたを力強く支えてくれるようになるのです。

かわいいより、うつくしいを。

小さな子が一生懸命描いてくれた、あなたの似顔絵ですが、どこに目があるかすらわからなくて、それを渡してくれる満面の笑みに、あなたはちょっと困ったのです。

でも、その満面の笑みに嘘偽りがなくて、ハッとします。「これがこれで」と一生懸命おしゃべりしてくれるのですが、それも何を言っているのか、よくわかりません。でも、その一生懸命だから、抑揚がついちゃう感じに「大人の自分は、ふだんこんなに一生懸命しゃべってたかな?」と、やっぱりハッとするんです。

そうしてみていると、なぜか涙が流れてきます。線がところどころ太かったり細かったりして、○すらうまく書けていなくて、クレヨンと一生懸命仲良くなろうとした様子が、痛いほど伝わってきます。「なんて誠実なんだろう、うつくしい」と、あなたは思ってしまうんです。

そう、「小さくてかわいい」と、密やかにマウンィングするのではなく、小さなこの子の大きさにうつくしくて、ちょっとひれ伏したいくらいの気持ちになってしまったんです。こうして、あなた自身の自立が、進みます。

上半期を振り返る

下半期に入りました。今年の自分の猪突猛進ぶりをここで振り返ってみるのも、いいかもしれません。今年の干支は、イノシシでした。思い出しましたか?

上半期に多くの方のニーズを満たした記事は、こちらのようです。

1.知らなかった自分に出会いたい。
2.やっていないのに、やったと言われる?
3.自慢は悲鳴
4.羨む
5.自分の嫌なところばかり見えてしまう時に、ほんとうは起きていること。

行動の継続や売り上げなどの数値的な変化と、人生が前進することは違います。この半年、あなたの人生は前進したでしょうか?

譲って、翼になる。

誰かに何かを譲るとは、自分の気持ちを押し殺し、自分を犠牲にすることではありません。

あなたが、その誰かの翼になるということです。わたしたちは、相手を思いやるとき、その人の翼になります。

そこには、翼にしか味わえない世界があり、喜びや気持ちよさがあります。それ自体が報酬になります。窮屈さや苦しみはありません。

徹底して自分を中心に置く人は、自己陶酔のために、思いやりに見える形をとります。それでは、誰かの翼になる経験は、永遠に訪れないでしょう。