男性になり替わらない。

ダントツに高級住宅街だと「本当に住んでいるの?」と思ってしまうくらい、出すゴミの量が少ないそうです。みなさん、真似しませんか?

Continue reading

権力と自分の身体についてコントロールすること

田舎に住んでいると、図書館のサービスもそのネットワークの小ささからあてにできず(「他館にもないため、取り寄せ不可」だらけ)、大型書店も地方の中核都市であっても東京のそれとは大違いであるため、kindleでサンプルを読めるサービスが、助けになります。

そんな風にして、目を通した『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』に、サンプル部分だけでも重要なことが載っていたので、シェアしたさます。

(1)セクシュアリティは、身体、感情的な愛着と愛、セックス、ジェンダー、ジェンダーアイデンティティ、性的指向、性的親密さ、快楽と生殖についての理解と、これらの関係性を含む、人間であることの中核として理解される可能性がある。

(2)セクシュアリティは、権力(パワー)と結びついており、権力の根本的な境界線は、自分の身体についてコントロールすることの可能性である。

日本において、あるいは多くの職場環境や学校教育において、セクシュアリティは人間であることの辺縁に位置付けられていることが多く、そこには恥や罪悪感が強く結びつけられています。また、パワーと自分の身体の関係に至っては、身体を扱う医師・マッサージ師・鍼灸師・整体師・理学療法士・体育教師などに至っても、一切理解されていないに等しいでしょう。

セクシュアリティは「人間であることの中核」として理解されるべきものであることは、あらゆる虐待の中でもっともその人を殺すのが性的虐待であり、身体的な意味での性的虐待を受けていない人でも、きわめて多くの人が性的トラウマを持つことからも、クリアです。

親密さに同意 ≠ 性的に同意

こちらの動画がわかりやすいと思いますが、日本だと「ステディな関係かどうか」は確認するケースは多いでしょう。そして、ステディになってしまうと「だから、性的同意は取らない」と言う態度も、多くみられるでしょう。付き合ってからの不満が、可視化されづらいことにつながってきたでしょう。

一方、ヨーロッパでは私の知る限り「手を繋いでいい?」など、細かな性的同意は取ります。階段を上がるように、必ず性的同意の確認が繰り返されます。一方で「だからステディだよね」とはなりません。だから「あれ?ステディな関係なのかな?」と言う疑問が、比較的残りやすいでしょう。

日本だと年代にもよりますが、恋人にするような感じでビジネス相手がハグしてくるような、びっくりなことがまだまだあります。ハグは親密な相手にもするけれど、その仕方によって性的なニュアンスも入ってきますし、他のことも同様です。

まずは、それらが「いちいち毎回同意を取るべきこと」という認識を持ち「親密さには同意しても、性的には同意していない」ときちんと伝え合えるような関係づくりを目指すと、親密さへの恐れ自体が減りやすい方も多いと思います。

メイクや服についての勘違い

メイクや服について、まだよく見かける勘違いは「自分の好きなものを身につけてしまう」「自分が美しいと思うものを選んでしまう」です。これだと、ジャッジしているだけです。自分とメイク用品や服の間に距離があって、関係性を育くもうとはしていない姿勢です。

メイクや服を選んだり身につけるときには「自分を好きにさせてくれるものを身につける」「自分を美しくしてくれるものを選ぶ」必要があります。これは、自分とメイク用品や服の間で、関係性を育もうという前向きな姿勢です。

例えば、黄味の強い肌の人が、青みがかったスモーキーなローズピンクのアイシャドウを「これかわいい」「これ好き」と品評したとしても、実際にそれを自分の肌にのせれば、その色に黄を混ぜた色として発色しますから、当然濁ります。青みがかった肌の人が、ミカン色のシャツを着れば、同様に不調和を生むだけです。

メイクや服の美しさは、あくまでもあなたとメイク用品や服との間の関係性が生みます。そこに調和があるなら、あなたはそれを身につけたり塗ることで、美しくなります。その関係性が不調和なら、あなたはそれを身につけたり塗ることで、より自分をバラバラにするような悪目立ちするパーツを生み出し、濁ります。

ひけている腰をぐっと前に入れて、関係性の中の美を捉えていけると、あなたのいる環境とあなた自身との間の不調和からも、抜けられるでしょう。

違いを認めない集団ほど、恥が強い

恥が外から植え付けられる際は「あんたなんか生まなければよかった」「また女の子だ。男の子がよかったのに、女の子はもういらないのに」「男のくせに泣くのやめなさい!」「そんな大声を出して、みんなが見てるよ」「(事実ではないこととして)あなたは橋の下から拾ってきたの」「女のくせに、気も利かないんだから」といった、セリフが吐かれやすいでしょう。

それだけでなく、楽しそうに身体を動かしているときに「みっともない」と吐き捨てられたり、やっとできたときに「たった1回しかできてないじゃない」と水を差されたり、がんばった服装に「変~」と言われることでも、十分恥は植え付けられます。

ここまで読んで、ハッとした方も、多かったのではないでしょうか?

恥は、集団への帰属意識と深く関連します。違いを認めない集団ほど、恥という感覚は強くなるから、いわば「恥ずかしくて死んでしまいたい」と、切腹してしまうのが、過去の日本でした。恥が強くある文化ほど、辱めに報復するし「こうあらないと」「こうすべき」も強くなります。集団としてまとまりやすくはなっても、個人のありようも非常に深いところから強く縛ります。

そして、自分は恥だという感覚が強いほど、助けてといえなくなります。これは、意志の力の及ばない領域で、非常に強くかかるブレーキなので「苦しい時は苦しいというんだよ」「助けてというのがリーダーシップだよ」などと言われて、変わるものではありません。むしろ、そういわれると「はぁ?」という感じの領域です。

関係性のアップデート

親子やご夫婦であるいはパートナーがいる状態で、片方だけコーチングを受けていると、その方だけどんどん自由になります。

そうすると、相手が攻撃してきたり、足を引っ張ってくるようになったりします。これは原則として、それまで「うまくいっている」と思っていた2人の関係が、実は対等な関係でなかったことを表します。

対等であれば、自由になっていく様は喜ばしいし、ただ嬉しいものです。だから、実は支配関係にあったのです。支配していた相手を支配できなくなったから、攻撃します。自分より下だと思っていた相手がうまくいっているから、嫉妬します。

この場合、抜けていたのは関係性のアップデートです。支配されていた方(コーチングを受けている方)は、自分が下/弱いといったセルフイメージを捨てることです。具体的な方法は、コーチングでお伝えします。

夫/妻や恋人に、性的な関係を拒まれる(二)

昨日の続きです。夫/妻や恋人に、性的な関係を拒否されるなら、コミュニケーション・レベルで次に試したいのは「今の自分/相手の限界を尊重する」ことです。

相手から「愛しているけれど、どうしても性的な関係は…」と言われたら、現時点での相手の限界はそこだときちんと尊重しましょう。「そうはいっても、本当は…」と邪推したり、「以前はこうだったのに」と恨みがましくなるのではなく、相手を信じられる自分でいられるくらい、自分自身をちゃんと普段から愛し、尊重していくことです。

同時に、相手の限界は変わることがあります。もしも、言えるなら「愛しているけれど、どうしても性的な関係…。自分の課題が〇〇だと分かって、ゆっくりと取り組んでいるところだから、よかったら見守ってほしい」と伝えてみましょう。そうすると、相手も「本当に自分のことを愛していて、でもそれとは関係ない別の要因で、痛みを抱えて、それと向き合うと大事なプロセスを踏んでいるんだ。愛する人のそういう姿を見守れるなんて、なんてかけがえのない時間なのだろう」と、思いをあなたの追い風になる場所に、置きやすくなります。

もちろん「そうは言われても、受け入れられない」と感じるなら、まずは、今のその自分の限界を尊重するところから始めましょう。「今の自分はそうなんだな」と、ただ受け止めて、内なる旅を始めると希望への近道がひらけるでしょう。