キャパオーバー用を用意する。

おはようございます。吉野実岐子です。 気温や湿度が乱高下すれば、心身はより機能不全の状態に入っていきます。そこに振り回され、より意識的になる方が増えています。 意識的であるほど「頭を働かせよう」とだけします。典型的な例は、朝起きて頭が働かないから、まずはコーヒーやテレビという悪循環です。「頭が働いた」と認識する状態自体か、誤認されています。 実際には、意識的であるほど、脳の一部しか使えていません。意識的であるほど、直感も働きません。キャパオーバーを素直に認めて、対策をしたらいいだけです。 このところ、わたしの掃除方法は棕櫚箒と水拭きでした。棕櫚箒は、自然な艶をだしてくれるし、静かなことこの上なく、掃除機より埃をたてません。フローリングと畳に適しています。かつて、一生で3本あれば足りるといわれた秀逸な日用品です。 しかし、最近はキャパオーバー用に、最低限の機能をもったロボット掃除機も用意しました。主に、真夏に頼る予定です。ロボット掃除機に関して、わたしのニーズは「隅々まで水拭きした状態を100%とした時、30分以内に、60%掃除済みの状態をうんでくれる」「カスタマーサービスの対応がいい」でしたので、それを満たすものを選びました。 「どんな条件でキャパオーバーになるか」を明確にすると、つまり限度を受け入れる健全さがあれば、混乱から縁遠くなっていけます。

懐かしさがこみ上げたり…

おはようございます。吉野実岐子です。 以前、スピリチュアルなことや能力のようにも誤認される、デジャビュ(例: 初めてだけど見たことがあるような感覚)やジャメビュ(例: いつも通ってるけど初めてのような感覚)なども、てんかんを疑う代表的な症状の一つだと、お伝えしました。 てんかんは、脳の様々な部位で起きますが、中でも側頭葉てんかんは成人のてんかんのほぼ半数を占めるとも言われます。「てんかんは生まれつきのもの」と思っている方もいらっしゃるようですが、脳腫瘍や脳血管障害などでも起こりますから、老いる予定のみんなに関連するんです。 ちなみに、デジャビュやジャメビュは、脳が疲れている時にも起きうると言われていますが、側頭葉てんかんの発作の前兆でもあります。側頭葉の内側にある海馬は、記憶を司るから、こうした事が経験されるのです。 側頭葉の内側には、海馬だけでなく扁桃体(情動を司る)もあるため、側頭葉てんかんの発作の前兆とされる代表的な感覚には、誰かに襲われるような恐怖が含まれます。同じ理由から、ずっと以前の懐かしく思える感覚がこみ上げてくることも、代表的な感覚の一つです。こみ上げるつながりで言うと、胃が悪くないのに胃から喉へこみ上げてくる感覚も、側頭葉てんかんの発作の前兆とされる代表的な感覚の一つに入っています。 上記が側頭葉てんかんの全てではありませんが、実際に過去のクライアントさんにも側頭葉てんかんが「やっと」発覚した方がいたので、その割合の多さをわたしは肌で感じてきていますから、このようにご紹介しました。病名という仮説がつくことで、未来へ備えたり、今をより安全に生きられます。 知らない人であっても、その人が危険にさらされることは、苦痛ですよね?ぜひ、皆さんからその安全を広げていってください。

自由を放棄してしまう。

おはようございます。吉野実岐子です。 歩いていて、なんだか足が痛いからと、靴を脱いでみます。靴を逆さにして振っても、中をのぞき込んだり、指を入れてみても、そこには何もないんです。 あなたが足が痛いと立ち止まる姿に、段々と周りも「またなの?」という視線を送ってきて、あなたも段々と立ち止まることをためらうようになってしまうんです。そして、自分でも何度見ても靴の中に何もないから「自分はいったい何をやっているんだろう?」という気持ちになります。 だけどやっぱり、何だか足が痛いから「骨がおかしいのかな?」「筋肉かな?」と、自分の中に原因があるという考えになっていくんです。そうしている内に、走らなきゃいけなくなって痛がっていると、周りから「痛いふりしちゃって。注目されたいのよ」「気持ちの問題。だって何もなかったんだから」「もっと走ることに集中しなさい」などと言われ始めます。 そうして「原因はわからないけれど、でもなにか自分が悪いみたいだ」となっていき、怒られて傷だらけにならないように、身を固くして、自由を放棄して生きていくようになるんです。でもそうして、何度も「原因はわからないけれど、でもなにか自分が悪いみたいだ」という感覚になっていきます。そうして、人が怖いという感覚が出て来たり、自信がなくなったり「もっと準備しなければ」と思ったり、新しい環境を不安から見るようになっていったりします。 これが、認識されない学習障害を持つ人の中で、起きていることの一部です。今日からは、どうかあなたはこのプロセスに加担しないでください。そして、こうした苦しみが和らぎ薄れる術があることを、周りにシェアしてください。

態度や性格の問題ではない。

おはようございます。吉野実岐子です。 失読症(dyslexia)は他にも「何か書き写すのが苦手」「話すスピードが速くなったり遅くなったりする」「一対多数だと聞き取るのが大変に感じる」「文末を自分で変えて読む」「音が同じ言葉(例:「わ」と「は」)の表記を間違えやすい」「お母さんをおかあしゃんと発音するなど、赤ちゃん言葉のようになってしまう」「あいうえおをあいうおえと読むように、頭の中で語順がシャッフルされてしまう」「句読点を打たずに文章を書く」「文章を飛ばして読んでしまう」といった状態として表れることもあります。 例えば、語尾を変えてよめば、小学校では学習態度や性格の問題にされて、怒られてしまうことがあるでしょう。学校の先生方には、そうでないことを、どうか理解して頂きたいです。それが本人にとって、どれだけの傷となっていくか、もっと理解に励み、そして配慮してください。そして、会議中の真剣な場面で「さっさと」と言いたかったのに「たったと」と言ってしまって、周りから笑いが起きたり白い目で見られるようなこともあるかもしれません。そうではないということを、これを読んだあなたはまず理解しましょう。 また、算数障害(dyscalculia)では「図形の模写がむずかしい」「千百二を1102と、あるいは1mを100cmと、書き換えられない」「一般に簡単とされる計算でも指を使うなどして、頭の中での計算に時間がかかる」「家計簿をつけるのにひどく疲れて、入力だけで終わる」といったあらわれ方をします。失読症のケースもそうですが、疲れるからと甘い物に頼って、今度は血糖値が乱高下する方にいくような展開もあります。 「自分は学習障害かも」と思う方は、自分に合う環境づくり(ペン1本とっても、です)に拘っていくと、少し楽になると思います。先日書いたように、知能が高くても学習障害を持つことはあります。そして「勉強したい」という思いがあったり、その知能の高さから嫉妬にやられてきた(例:いじめの経験など)のなら、ぜひトラウマ治療に年単位で時間とお金をかけてみて下さい。今まで見ることのできなかった世界が、ついに開けるんじゃないかと思うから、こうしてお伝えしています。

失読症をはじめとする学習障害

おはようございます。吉野実岐子です。 「アルファベットの上で目が滑る」「1とoneが同じものを指すと理解できない」「本を読んでいると目がチカチカする」「乱視であるかのように、文字のピントがずれて歪んで見える」「フォントを変えると、急に読みやすくなる」といった失読症は、学習障害(Specific Learnig Disability)の一種に位置付けられています。そして、これは知能指数とは関係ありません。本人も自覚できず、周りも認識できないことがあります。 そうなると、知能は高いのにそれを表現できないことになるから、その苦しさは途方もないのです。知能が低いと思い込んでしまうケースもありますし、周りの無理解で傷つきますし、また自己肯定感も低くなってしまいます。「コミュニケーションが苦手なのだ」という認識になってしまうこともあります。「なんでできないんだろう」と大粒の涙がポタポタと零れ落ちる感じです。 また、最近だとパスワードを間違えると「この文字を入力してください」とランダムな数字や英語が並んだ画像が出て、認証を求められることがありますが、これも失読症の状態にあると、難しく感じられる仕組みだろうと思います。このことが示すように、失読症はあまり認知されておらず、研究も進んでいません。論文を読んで「?」となることもあるくらいです。原因なども、なんとなくこんな感じ、で共有されてしまっています。 学習障害を持っている方は、知能指数の高さと実際に進んだ大学などの間に、ギャップが生まれてしまいます。また勉強が好きで勉強したいと思っているのに、ままならないもどかしさを抱えていたことが多いから、それがいくつになっても「勉強したい」という思いにもつながっていくようなんです。それが、その方の真摯さや誠実さや忠実さを形成している部分は、あるだろうと思います。 そして、一番のポイントは学習障害の状態自体が、(おそらく)年単位のトラウマ治療で改善を見込めるということです。あきらめとはまたちがう「またできなかった」「やってしまった」という感覚も消え、やがて自己肯定感もあがっていけば、人生のすばらしさを思い切り享受できるところまで、駆け上がれます。 その感動は、経験したご本人にしかわからないものであり、またその感動の大きさを想像するのは、学習障害でないあなたにも難しくないだろうと思います。 学習障害には、算数障害や字を書くときの緊張(書字障害)なども含まれます。何が該当するかはお一人お一人違いますが、例えば字を書くときの緊張がぐっと減るだけで、文具コーナーが楽しくなるのです。そういう楽しみの広がりの大きさに、すべてのみなさんには、敬意をはらっていただきたいと思います。そして、何でも「努力不足」「さぼっている」「やる気の問題」で片づけないで頂きたいと思います。

完璧という不調和

おはようございます。吉野実岐子です。 「今度こそやってやる」「がんばるぞ」のように意識的になると、わたしたちは完璧を目指しがちです。「あのラインを越えて見せる」と息巻くとき、あのラインを越えられなければ失敗、あのラインを越えたら成功のように、世界がぱきっと二分されるドラマチックな感じが生まれてきます。 そして、あのラインや今度という機会に囚われてしまいます。その時、何が起きているでしょうか? より大きな視点から見ると、それが単に不調和を生んでいることも多いのです。目指した結果は出したけれど、大きなけがをしたスポーツ選手のような感じでしょうか? そこから、怪我をして回復する回数が、優秀な選手の証といった、全体を損ねる学びをしてしまう方も、少なくありません。気づくべきは、完璧さのもたらす不調和そのものです。結果を出すためには、より調和に進む必要があったのです。

抜け落ちる大事なことをすくおう

おはようございます。吉野実岐子です。 大事なことなのに、うまくルーティーンにも入れられず、なんだか日々のタスクリストからも抜け落ちてしまう悩みをお持ちですか?そうなら、2週間の設定ができるタイマーなどは、ぜひ使ってみるといいでしょう。 例えば「読みたい」と思って買った本だけど、緊急で必要ではない内容で、そのまま何か月も積まれてしまっていて、それを読まない内に次の本を買ってしまうような時、こうした仕組みは「そう、これ読みたかったの!」と気づかせてくれるリマインダーになると思います。 コンプレックスがあったりすると、何でもそのコンプレックスのせいにしてしまって、そのコンプレックスを乗り越えようと、自分を苦しめる方に進んでしまうことがあるようです。 それは、コンプレックス自体を過大評価している状態です。そのコンプレックスは、そうなってしまう理由の20%くらいだったりするのが現実です。だから、コンプレックスがある部分こそ、自分を楽にしてくれる仕組みに頼ってみて下さい。 そうすると、あなたがコンプレックスに感じていることが得意な人も、あなたがめざす状態には到達していないことに気づけます。つまり、コンプレックスを理由に、自分に対して要求がましかったことが見えてくきて、自分との間の不協和音が消えていき、楽に呼吸できるようになるでしょう。

世の中そんなに甘くない?

大袈裟ではなく、川崎市で権力をもつ大人の集団による、子供への性的虐待が行われてきた事実を取り上げた市議の方に、敬意を表します。おはようございます。吉野実岐子です。 「世の中そんなに甘くない」も「現実は厳しい」と同様、よく聞くフレーズでしょう。とりあえずそれを言っておくと、話が着地して見えたりするのか、ドラマの台詞などにも出てきます。 さて「世の中そんなに甘くない」のでしょうか?この言葉を言われたあなたが知るべきは、世の中が甘くないというおとぎ話ではなく、あなたが主観を生きている事実です。 多くの人が主観にいる状態で「あんなにお腹がグーグー鳴ってかわいそう」のように思っては、それを「わたしは人の気持ちがわかる」と解釈しています。主観の状態で、相手の気持ちがわかるという客観を通らないと入れない「つながった状態」に入れるわけがありません。 あなたが主観的に生きているのに「自分は客観的に生きている」と思っているから、そのズレに対して「世の中そんなに甘くない」という言葉を頂いているだけです。世の中が甘いのかどうかに、意識を置く必要はありません。

顔色をうかがう生活は、勘を鋭くするのか?

おはようございます。吉野実岐子です。 小さい時から自分の居場所がなく、家庭内や学校で顔色をうかがう生活をしてきた人は「自分は勘が鋭い」と思っていることがあります。ちょっとした表情の変化を見るだけで「この人はわたし/僕を利用しようとしている」というアンテナが立つと、思っているからです。 しかし、実際には「自分が何かしたから、今、口角が動いたのかも」のように、ビクビクする方向に解釈していて「自分がこうしたから、相手は笑顔になった」という嬉しい方向の解釈はしていません。極端に表すなら、単に辛いものが苦手な人が、辛いものを口に入れてしまって「うっ」となっていても、「自分のお箸の持ち方がうつくしくないことに、うっとなっている」のように、とにかく「自分が悪いのだ」という発想が紐づけられていくようです。 この場合、実際には相手の表情は読み取れていません。たくさんの人の感情表現を読み取れないとなると、当然場の雰囲気を壊してしまいますが、そもそも「自分が相手を不快にした」と解釈した上で、その結果が生まれているので、自分の中では「やっぱり」と解釈が続いてしまいます。その結果「ほら、自分は相手の感情表現に敏感だ。表情をちゃんと読める。勘が鋭い」と、決定づけられてしまうようです。 相手の表情から、感情を読み取るには、眼窩前頭皮質が機能不全でない必要があります。眼窩前頭皮質は、価値の見積もりとその選択に関連します。だから、眼窩前頭皮質が機能不全だと、価値の低い方を選んでしまうのですが、本人の意識としては「価値を見極め、よりよい選択をした」という認識になってしまいます。 簡単に言いかえると、いい方を選んだつもりが悪い方を選んでしまうものの、いい方を選んだと信じ込み続けるのです。一方で、現実は悪い方を選んだなりに展開するので、いい方を選んだという認識との間に、ずれが生じます。そうしたら、当然、不安が湧いてきます。 つまり、眼窩前頭皮質が正常に働き、またこの体積が大きいほど、不安は減りますし、ストレス耐性が高い状態になります。そして、ここは回復が見込める箇所なんです。

その花びらも美しい。

おはようございます。吉野実岐子です。 トラウマの治癒は、運命との和解と呼び変えても、あながち嘘ではありません。運命と和解した時、はじめてあなたの人生はあなたのものになります。 トラウマがあったりして、暗示や催眠状態で動いている時、つまりその人自身の感覚では動けていない時、それはまだ運命と和解できていないことを意味します。 そして「ありのままでいい」とは、暗示や催眠状態やホルモンの乱高下で動かされている状態をいいとしているという意味ではありません。「ありのままに観る」とは、そうした「動かされていた」事実を認め、自由な個人が自己実現していくという幻想から抜けることです。 わたしたちは全体の一部であって、全体に逆らうことはできません。それは、美しい花の花びらだけを生むことはできず、根も葉も茎もとげもあって、初めてその先にうつくしい花が咲き、その花びらも美しいと人が群がる状態を、表しています。

春財布

観葉植物と暮らしている方には、参考になるでしょう。おはようございます。吉野実岐子です。 10年くらい前からでしょうか?春財布という言葉を見かけるようになりました。そして、そろそろ春のまさに今、財布の買い替えを考えている方もいらっしゃるかもしれません。 財布は靴や時計と似て、どこかステータスの象徴のようにも語られます。そのため、とにかく高級な財布を持とうとしたり、運がいいとされる財布を見つけようとしたりと、外からの目を気にして買う方が多い品物の一つに見えます。例えば、クッションを買うとき、灰汁すくいを買うときなどとは、違った目線と緊張感で選ばれることが多いように見えるのです。 ここでもまず、自分の現実をみることが、あなたの未来を助けます。「年収アップ」「なぜか宝くじにあたる」など、財布にのせようとしているその過剰な願いを、一旦目の前に広げてみるのです。 例えば「お金持ちになりたい!だから金運アップ」と思っているなら、財布はサンタクロースではないことを受け入れましょう。その上で、その願いを持ちながら「少なくとも、今の自分が浪費しなくなれば、年間30万円は浮く」といった現実を見ます。 浪費しなくなるお財布は、どんなお財布でしょうか?少なくとも、気持ちが上がったりしない、見ると気持ちがしずまるようなお財布です。そうなると「かわいい!」と思うお財布より、見る度に気持ちがスーッと落ち着く色やデザインを選ぶ方がいいでしょう。そうすると「これも買ってしまえ」が起きづらくなります。好きな色より、落ち着く色です。 また、レジ前でお釣りを受け取ったら、後ろの人が気になってしまわずに動こうとしてしまうなら「さっとしまえる形状」にすると、そわそわする瞬間が消えます。そうしたちょっとした不快感があると、後でそれを相殺するように「リラックスしたいから、カフェにいこう」など、浪費が発生します。 そして、お財布の中がごちゃごちゃしているから、レシートの家計簿への転記が嫌になるなど腰が重くなる感じが出てくるのなら、お財布には「見渡せる」を求めた方が良いでしょう。例えば、ミニ財布より長財布の方が良さそうです。 さらに「とにかくたくさんカード入れがあるといい」ではなく、今あるカードの中で必要な物だけ残し、不要な物は解約等した上で、必要な枚数を「6」のように、数値で知りましょう。「カード入れが6つ」が、財布を選ぶ条件に入ってきます。 そうやって選んだみなさんのお財布は、おそらく「好きな色で好きな形で好きな触感」「~に見えて気分が上がる」といった、いつもの選び方では選ばないものになるでしょう。そのいつもとのズレは、あなたの生活の他の部分にも展開していると思います。それこそが、あなたがお金持ちになったり、年収UPしたり、金運がよくなる道への入り口です。

麹水、はじめてみました。

おはようございます。吉野実岐子です。 2月に入ってもまだ、もろみが余っていて、使い方が塩麹と被ってしまうので、塩麹は少しだけ作ることとし、残った麹は、麹水にしてみました。 麦茶のボトルなどに麹:水を1:5で入れて、ただ冷蔵庫内で保管し、約8時間後に飲み頃となり、最大で3日間飲み続けられます。その間、3回は水を足し続けて構わないそうですが、私は関係なく、期間内にどんどん水を足して飲んでみました。 簡単に言うと、見た目はポカリスエット、味は甘酒を薄めた感じで、とにかく水を注ぐだけなので超簡単です。水がより美味しくなる感じです。驚いたのは、飲み続けて2日経った日の朝、顔を洗う時に、肌の感触が違ったことです。 そして、3日の期限を過ぎた麹は、ベジブロスで作ったミネストローネに大麦の代わりに入れてみました。そうしたら、麹自体が食べるとほんのり甘く、その優しい甘さは想像以上でした。おいしかったので、今度は、お米を炊く時に入れてみようと思っています。 麹で水キムチを作るレシピもあり、確かに水キムチのあのほんのりとした甘さに共通する甘さが、麹水にはあります。 たくさん歩いた後などに飲むと、水よりごくごく飲めます。水より身体への吸収が良い感じがして、気づけば、ウォーキングの新しいお供になっています。そう「新しいお供を見つけるぞ」と意識的に頑張るんじゃなくて、ただ現実に対応していくと、あなたにとって自然な道が開けるようなんです。

資産なのか、負債なのか

おはようございます。吉野実岐子です。 持ち家であれ、マイナスでやっと売り払える時代になっています。ものはそうやって、負債にもなります。 ものを片付けることは、心の片付けや頭の片付けにつながります。つまり、脳の働きが良くなる道です。 しかし、それを躊躇する方は、どうやらものを資産だと見ているようです。ところが、そんなふうに躊躇するという事実が示すように、それは負債のケースがほとんどです。むしろ「これは要らない」とすぱっと捨てたものの中に、資産が含まれていたでしょう。 「捨てられない」と、物だけでなく人脈や方法等について思う時「私は今、これを資産だと思って見ている」と言ってみると、少し道が開けるかもしれません。 それを持つことで、あなたが変化に対応しづらくなっているなら、それはもう負債に変わっています。

常に変化を目指している

その通りだと思います。はい、おはようございます。吉野実岐子です。 自分の中にある矛盾を押し殺さず、それこそが変化のエネルギーだと認められると、意識への思い入れという信仰の締め付けは少し和らぐでしょうか? 「安定志向です」とその人の意識が言おうとも、誰もが本質的に、そして必然として変化志向です。ただ、その人の本質を十二分に生かした形でしか、変化を遂げてはいけないのです。だから、常に変化を目指しながらも、その人の本質が十分に生かされそうにないと感じると、何となく「安定志向です」と答えてしまうだけです。 今の在り方を否定するきっかけにより、今の在り方とそれを否定する状態をより望ましく満たす形へ移行できると、変化したと表せます。より望ましく満たす形へ移行できないと、常に変化を目指している状態にとどまるのです。

意識への思い入れ

「わかっているけど、やめられない」とき、自分の無能さや怠惰を責めることから、あなたにはもう離れてほしいのです。そんなことを一昨日から、お伝えしています。 そういうとき「よりコントロールを強めよう」と意識がしゃしゃり出て、どんどん意識化しようと気合いを入れて、結局それで問題は解決したでしょうか?気づけても、そこで停止してきませんでしたか? そこで、みなさんはもう気づかせていただくべきなのです。自分をコントロールしていたものは、自分の意識ではなく、深い心だったということに。意識への思い入れが強いほど、ここになかなかたどり着けず、みなさんの内側は破れ果てていただろうと思います。 意識への思い入れは、もはや信仰に近いレベルで存在しています。しかし、少しでも考えてみればその幻想をやぶるのは、障子を破るより簡単で、大掃除前に障子をぶすぶす破るあの快楽以上のものを、もたらしてくれるでしょう。

意識の望むまま、変化してはいけない

昨日の続きです。  深い心を敵だとみなし「意識の望むままに変容しよう」「意識の基準において変化をつくろう」とすると、その試みはまずもって失敗します。それだけでなく、自分に傷をつけ、より自分を不自由にしてしまうこともあります。 意識的な存在として生きることを、社会が求める面は確かにあるものの、わたしたちの足場となるのは、この深い心の方です。足場から立たない目標が達成されないのは、ごく当たり前のことです。深い心の方をぐっと意識に引き寄せようとすることこそ、つまずきの第一歩なのです。 実際、みなさんのすべてを取り仕切っているのは、この深い心の方です。今までこの深い心をぞんざいに扱ったり、敵視したことを謝ることが、みなさんが本来のご自身と調和するところへ運ばれていくために、今したいことです。

むしろ逆

年末の記事の中で、昼は副腎皮質ホルモンの分泌が増え、夜は成長ホルモンの分泌が増えると書きました。 昼の状態は、いわば反撃の体勢です。夜の状態は、いわば屈伏の体勢です。そしてここからが重要ですが、反撃も屈伏も、どちらも生き延びるために必要なものです。 反撃が勝ちで、屈伏が負けではないんです。人生において大切なのは、勝利を勝ち取ることではなく、成功することです。成功のため、この真逆に見える2つが備わっているのです。 反撃の態勢をとると、免疫系の活動と精神活動は、低下します。屈伏の態勢をとると、免疫系の活動と精神活動は向上します。 コロナで免疫を上げたい人は多いと思いますが、勝ってやると意気込んでいる反撃の態勢だと、それはかなわないわけです。交感神経優位の状態、つまり副腎皮質ホルモンがたくさん出ている昼間の状態にあると、てきぱき動いたりしていて、免疫が高そうに見えるかもしれませんが、むしろ逆なのです。 また、目覚めている状態で、頭が真っ白になり身体が全く動かないような経験があるなら、それは猛獣に食べられているときに起こる反応を経験したのだと、今知ってください。それは、同意でも許容でもましてや恍惚でもなく、夜道でヘッドライトに照らされたちつくす野生動物の状態なのです。このことを、法曹界の方にはもっと知って頂きたいと思っています。

特に、夜勤やシフト制で働く方へ

夜勤があったり、時間が大きくずれるシフト制で働いている方は、以下を頭の中に入れておくと、心身を健やかに保つ工夫を始められるでしょう。 まず、昼間は副腎皮質ホルモンが優位で、夜勤から帰ってきて朝寝るような感じや午前11時頃に昼寝すると、レム睡眠の時間が長くなります。夜間は成長ホルモンが優位で、シエスタを取ったり早い時間から眠りはじめると、ノンレム睡眠の時間が長くなります。 身体の眠りと脳の眠りがバラバラになった状態が、いわゆるナルコレプシーですが、これは治療を受けることができます。そして、起きた時に「布団/ベッドの中が温かくて気持ちいいな」という感覚がないなら、少なくとも身体の眠りの方は不十分だと言い切れます。身体の眠りが十分なら、血管がきちんとひらくので、布団/ベッドの中はちょうどよい温かさになるからです。 お仕事柄、丑三つ時に「スタッフ反省会」があったり、一番嫌なことをやらないといけない方もいらっしゃるでしょう。丑三つ時は細胞分裂がさかん、つまり生まれたての傷づきやすい細胞がたくさんある時間なので、ストレスのかかることは、極力さけるに越したことがありません。サスペンスやホラーなど、こわい映画を観て眠ったりすることは避けた方が、心疾患を減らせることもわかっています。 ぜひ、年末年始は心身ともに健やかさに向かう時間になさってください。みなさまの元旦が「あー寝床もあったかくて気持ちいい。うーん良く寝た~!」という気持ちよさに満ちて始まることを、願っています。それでは、本年もありがとうございました。どうぞ佳いお年をお迎えください。

地続きを楽しみに

明日は冬至ですね! ハラスメントが起きると、加害者に目が向きがちかもしれませんが、実は被害者の方がすべてを操っていることがあります。そう、人格障害の状態では、客観的に一切そう見えずとも「葛藤はないから、自分は変わらなくていい」と認識します。実際、内面を変えられない状態なんです。 ただ「だから、自分の都合に合うよう、周りが変わればいい」と、自分では悩まず、人を悩ませます。迷惑をかけるんです。 そういう方が周囲にいるなら、相手との接地面の内、折り合える最小面積を割り出し、そこだけの付き合いを徹底しましょう。相手の乱れを引き受けるなら「自分と接することは、相手に有益だ」という思い上がりが、あなたにあるかもしれません。 そもそも私達は、自分と折り合えた分だけ人と折り合えます。自分と折り合える面積を広げることが先で、全ての土台です。 その土台作りをするオンラインWSを【12月26日(土)~30日(水)限定】で開催します。各回90分でSkypeを用い、各回13,200円(税込)の事前銀行振込制です。 ——– ◆ 対象:以下いずれかより、お選びください。 オンラインWS「感謝」 オンラインWS「女性Ⅱ」 ◆ 応募方法: 12/27(日)夜21:00必着です。以下よりお申し込みください。   ~ご協力お願いします~ Gmailの大規模な障害もあったばかりですので、お申込みは早めにお済ませ下さい。お申し込み後のキャンセルは一切承らず、日程変更で対応します。精神病性障害で治療中 or その必要がある方はご利用頂けません。 —– ぜひ、自分と折り合える面積を広げ、その地続きを楽しみにできる選択をしてみませんか?

行為でなく、存在

自分が嫌な行為をされた相手を拒絶したくなるとき、結果と状況のどちらを見ているのでしょうか? その行為をされた状況を見ているからこそ、相手を拒絶したくなるという「一時停止」を選んでいますよね?その行為をされた状況に、こだわりつづけていますよね?そこで息を止めたように時を止め、仮死状態になっています。恨んでいます。憎しみもあるかもしれません。そして、相手という存在は、見えてきていないですよね? 相手が自分に嫌な行為をしたことに痛みを感じているなら、やはり結果ではなく状況をみています。相手の行為から目が離せない状態です。「相手が自分に嫌なことをしたのも、相手に弱さがあるからだ」と、相手を庇うのも同じように痛みを感じています。こうした痛みは、相手を拒絶したり卑下する姿勢を、含んでいます。 それだけでなく、そうやって存在でなく行為にフォーカスしている間、そんなあなた自身は弱くなってしまうのです。

裁けば、悪化する

ニュースが流れる度に、あるいは自分のパートナーがバランスを崩して何かをする度「悪いことをしたのだから」と、自分が裁判官になったつもりで、罪を認定し罰を与えようとしていませんか? そうやって裁けば、以前よりも悪くなります。認めなくてはいけないのは、わたしたちが「起きていることを理解するには、小さすぎる」という点の方です。そして、加害者/被害者や勝ち/負けのように分離する動きに身を任せるのではなく、和解へ身をゆだねていく勇気です。平和にむかうんです。 つながりは、わたしたちが思っているよりはるかに大きなものです。その底流を流れる愛(と呼んでおきますが)の動きに気づく人は、まずいません。 バランスを崩したパートナーが不快に感じることをしてきたのなら、裁いて罰を与えるのではなく、一歩引いた視点から、自分とパートナーの両方へ、ただ微笑むのです。(ニュースであっても同じです)心の中でであれ、パートナーを非難すれば、今度はあなたが加害者になってしまうからです。

勝ち負けのない世界

「つい、がんばっちゃう」「こんなことくらいっ!と前に進もうとしてしまう」状態こそ、過剰適応です。 うまくその環境になじめなかったり、目の前に見えているハードルと思われるものを乗り越えられないと、自分を責めるのも過剰適応です。 小さい時にお母さんを助けようとして、自分が1番したいことは、我慢したかもしれません。小さい時お父さんを助けようとして、ちょっと嫌なことも「いいよ!」とにっこり笑ってきたかもしれません。 摂食障害を経験している方は、過剰適応の方が多いようです。だから相手が何か言ったとき「そう言われたんだから、そう思わないといけない」と自分に強いる動きをして、混乱していることも多く見受けます。妙なタイミングで、意識が大騒ぎするバグがあるようなんです。 そこに、不健全な異性との関わりが加わると、性的なことも嫌でも飲み込んで応じてしまったり、DVの流れに入りやすくなります。 「この環境に適応しませんから!」「このハードルそもそも超えたいと思いません」と、堂々とあれることはとても大切です。 それは勝ち負けではなく、単に別の道を行くということです。別の道を行って、そもそも勝ち負けがない世界へ、ハンドルを切っていいのです。そこに広がる美しさこそ、本来のあなたなのです。

具体的に話す苦痛

サービスを受けられる時間帯など「柔軟に対応してほしい」と思ったり、相手の対応にしばしば違和感があるような場合、あなたがあなた自身の中につかみきれていない苦痛を感じています。そういう方ほど、相手が悪いと思って糾弾したり、違和感を怒りと共にぶつけることしかできない幼さを抱えていたりしますが、実際の問題はご自身にもあるのです。 例えば、常に曖昧に物事を述べる方がいますが、そういう方は具体的に話すことに苦痛を感じていて、ただ自分がそういう状態にあることを、認識できていなかったりします。具体的に聞いても、どんどん話が抽象的になってしまい、抽象化自体も正しく行われていないのです。ゆえに、嘘つきという印象を与えていることもしばしばです。 そんな風に、自分の中につかみきれていない正体不明の苦痛があるときには、知能が低下していることがあります。知能が低下する後天的な原因には「摂食障害+アルコール依存傾向」で脳が実際に委縮しているケースなどが、含まれます。 知能が低下していると、知能の高い同性の人と友達になりたがったり、同等だとみなしたがるような傲慢さが当たり前になったりします。そうして、自分が相手に負担をかけていることには、無自覚です。 脳は回復する(程度は人それぞれ)ことがわかっています。「該当する」と正直に思えた方は、回復の道へ自分を連れて行ってあげたらどうかな、と思います。

なぜかいじめられる・嫌われる

親や祖父母の話を聞いていたら「なぜだかいつもいじめられる」「いつも嫌われちゃう」という話がある場合、親や祖父母が出口のない怒りや不安を抱えていることが暗示されています。 怒りや不安を感じること自体は自然ですが、それを健全に表すことができていない点が、不健全です。この状態が続くと、脳の一部が過活動となるから、気が大きくなるとかキレるとか、狂ってるとしか思えない行動(自分を破滅させるかのような動き)をとったりします。そうすると、人が離れていくし、「関わりたくないから」と必要な情報も最低限しか共有されなくなって、いじめられてる風や嫌われてる風になっていきます。 そうすると「誰にもわかってもらえない」という万能感(誰にもわかってもらえないくらいすごい)が生まれていきます。その証拠にその辛さを変えるために、自分を変えようとは思いません。耐えることをして辛いとは言っても、自分を開いて誰かに助けてもらえる態度はとらなかったり、内省はできなかったりします。「自分で考えないと」ともう限界を感じていても耐えて、「自分で考えている劇場」を始めるのも、万能感です。「自分が何とかしないと」という発想も、既に「できない」とわかった上で思っていたりするのだから、万能感です。委ねる・任せる、といったことができないのが、万能感です。何か変えたい時、「変わらなかった!」と誰かを責めるんだけど、自分はそもそも変えることに協力せず「くるしゅうない」とお殿様気分で従順なつもりや従っているつもりなのも、万能感です。 そして、だからこそセットで絶望もついてきます。万能感と絶望はいつも1セットで、離れ離れにはなりません。「いつも悪いことが起きて…」「もう大変で絶望していて!」と聞くと、一般の皆さんは「まぁ、それは大変!なんとかしてあげないと!」と巻き込まれつつ、万能感もりもりになっていくことが多いでしょう。一方「わたしは微力なんです」と欲を少なくして、地球全体が良くなるような生き方へどんどんシフトしている人は、巻き込まれません。

今日おかず少なくない?

明らかにあなたが忙しいのに「今日おかず少なくない?」「まだこれ、アイロンかけてないの?」のような一言をパートナーに言われて、ムッとしたことはありませんか?家族構成を含むパートナーの置かれている環境にもよりますが、そういう「はぁ?」と返したくなることを言ってくるとき、あなたのパートナーはあなたに嫉妬しているんです。 「パートナーの方が外で自由な時間が使えて、お小遣いもあるのに、なんで自分に嫉妬してくるのかなんて、わからない。こっちは一日中子育てに追われてるのに!っていうか、こっちはあなたの子を育ててるんですよ!」と思うでしょうか? でも、子供が養育者の異性である場合は特に、パートナーは嫉妬に走りやすいのです。お母さんが息子の子育てに一生懸命とか、お父さんが娘の子育てに夢中といったケースです。実際に育てている方は理解しやすいでしょうが、小さな子は(その年齢にあるなら健全と言える)万能感を持っていることもあって「僕がママを守ってあげるよ」「パパ~結婚しよう」と言ってきたりします。そうすると、お母さんやお父さんたちもキュンキュンしてしまいがちです。親がすべての時代だからこそ、子供も親をよく見ていて「ママ、ネイル変えたの?かわいいっ!」のような細かいフィードバックをくれたりしますから、なおさら恋人感がでてきます。 こんな風に、圧倒的に多い嫉妬の一つは、親→子なんです。(今日書いたのは、スーパーわかりやすいケースです)

わたしだけスルーされた…

昨日の続きです。 そうやって学習性無力の状態で「すぐあきらめちゃう」自分でいると、自分の中では「なんでなんだ!」と怒りが増産されます。現実を変えられないことに、不安も募るでしょう。 そうしていくと「混雑しているお店で、自分だけ注文をスルーされた」「一人一人名前が呼ばれる場面で、自分だけ名前を呼ばれなかった」といった不思議に見える現象も経験するでしょう。まるで自分が幽霊になったかのように、周りが振舞います。(電化製品が立て続けに壊れるとか、変えたばかりの電球が切れるといったことが続くこともあります。) それで、余計に「嫌われないように」と堂々と生きることの真逆をやっていくようになって、すべてにおいて自分を下においていくことが、始まっていくわけです。つまり、嫉妬されまくり、うまくいかないことだらけとなります。 誰が見てもお金持ちだから、嫉妬されるわけじゃないんです。誰が見ても美人だから、嫉妬されるわけじゃないんです。誰が見ても有能だから、嫉妬されるわけじゃないんです。「自分なんか嫉妬されるわけない」という発想自体が、自分を下に置いている証です。

一周年

おかげさまで、FAPをはじめて今月で丸一年を迎えることができました。トラウマはみんなの持っている宝、であるため、その宝を使えるようにするすばらしさを一人でも多くの方に経験して頂きたく、最初は内容に見合わない安価で提供してきましたが、夏前にセッション時間100時間をこえ、クライアントさんからも「これでもまだ、全然安すぎると感じます…、居心地が悪いです」と、フィードバックを頂いていました。 そこで、一周年を機に、みなさまが「前よりは見合っているから、居心地の悪さが減った」とより感じて頂きながらも、手の届きやすさが担保された市場平均価格へと、FAPセッション費を改定します。感謝を込めて、今年いっぱいは「8,800円(税込) / 50分」(インテークは税込7,700円)という安価で提供させていただき、2021年1月1日実施分より「13,200円(税込) / 50分」(インテークは税込8,800円)を適用させていただきます。 年内は、大みそかまでお受けしています。1) 各セッション間に3日間のインターバルを置いて頂き 2)インターバルにあたる3日間はよく眠れるようスケジュールを整え 3)セッション後、車の運転のようなうっかりが生死に関わることを避けられるよう予定を組む ことを約束して頂いた上で、ご自身の才能開花や魅力UPのために、ぜひご活用いただければ光栄です。 宜しくお願い致します。

記憶力が悪い?

「記憶力が悪いんです」と、相談されることがあります。そして、ご両親もそうである場合があります。そんなケースで実は多いのが、ネグレクトによる血糖値の乱れに端を発するケースです。雑な表現をするなら、ネグレクト下を生き延びていると、親から子へと伝わるはずの衣食住の基本が、身についていないことが多いからです。 ネグレクトは「親が子供のペースに合わせていない」ことから生まれます。「育児は楽しい」「子供が本当にかわいい」と親が思っているケースであっても、十二分にネグレクトは起こっています。例えば「ここまで終えてから、子供の面倒をみる」と自分の決め事に律儀であると、子供が泣いていても、少しだけ放ってしまいます。大きな音がトラウマになっていたりすると、赤ちゃんの泣き声を聞いて頭が真っ白になってしまい、子供が泣いていてもフリーズしてしまうことがあります。 ただ、そうすると子供にとっては、オムツの不快感が続いたり(介護の面でもこれは問題)、お腹が空きすぎて飢餓状態に入るという、生きるか死ぬかの話になってくるのです。(今回はオムツの話はスルーし、後者についてだけ書きます)そうすると、子供自身のペースは踏みにじられて、親のペースによって「この後出かけるから、今ミルク飲んどいて」と、無理やりお腹いっぱいなのに詰め込まれたり、そうかと思うと飢餓状態なのに「今電車の中だから、ダメ」とミルクがもらえなかったりするジェットコースターを、繰り返し経験することになります。 そうして、血糖値が基準値以下まで下がる機能性低血糖の状態ができあがると、食べた後に具合が悪くなったり、いつもイライラするだけでなく、「記憶力が悪い」と本人が自覚するようになっていきます。そうして、そういう方のお食事は必ず乱れています。ひとりになるとお菓子に手が伸びたり、一日一食だったりという食生活もざらです。これが、血糖値の問題が改善されてくると、なんともいえないさびしさもちゃんと改善されていくんです。

ひとりでもふたり、ふたりでもひとり。

一人でいられる能力には、誰かといてもちゃんと一人でくつろげるスペースが自分の中にあることが、含まれます。原則として、小さい時に親と一緒にいながら、ちゃんと一人であったという経験が、その力に大きく寄与します。 それはやがて「a) 物理的に一人であっても、親密に感じられる誰かを心の中に感じられることで、ひとりぼっちを楽しめる感覚」と「b) 親密な誰かといても、飲み込まれるんじゃないかと不安にならず、ちゃんと一人であれる感覚」が育っていきます。 「a) 物理的に一人であっても、親密に感じられる誰かを心の中に感じられることで、ひとりぼっちを楽しめる感覚」があっても、「b) 親密な誰かといても、飲み込まれるんじゃないかと不安にならず、ちゃんと一人であれる感覚」が育っていなければ、親密になることを避けるパターンを繰り返す形で、パートナーシップがうまくいかなかったりします。 「b) 親密な誰かといても、飲み込まれるんじゃないかと不安にならず、ちゃんと一人であれる感覚」があっても、「a) 物理的に一人であっても、親密に感じられる誰かを心の中に感じられることで、ひとりぼっちを楽しめる感覚」がないと、いつも一緒にいないと不安だと相手にしがみついたりするパターンを繰り返す形で、パートナーシップがうまくいかなかったりします。 みなさんは、ひとりでいてもふたりでいても、自分を殺さずに、くつろいでいるでしょうか?

意志の強さと忍耐強さ

意志の強さと忍耐強さは、全く別物なんです。意志の強さとは、ストレスに立ち向かう能動的な力であるのに対し、忍耐力はストレスに耐える受動的な力です。 意志力が育まれないと、外から来る刺激や内から来る衝動や欲求のままに、動かされてしまいます。即ち「流されやすく」なります。だから「好きで始めたことなのに、なんで放り出すの!」と怒られたり、自分でも「なんで続けられないんだろう…」と悩むことになります。また、簡単なルールや約束をわかっていても、それを守ることができなくなります。(すなわち、一見するとADHDに見えるから、そこで誤診も生まれることがあります) 親が子供に合わせない養育(すなわちネグレクト)の中で、忍耐力と意志力の違いを認識していないと、しばしば虐待へと発展しますが、上のような状態の子供は、学校でも叱られやすかったり、昔で言う不良の仲間になりやすかったりと、安全な足場を失っていくことになります。 これを読んでいるみなさんには、忍耐力と意志力の違いを、腹の底に落としていただきたいです。