許さなきゃいけないの?

心筋炎ですが、心筋に傷が付いたら元には戻らず、その傷は残るそうです、おはようございます。吉野実岐子です。

誰かを許さないといけないわけでも、誰かを許したほうがいいわけでもないでしょう。ただ、この2つが「違う」ことは確かです。

「違う」わけだから、この2つの先の展開も「違う」のです。そして必ず、それがどちらの展開であっても、あなたはその中にその一部としていることになります。

それを踏まえ「どちらの未来にいたいか」から選んんでみてはいかがでしょうか? もちろん、許すことと、目をつぶる(隠蔽)は違いますし、許さないことと、ただ明らかにすることも違います。

あなたに私の気持ちはわからない

価値のある1時間3分です。おはようございます。吉野実岐子です。

「あなたに私の気持ちはわからない」と言われ、自分の共感能力を疑って、落ち込んだことがある方もいらっしゃるのかもしれません。では、あなたは自分の気持ちをわかるのでしょうか?後になって「あの時は苦しいと思っていたけれど、実は喜びもあったな」のように思ったことはありませんか?

そう、自分の気持ちなんて分からないし、まして相手の気持ちなんてわかるわけがないのです。だから「誰にも自分の気持ちをわかってもらえない」と思うなら、だから「誰にも自分の気持ちをわかってもらえない」と思うなら、そこにある別のチャンスに目を向けませんか?

それは、あなたのそのままを認めるチャンスです。「誰にも自分の気持ちは分かってもらえない」と言う「ない」自分に頬ずりするように、自分を尊重するのです。

何かあなたにとって利益になることをしたからではなく、ましてや誰かに褒められるからではなく、小さい子の何気ない姿に頬ずりしたくなるあの感じを、自分に手向けます。

そう「ない」自分に気づくたびに、あんな風に頬ずりしていくと「できるようにならなければ」「わかってもらえるようにならなければ」といった焦りが、すーっと引いていき、自分を大切にする感覚に包まれていきます。

「あるもの」ねだり

「国家」がポロポロと崩れ始めています。おはようございます。吉野実岐子です。

周りから「ないものねだりだ」と言われてきて、自分をのぞき込むとやっぱりそう言われてしまう動きがある場合、それは「ないもの」ねだりでなく「あるもの」ねだりかもしれません。

そう何度も奪われてきて、何度も焼け野原を味わって、周りから排除されるようなそんな中で、それでもやっぱり同じ動きが続くなら、それは「あるもの」ねだりです。

その「あるもの」を実際に「あるもの」にし、またもう奪われず、もう焼け野原を味わわず、周りから排除されないためには、やれることがたくさんあって、どこまでも安堵と希望に満ちていく道がひらけていくのかもしれません。そう、一歩踏み出したときに、見えなかった道が現れて、自分を支えてくれて、また一歩と踏み出していける確かな喜びが、あなたのものになる日が来たようなんです。

未来の自分に任せよう

今まさに指標となる言葉でしょうか?おはようございます。吉野実岐子です。

「どうしてもやりたい」「強く惹かれる」なら、未来の自分に任せてしまいましょう。「その後どうなるかイメージがつかない」「それでやっていけるか不安」を、未来の自分にお任せするんです。

意識的にあれこれ考えて打破できないときは、意識的とは脳の一部の機能しか使っていない状態であることを思い出してください。脳をバランスよく使うなら、無意識です。

神頼みする前に、無意識さんにお願いしてみませんか? 無意識は、驚くほどあなたに優しくて、涙が出ちゃうかもしれません。

みんな大変だったから。

このところ、日本列島が揺れていますね。おはようございます。吉野実岐子です。

「みんなもやってるから、大丈夫なんだよ」「みんなやってるから、やっておいたほうがいいんだよ」と、周りと自分を比較していませんか?

皆さんが「同調圧力」と呼ぶものの正体は一体何でしょうか?単に、自分が周りと自分を比較しているだけではありませんか?

「流行りだから、取り入れよう」と考える裏にだって、こうした他者と自分との比較は存在しています。「みんな大変だったから」と場をまとめたがる人は、いつもいつも人と自分を比較して生きているんでしょうね。

 

好きの条件を洗い出すと、合うところから遠ざかる

久しぶりにベランダにトンボが来てくれて、うれしくなりました。おはようございます。吉野実岐子です。

転職したり、結婚したり離婚したり、引っ越ししたり、すなわち環境を変える際、なんだかうまくいかない場合は、意識的になりすぎています。

意識的になると、私たちが様々な条件を洗い出し、総点検に入ります。自分が好きだと思う、職場や人間関係や土地の条件を洗い出してしまうんです。そして、それらについていってしまいます。

ところが、私たちはしばしば、今までの恋人とは全く違うタイプの人と結婚し、非常にうまくいったりします。ちっともやりたくないのに、あれよあれよと話が進んでしまって、嫌だ嫌だと思いながらその仕事をして、めちゃくちゃ評価されたりします。

好き嫌いを足元に置いた条件は、むしろ私たちを、本当に私たちが輝ける人間関係や職場や土地から、遠のかせてしまうのです。

全然好きでなくても、むしろ嫌いであっても、以下にイエスなら、その職場・相手・土地はあなたにとって正解でしょう。

  1. 自分を力づけてくれるか?
  2. 第三者から見て、祝福されている流れがあるか?
  3. 内側からこんこんと力が湧き続ける感覚が、続くか?

真逆は、どんどん力が奪われ栓を抜いた状態でお風呂をためてるような感じになったり、トラブルが続いたり、捨てる・遮断する・排除するはできても、迎え入れる・取り入れる・歓迎するが、非常に難しく感じられる状態です。

ぜひ、無意識と意識のバランスを良くして、今から人生を好転させていきましょう。これは、今これを読むあなたにもひらけた可能性です。

尊厳が守られている指標

最近は、そのブランド製でなくとも、不要な服を持ち込むと1,000円オフのチケットをもらえたりするから、不要になった服があっても気が楽です。おはようございます。吉野実岐子です。

昔は当たり前だった、古くなったものをリメイクしていく発想が、ようやくその形と担い手と規模をかえて戻ってきた印象です。(もちろん実現には大変なご苦労があったと思います)かつて、瓶なども酒屋さん(めっきり減りましたが)に持っていくと、10円もらえたりして、嬉しかったものです。

「ここに入れてください」とボックスを用意して集めるのでなく、手渡しで行うことで、実は人はあそこでたくさんのことを学べるのだと思います。子供の時、両親や祖父母が店をしていてお手伝いした人は、その感覚がわかると思います。

でもその感覚が根付いていない人は、人を数で見たりデジタル処理して家畜のように扱っても、それこそが効率の良さだと思えてしまうある種の欠損があるのでしょう。決して、人間らしいとは呼べないですよね。

だから、循環の仕組みが商店に残っていることは、その土地で人がどれだけ尊厳が守られているかの指標になっている感じがしているのです。

「自分が悪い」という感覚

ここの保冷バック、かわいかったんですよね。おはようございます。吉野実岐子です。

「自分が悪い」と考えることが責任感だと思ったり、どこか美徳のように感じている方も多くいらっしゃると思います。

しかし「自分が悪い」と考える癖は、例えばこんなものをあなたが秘めている可能性を示唆しています。

「忘れようと決めたまさにその瞬間のことをよく憶えていますーわたしは6歳で、自分にこう言い聞かせました。『おじいちゃんはよい人で、あたしを傷つけるようなことはしない。だから、問題なのはおじいちゃんではなくて、私だっていうふうに考えるようにしよう』って」

ー児童虐待を生き抜いた女性

(p45、「トラウマとアディクションからの回復」リサ・M・ナジャヴィッツ著、金剛出版)

どんな人も、必ず回復できます。どんな人も、必ずです。

それ、適応じゃありません。

最近ここのレシピが好きです。おはようございます。吉野実岐子です。

「絶対にこの国はあの地域を統一する」そんなふうに言われて「そんなふうになったらどうしよう」と不安になって、心の中でそんなふうになったときにどうやって生きていくか、考え始めていないでしょうか?

これはつまり、そんな風になることに一票を投じているのと同じです。「嫌だな」と思うことが未決定の状態で目の前にあって、自ら長いものに巻かれに行っているのです。

こんな風にして、まだ起きていないのに、その場を支配する強い発言に従おうとすることは、適応ではありません。単に支配されているだけです。ところが、こうした様を「自分が適応して生き抜いている」と自ら高く評価している人が多く、驚きます。

自ら長いものに巻かれに行くのは、端的に言えば、自分がないからです。自分がない人たちは、こうしてくさばのかげに隠れては、望まないものを現実化することに力を注ぎ、そう自覚することがありません。こういう生き方は、はっきりってすごく迷惑なんです。

望まないなら、望むほうに世界を変えていけばいいだけなのに、望まないと言いながら、実際には望まない方にどんどん力を貸しているからです。こういう態度が、戦争やそれに準じることを支えてきたんです。多くの、口では非難や批判をする人が、自ら長いものに巻かれに行っていることに、お気づきでしょうか?

自分を大切にしない人を大切にする、気持ち悪さ。

おはようございます。吉野実岐子です。

「人間関係がうまくいかない」と悩む方の中には、自分を大切にしない人を周りにたくさん置いているケースが多々あります。

なぜ、あなたを大切にしない人に、あなたはいてもらいたいのでしょうか?迷惑メールを、わざわざ受信箱に戻すような動きが、なぜ必要なのでしょうか?

あなたを大切にしない人を、あなたが大切に思う人のゾーンに入れて「きっと私が悪い」と自分を責めるのはなぜでしょうか?

さて、客観的に見て、上の動きは気持ち良いでしょうか?気持ち悪いでしょうか?

保険を掛けない

今頃になって、お風呂場の壁には磁石がつくことを知りました(笑)

さて、いきなり本題に入りますが、気持ちいい時間が続いていくコツは「保険を掛けない」なんです。「保険を掛ける」時は「ああしたらこうかな」のように仮説を立てて、シュミレーションすると思います。そうした、仮説やシュミレーションは、これまでの経験やこれまでに得た知識を基にしているしょう。

そうすると、過去の最適化が行われてしまうだけで、自分で天井を低くするようなものです。天井が低くなれば、気持ちよくありません。あるいは、そんなに意識的な状態になれば、自分にツッコミを入れたり、焦りを生み出していくことになります。気持ちよくなくて当り前です。

まずは、毎日の中で「保険を掛けない」を生きてみて下さいね!

何もできない小さな子

自分の全体を使っていないと、つまり部分的に使っていると、たくさんの役割に追われるようになります。そして、その役割を完遂することで、自分の居場所をえたり愛されることを期待しまてしまうんです。

そうすればするほど、つまり頑張れば頑張るほど「居場所がない」「愛されない」と感じる瞬間が降り積もっていくのは、何故でしょうか?考えたことはありますか?

小さな子は何もできないけど、そのいつもキラキラしてしまう目で、居場所も愛もえていきます。そう、全体を使っていて気持ち良いから、その子と接した人も気持ちよくなるんです。気持ちよさが拡がって、いつの間にかあなたも自分の全体を使うようになっているんです。

素敵な「どうせ」「くせに」

京都の美術館が、こんなこと始められていました。

さて、女優の木村佳乃さんが、プレッシャーに押しつぶされないために、期待に狂わされないために、自分で自分に「どうせ/たかが木村佳乃のくせに」と伝えたり、人から「すごくよかったね」と言われたら「木村佳乃にしては、よかったということなんだな」と受け取りなおすという、素敵な工夫をトーク番組で話されていました。

自分をフラットに保ち、周りに飲み込まれずにいるために、第一線を走る人は素敵な工夫をたくさんされています。上記は、誰でもすぐに活用できそうなので、今回はご紹介しました。

他人の知恵に乗っかる形ですが、みなさんも一緒に今日から活用して、穏やかな日々をまもりませんか?

欲望を狙われる。

欲望が強いと、生きている人間にだって、狙われます。海辺でお弁当広げていると、鳶が急降下して、口に入れようとしたそれをさらっていくことがありますが、そんな風に欲望の強さは餌になります。支配するには、支配される側が強い欲望を持っていると好都合だからです。

「自分にはそういうところがある」と思えた方の助けになるよう、映画”Victoria and Abdul”(邦題: ヴィクトリア女王 最期の秘密)にでてきた、以下の詩をご紹介します。

” Listen, little drop, give yourself up without regret and in return you will gain the ocean. Give yourself away and in the great sea you will be secure.”

こんな風に、美しく表現したいものです。言葉の表現でなく、生き様で表現したいの意味です。

柔軟性

緊急事態宣言が出たら「時短なんていわず、もう夏休みと言うことで、全面的に休業します」と周囲のお店や施設がバタバタ閉まり、年末年始の様相を呈している中に、わたしはいます。

さて、それが自分の過去の記憶であれ、ミラーニューロンの働き等により他人からもらったものであれ、頭がパンパンだと柔軟性がなくなってしまいます。

簡単に言うと、意識的になってしまうので、眠いのに頭が冴えて眠れない時のような状態が常となります。表現としては頭が「冴えて」と書きましたが、実際の頭の働きは落ちています。

頭のごく1部だけを使っているのに、それを「冴えている」と認識してしまう位に、脳機能が落ちています。いわば、夜中にうまく書けたと思ったラブレターを朝読んで、頭を抱えることが起きます。作業に関する機能が落ちているだけでなく、その評価機能も落ちていると言うダブルパンチです。

このダブルパンチの状態が、柔軟性が失われていて、物事が円滑に動いていかない状態です。頭の中がパンパンだと、それがサングラスのような働きをし、自分の頭の中を片付けるべきなのに、目の前の状況の方に問題があると思ってしまうこともあります。

そうすると「なぜいつも問題ばかり起きるのだ」と不安が募って当然かもしれません。繰り返しますが、この状態があなたの柔軟性が失われ、物事が円滑に動かない状態です。

秘密がもつ壮大な力

ノウサギは巣をつくらず穴も掘らず、窪地や木の下に潜むと知って、びっくりしています。おはようございます。吉野実岐子です。

お亡くなりになっていたそうで、心からご冥福をお祈りいたします。ラムダ株の件もそうですが「あなたの為を思って、いわないのよ」という風潮が、日本では特に親子間・会社の中など、あるかもしれません。隠すことと、恥・恐怖・罪悪感は、密接に結びついています。

ドラマ”The Bold Type”に、こんなセリフがありました。

“I lived with my secret. I thought by keeping it, I was in control. But then, I realized that what I was actually doing was surrendering my power. My power to help other women. ”

日本ではこの春から始まったことについて、「自由」をうたっていたフランスやアメリカが、分かりやすくその素顔を見せたから、驚いた方もいらっしゃると思います。日本でも、秘密と一緒に生きている方が、そして「自分はコントロールできてるから、だいじょうぶ」と思っている方が、多いでしょう。

もちろん、これは個人にも当てはまります。あなたの力は奪われているのに、あなたは「完全にコントロール下にある」なんて思っているのです。

雀のルート

梅雨の間、我が家のベランダが、雀の定期ルートに入ったので、雀について調べてみました。驚いたことに、毎日ほぼ同じ時間にやってきていたんです。ゲリラ豪雨に驚いた燕が垂直に飛んでいた日ですら、そうでした。ただし、長居はしません。洗濯物を干してあっても、関係なくいらっしゃっていました。(洗濯物が干してあるところは避けてくれます)

今回、初めて知りましたが、日本には雀が2種類います。また、暑い夏にも子育てするそうです。わたしは、そもそも雀の巣を見たことがありません。この暑さで大丈夫なのかとも思いますが、巣の中はそもそも36℃程に保つそうです。

最近は、鳶などの猛禽類も、住宅地の上をかなり低空飛行していて驚きます。カラスも増えて、こんな田舎なのに、車の下に何か落ちていないかせっせと探すということは、よほど生態系のバランスが崩れています。

当り前にいた雀がこれ以上減らないように、生態系のバランスが自然と戻ることに加担する選択を、続けていきたいです。また生態系のバランス回復は、人の欲を叶える「〇〇工学」では叶わないことも、添えておきます。そうした過剰な欲を叶えることは、単に安全から遠のくことだからです。

勝手に不安になっている?

「不安になる方がわるい」「勝手にあなたが不安になっている」といった、暗にわたしたちを追い詰める風潮が、真綿で首をしめるように、じわじわと強まっています。

「わからないなら、信頼できる人にきこう」も「信頼したあなたがわるい」がついてきます。「不安になっちゃうあなたへ」のような、不安でつっていく不安ビジネスも、加速しています。

自分がないと、誰か他の人の感覚を、自分の感覚だと誤認します。変わらずある不安こそ他人のものなのに、上のように罪悪感を入れられ支配されてしまうと「不安はわるいもの」になってしまいます。

同時に、支配される人がかわいそうな人ということではありません。支配されるのは、自分にとって都合の良いものに従いたいという欲望があるからです。欲望を減らすことは、何より自分をまもってくれます。

あとづけバイアス

予測せずに正解を見ると、正解を知っていたような気がしてしまい「だよね!そう思ってた♪」と思えてしまうことを、あとづけバイアス(hindsight bias)と呼ぶそうです。

あとづけバイアスによって「自分は理解できている」と誤認し、実際には何も応用がきいてないのに、自分の現在地を見誤っている方を、非常に多く見かけます。あなたは、いかがでしょうか?

以前非常に驚いたのは「私がAという仮説を持っている」と憤られたため、Aという仮説を持てるはずがない事実をいくつかシェアしたところ、急に鞍替えされて「ずっとそうだと思っていた!」と言われたときです。もちろんその方の心身の健康状態を疑いました。

こういう状態になる人は、支配されていて、そのことに気づいていない方が多いかもしれません。支配から抜けるだけで、頭の中がスッキリして元気がもりもり湧く方も、多数いらっしゃいます。

あの有名な2005年のスティーブ・ジョブズのスピーチに “Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And the most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.” とありましたよね?

例えば、漁業制度史。

日本はずっと魚を食べてきた国ですが、漁業制度を見ると、意外なことに8Cの大宝律令後、約1000年もの間、特に目立った動きがなかったことがわかります。

18C、つまり江戸時代になって、慣行漁業権にあたるものが取り沙汰され始め、19Cになって漁業組合が生まれ、20Cにやっと漁業法が制定されています。もっとも、それまで法律を制定しなければいけないほどややこしい事態にならなかったと考えるなら、「やっと」と前文で書くべきではなかったとも思います。

ちなみに、占領下に当たる1945年〜1952年の間、遠洋漁業はできなかったそうです。

何かを言語化して知らしめることが必要な時、その状況はもう不穏なのだと思います。みんながある程度共通に使うとされている言語があって、世界を基本的に行き来できる今の状態は、地球環境としては昔よりずっと不穏でしょう。

そして、言語化する段階で、まるでこの星に人間だけしか住んでないかのような万能感がチラチラしてくることを「致し方ない」と片付けてしまえないところまで来ました。

投げられた自分を、今度は自分で投げる。

以前、ワークショップでお出ししたことがあるお菓子が、成城石井でも売られていました!おはようございます。吉野実岐子です。

今日は、奈良のとある中学のドキュメンタリーから、ボブ・ディラン好きの味のある校長先生の言葉を紹介します。哲学の文脈に生徒を誘って、比喩を用いて、こんな風に話されていました。

「あんたら、人から決められてんねん。もともと、あんたらコップとして生まれてきた。(中略)けど、自分で、これから自分の意味決めていきたい。逆に、自分が投げられた自分を投げんねん、次に。僕は、コップとして投げられてきた。けど、これからは長い人生をかけて、コップではちょっと飽き足らん。だからこれから違う意味として、僕は自分で自分を意味づけていきたい。「私は何々である」。その「何々」にどんな中身を入れるんですか、君らは」

投げられたという表現は「賽は投げられた」という決まり文句を思い出すと、受け取りやすいでしょうか?「人から決められた」の部分は、それまでに人から得た評価や「~だから、選択肢は…の中から」といった提案や症状名などが、入っていくでしょう。

私が「いいな」と思ったのは、投げられた自分(その土地に、その遺伝子情報で、その成育環境で、生まれてきてしまった自分)という表現です。生まれた時、賽は投げられたのです。そして「○さんのところの子供」や「二番目に生まれてきて、5歳い上のお兄ちゃんがいる」といった意味を生む材料が、わさわさ来るのです。

でも、そんなポンと投げられた自分(その土地に、その遺伝子情報で、その成育環境で、生まれてきてしまった自分)を、今度は自分で投げて、自分の運命を自分で決めていくのです。「どうせ…だし」と、コップに甘んじるのではなく、花をいけて自分を花瓶にしていくことが、生きていくということなのです。

苦手意識を和らげる

家にいる時間が増える中、クライアントさんの中には語学を頑張っている方もいます。コロナ明けたら、ベラベラリーノになっているかもしれませんね!(もちろん造語(笑))

一方で、学びに苦手意識があると、自分を固定して一か所に押し込めるような勉強時間を過ごしてしまいがちです。学んだことが喜びとなったり、わからないことにワクワクするより、追い詰められ感がでて、不安を感じる時間が長くなってしまうのです。

そんな方に「視点の転換法」あるいは「勉強への姿勢の変え方」として提案したいのが、例えばこちらです。苦手意識があると、苦手な食べ物を目を瞑って口に入れて飲み込むが如く、目を逸らしながら勉強する感じがあるかと思いますが、こんな風にちゃんと言葉を見てみるんです。そうすると「遊び」が始まるし、学んだことが日常とリンクしてきて、苦手ゆえの緊張感も下がるでしょう。

そして、緊張感と言えば、野生動物と対峙した時の緊張感などは、とっても心地いいですよね!そこには、相手の縄張りに入らないという尊重があるからです。緊張感もちゃんと見てみると「遊び」が始まります。

ハーモニーが美しい

皆さんは「自分と調和するものを身に付けることが、自分を守ってくれる」という認識をお持ちでしょうか。好きな色より似合う色のアイシャドーを使い、好きな形より似合う形のシャツを着て、そのアイシャドーとシャツ(その他諸々)が、皆さんのその日出かける場所や滞在する場所のTPOに合っているということです。

似合う色や線(例: アイライン)は、自分自身のもともとの顔のパーツを調和させます。似合う素材や色や形(例: Vネックのパリッとしたワンピース)は、自分自身のもともとの身体全体を調和させます。そうして、顔だけでなく身体全体が調和したところで、そんな皆さんがその日参加する場に調和していれば、そこにいた人の中には「あなたが美しかった」という印象が自然と残っていきます。

皆さんの仕事が芸術やデザインでない限り、健康で清潔であるという印象こそが、調和(harmony)を表します。そこにあるのは、作り込んだガラス細工のような美しさではなく、子供の弾ける笑い声のような、水滴の表面張力のような、生き生きとして相手を力づけたり癒してしまう「美しさ」です。

人は癒されていくほど、自然とこうした類の美しさに、惹かれてしまうようなんです。

映画『朝が来る』

遅ればせながら、河瀬監督の『朝が来る』を観たんです。場面は次々と転換し、もちろんそれを視覚ではっきりと見て取れるのに、水をごくごく飲む時につなぎ目を感じたりしないように、シームレスに感じるんです。要所要所にある「ごめんなさい」の美しさが、観ているこちらのいのちを力づけるんです。

映画の説明を読んだりすると、一般には、いわゆる重い話にみえるでしょうが、透明なおいしい水をごくごく飲むような爽快感が、ひたすら広がるんです。どんな理由で何歳で子供を産んでも、安産を願われ出産をねぎらわれ、その子の誕生に祝福がある社会を求めます。それとこれとは別だからです。これの中身は、映画を観なくてもわかる方が多いと思うので、書きません。

本当の恥は「なかったことにする」ことの方です。映画の中で、なかったことにしなかった人達に来た朝が、「なかったことにしたい」ことを抱える人の日常を、朝の光で照らしてしまうような作品です。知っている女優さんがいたのに、部分的にドキュメンタリーなのかと思ってしまうような、ドクドク脈を打っている映画です。生まれたての赤ちゃんの鳴き声のように、なんと勇敢で、なんとあっけらかんとした作品だっただろうと、原作も読みたくなってきました。

「なかったことにしない」から、必然として画面から日常へとなだれ込む希望は、わたしたちみんなのものでしょう。それは、河瀬監督の生きざまと少し共鳴している気もして、全身で生きる尊さに、頭を垂れざるを得ません。

素敵なお誘い

地球史及び人類史にのこる汚点ですね。

さて、昨日の午後、洗い物をしていたら「もういいか~い」の声が、何度もしました。それがどんどん、オクターブが高くなっていくんです。思わず吹き出してしまいました。いい音環境に誘われ、そのまま窓をあけっぱなしにして網戸の掃除をしたから、より子供たちのやり取りが、丸ごと室内へ入ってきます。

おそらく弟と思われる男の子が、上手に隠れていて、姉と思われる女の子は全く見つけられません。男の子の方は「あ、今背中が見える~」「今通り過ぎてたよ」「もっと後ろの方」と、どんどんヒントを出します。そうして、あまりに十分すぎるヒントが揃ったところで、やっと見つけてもらっていました。

見つけてもらった後、困惑気味でちょっと疲れた女の子が「何でこんなところ見つけられたの?」と聞くんです。そうしたら、男の子は女の子に向かって説明するんです。「あのね、赤い虫を見つけたんだよ。それで見てたら、あ、ちょうどここに段差があるから、ここに隠れたら見つからないなと思ったの」何だか二人のやりとりの優しさに、ちょっと涙ぐんでしまいました。

この男の子は、先日道ですれ違ったときに、何か明るいものでも見たような顔をして、はじける笑顔で「こんにちは~!」と、私に挨拶してくれたのですが、それがそこそこ遠くからだったんです。すれ違いざまとは違う、遠くからポーンとボールを投げてくれるような屈託のなさが、とても心に触れたんです。

そんな風に素敵な音環境に誘われたから、網戸掃除も気持ちよく終わって、とてもいい夕方を迎えることができました。ありがとう。君たちの未来がもっと明るいものになるよう、大人として、できることをもっと見つけて、ちゃんとやっていくよ。優しさの中を生きたいです。

持てる豊かさ、持てない豊かさ。

失読症(学習障害の一種)を持つ方には、「それ持ってますよ」と声を上げて下さっている方がいます。スティーブン・スピルバーグ監督は積極的にそうして下さっている方の一人です。他にも、海外だとトム・クルーズさん(俳優)やトミー・ヒルフィガーさん(デザイナー)は、知られているでしょうか。

日本だと、柳家花緑さん(落語家)も、たくさん伝えて下さっています。黒柳徹子さん(司会者)もその著書で、言及されているそうです。

持っているものは、それが2.0の視力であれ、失読症であれ、お高いバッグであれ、どう生かし切っていくかが重要でしょう。「こんなバッグ持ってすごいでしょ!」「こんなに視力がいいのは自分だけ!」という態度だと、持ち物を生かしているとは呼べませんね。持っている人は持っていることで「ほら、こんな風に、世界を違った風にみられるんだよ」と、持たないあなたにそっと優しい風を吹かせてくれます。

ヘイトクライムの増加

コロナ以後の世界で明確に増えたものの1つが、アジア系であるわたしたちに対する、ヘイトクライムやハラスメントです。

全米16都市を対象とした、ヘイトクライム等を注視する団体による調査では、2019年の49件に対して、昨年は122件と約2.5倍の増加をみせ、今年に入ってからも増加傾向にあるそうです。

こうした状況における、有効な予防策として「帽子やマスク等で顔を隠し、アジア系だと悟られないようにする」が含まれることには、何ともいたたまれない思いがします。そして、明晩締め切りのこちらのワークショップでは、こうした状況下でも生きやすくなる技をお渡しします。

喪失

人が亡くなると、お葬式の手配を含め、やらなくてはいけない事務作業が、喪失で何も考えられない頭に、たくさん押し寄せるのです。

社会的ニーズに個人的なニーズが踏みつぶされてしまうのです。こういうところへの真心からのサポートが、社会の中にもっと用意されるべきだと思います。起業したい方は、この分野での起業を考えてみませんか?

だって、実際に亡くなった人とお別れするには、そして亡くなっていなくても、喪失体験を消化するには、途方もない時間が必要です。それに気づかないほどの刺激を自分に与えている人は、そういうあなたに「弱い」と言うレッテルを貼るかもしれませんが、その表現を敢えて使い表すなら、感覚が麻痺していないあなたの方が強いです。(本質的には「弱い」「強い」といった話ではありません)

子宮促進剤などで生まれることを焦らせる世の中で、さらに亡くなった後のお別れも焦らせるなんて、一体どういう社会でしょうか?あなたのやり方で、お別れして良いに決まっています。とんでもない時間をそこに費やした、そんなあなたは異常ではありません。

験担ぎの肝

脳は、決まった動作をすると、その動作を繰り返してきた場面と同じ神経信号の状態を作ります。これが、世に言うルーティーンの大切さです。

素早い反応や正しい判断をしないと、危険な目に合うスポーツ選手や大工さんなどの鳶職は、何より命を守るために、ルーティーンを大切にしてきました。どちらの足から玄関をまたぐかなど、験担ぎはこのためです。

昨年、ルーティン流行りでしたが、その中身が、その目指せるところと大きくずれていたことを、今ご理解頂けるでしょうか。

そして、あなたが命を守るためにしてきた、本当のルーティーンは何でしたか?例えば、人からの攻撃を避けるべく設定した、あなたのルーティンは何でしたか?

同意とは何か。

こちらで、セックスを紅茶に置きかえて「同意とはなにか」の説明がされています。

上のリンク先の動画を見て「そもそもお茶を強要されたことがある」と気づいた方もいらっしゃると思います。例えば、出先で飲めないコーヒーを出されて、不要だと伝えられなかったことはありませんか?あるいは、スマートに断ることを、周りから強要されませんでしたか?

わたしは猫舌ですが、出したお茶をなぜ飲まないのか、圧力をかけられたことがあります。猫舌だと伝えても、理解してもらえませんでした。自己愛の強い方でした。

大人たちは「子供に教育しよう」としたがりますが、この件に限らず、ほとんどのケースにおいて、再教育が必要なのは大人の方です。

まずは、すでに大人になっている私たちが「同意とは何か」について理解して初めて、子供にとっても安全な社会が広がることは、間違いなさそうです。