畏怖の念から動けない?

「畏れ多くて近づけない。動けなくなる」という方が、時々いらっしゃいます。良さそうに聞こえるだろうと思います。

でも、畏怖の念から動けなくなる裏には、ごっそり欲望があります「畏れ多くて近づけない。動けなくなる。だって近づけるように、自分を変えようとは思わないから」が、本音です。

新陳代謝が象徴するように、私たち人間にとって自然なのは、変わり続ける態度です。何かに押されるように、変化を強制されるのではなく、自分の意志で自分のなりたい姿に変わっていく態度が、人間の自然な姿です。

その自然な有り様を否定し、不変という不自然さを生きようとするから「畏れ多くて近づけない。動けなくなる。だから、近づける自分に自分を変えていこう」という人間として自然な発想が、出て来なくなるのです。

そして「良さそうに聞こえるからいいや」と思考を閉じてしまえるのが、他律的な態度であるのは、言うまでもありません。

初出: 2018年9月9日

悪いプロセスがうむ、すごくいい結果

今起きているあれこれを、悪いプロセスだと捉えている方も多いと思います。そして、悪いプロセスだから、悪い結果が生まれると予想するからこそ、ブルーになっている方が多いようです。

望まない妊娠に至る行為や望まれなかった中で押し切った結婚など、単純化して言うと悪いプロセスだったと、みなさんが分類したいことが、世の中には存在します。

そして、自分が生まれてきた過程が、悪いプロセスだったと知った子供は、望まれなかった子のようにプロセスと自分を重ねて捉え、単純化して言うと悪いプロセスが生んだ悪い結果が自分だと、思います。また、親など周りが「あなたを殺そうと思っていた(中絶を考えた)」と言ったり「あなたなんて生まなければよかった」と、その子にそういう場合も、非常に多くあります。

この時、このいわば詐術にはまる子供とそうでない子供がいます。そうでない子供は、自分のことを悪いプロセスがうんだ、すごくいい結果だと理解できるのです。そう信じるのではありません。自分がすごくいい結果だと理解し、実際にそれを証明するような人生を送るのです。

理解力をそうして磨いた子供は、信じることでより詐術にはまるのではなく、ひいたところからすべてを見通し理解するからこそ、こうした詐術にもとらわれなくなります。

プロセスが良かったから、結果が良くなるわけではありません。その例が「雨降って、地固まる」という慣用表現によく表れています。プロセスと結果の関連性は、うーんとひいたところからでないと見えないことがあり、親子間のみにフォーカスするような近視眼的な視野からでは、プロセスと結果に何の関連性も見いだせないことがあります。その例が「鳶が鷹を生む」「ひょうたんからこま」といった慣用表現によく表れているでしょう。

繰り返しますが、自分はすごくいい結果だと信じ、その幻想に酔うのではありません。現実から離れ、妄想するのではないのです。うんと引いた視点から全体を理解した結果として、プロセスと結果の関連性もありのままにみます。そうやって現実を見たからこそ、力を得ることができて、その果てにみなさんは実際にすごくいい結果になっていくのです。

初出:2021年1月1日

いのちがいのちとして在れますように。

明けましておめでとうございます。旧年中はお一人お一人に大変お世話になりましたこと、深く御礼申し上げます。どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

いのちがいのちとして在れるからこそ、トラウマが存在しえない平らかで和やかな人間社会の出現と、いのちがいのちとして在れるために、概念としてではなく実際に体感として、清い地球が取り戻されていくことを、切に願っています。

心とは脳ではなく、心臓とイコールでもありません。心ではなく心が宿る身体全体の方に、注目してください。その上で、身体全体が喜ぶ時間をうんとたくさん持ってみましょう。いい一年が始まっていくでしょう。お一人お一人のご多幸、心よりお祈り申し上げます。

初出:2019年1月1日

苦しみに素直になる。

時々おかしいWordpressですが、まだ代替案を見つけられていないので、もう少しだけお待ち頂けると幸いです。

さて、苦しみに素直になれると、その時点でまるで幼子のように、助けを得ることができます。苦しみに素直になれると、その苦しみを表すことが恥だという感覚が、実は自分のものでなかったとわかって、重荷が消えます。

そう、苦しみに素直になれない時、そこには他人からの感覚が潜んでいます。そして、苦しみに素直になれないまま、何とかうまくやっている間は、自分の感覚で生きていないんです。だから、定期的にその苦しみが襲来して、恥や罪悪感を感じます。

その恥や罪悪感こそ、あなたのものではないのに、情けないと思い惨めさを味わい、火に焼かれるようになるんです。それが繰り返されるのは、あなたが恥ずべき存在だからでも、あなたが罪深いからでもなく、単にそれがあなたのものではないからです。

苦しみに素直になれると、他人の感覚がぱっと離れていきます。そうすると、あの繰り返す惨めさや炙られる感じは、あなたの世界では二度と味わえないものになってしまうんです。

ベジタリアンの真似ごと

最近は、地球に優しいこととして、ベジタリアンの真似事をしています。もっとも、放っておくと、私は野菜しか食べなくなってしまいます。小さい時から好き嫌いゼロで、野菜以外であっても、食べられないものはありませんでした。

ただ、災害が急に起きても動ける体作りを思うと、少し無理してため息をつきながらでも、タンパク質を取ったときの方が、目的にかなうんです。今は地球の汚染が、10年前と比べてもとんでもなく深刻で、また植物由来の食事がかなり身近なものになってきたこともあり、手の届くところにある選択肢がかなり増えました。

実は、必ずしもベジタリアンの真似をすると地球に優しいと言い切れない部分もありますが(例:輸送費)、今はまずいろいろ試そうと実験期間にしています。今の生活様式を大きく揺るがすようなもの(例:入手困難なもの)は、やっぱり続かないし、いろいろ知っておくと、気づかない内に自分の生活様式が変わっていた時「そういえば、あの選択肢がある」と思い出せる喜びがあります。未来の喜びを今知らず知らずつくっているんです。

そして、今においても喜びが増えます。例えば小麦粉と豆のパスタは美味しくなくても、玄米と豆のパスタはおいしいなら、パスタを選ぶときの喜びが増えますよね。豆腐ハンバーグ作りにカルダモンなどのスパイスを入れるアイデアは、ベジタリアンのレシピで知りました。インドを連想する数々のスパイスが、こんなにひじきや豆腐と合うなんて、思わず喜びが込み上げたんです。そうやって、喜びが増えてしまうとき、また気持ちよさも拡がっていくようなんです。

 

洗濯まわりの変化

少し前までは、外干し中心で10枚干しが必要でした。夏などは、ベランダにいっぱい洗濯物がはためけば、日差しも遮れるし、ちょうどよかったんです。今年の初めに10枚干しが壊れた時、ちゃんと買い替えました。

でも、この激しい気象変動で洗濯の仕方やペースも変わり、また外の匂いが柔軟剤等で健康を害するものとなってきた(つまり価値観の問題ではない)ため、そもそも十枚干しはいらない可能性が見えてきたんです。

暑い夏なのに、圧倒的な部屋干し率には、たじろぎそうでした。家で仕事をしているのに、予兆の欠片もないゲリラ雷雨に、アポがある時間帯は、雲ひとつない日を除き、洗濯物を外に干せなくなりました。

そんなわたしを、最近すこし楽にしてくれたのは、こちらの直線ハンガーです。今の室内だと、キュウキュウに詰めて干すことになるから、このくらいが一番スペースを活用できるんです。

予想できなかった変化でしたが、ごくたまに以前の地球の状態が垣間見える日は、ホッとできます。そういう日を増やせるよう、地球についてもっと学びたくて、ワクワクしている昨今です。

君子之交淡若水

さすが、世襲制だらけの世界は「小人之交甘若醴(小人の交わりは甘きこと醴の如し)」ですね。昨日、土石流や梅雨前線に、大きな影響を受けた方々に、心よりお見舞い申し上げます。しかし、こういう時こそ変な法案が通るのが、小人が中心にいる場所の常です。

漢文で「君子之交淡若水、小人之交甘若醴。君子淡以親、小人甘以絶。彼無故以合者、則無故以離」と学ましたよね。人と適切な距離感や相手を尊重できない人ほど、つながり好きのようです。

やたらとつながりを求める方は、ほとんどが小人でしょう。「小人甘以絶」(小人は甘くして以って絶つ)から、「則無故以離(即ち、故無くして以て離る」だからゆえでしょう。甘酒のようにベタベタしている人の存在は「深夜に川に流された」ニュースなどでも浮かび上がり、その異様さは畑の中を歩く白黒の猫の悪目立ちっぷりを、超えます。君子であることを望む方は、いらっしゃいませんか?

下心は嘘を心地よくさせる。

問題が起きる前から、その問題を特定したかのごとく開発され準備されたものがあります。そして今、通常なら最低5年はリリースまでに費やすところを、ファストファッションのごとく解き放ち「因果関係不明」として、その不思議は小学生のタイムカプセルみたいに、埋められていくのだそうです。

その手口は、下心もりもりだからこそ「そうはいっても、そんなかわいい/セクシーな格好で、ぼくの/わたしの部屋に入ったのは、君のほうだよ」と一夜を共にし、それが心地よく響いてしまい「遊ぶくらいの方が魅力的だから」と嘘に酔う男女間のようです。

下心があれば、するんとむき卵のように嘘が出てきます。そのつるっとした嘘を、心地よく感じるのもまた、結局、下心があるからです。新たな踏み絵が、下心を持つ人を炙り出してくれています。切るべき相手がみえ、しがらみから解放されて、また自由になっていけますね!