自分を底から支えるには?

地方都市や田舎に移ることを考えている方が、今の場所にいながら、その場所の雰囲気が自分に合うかを知れることには、移住予定先の地方紙・テレビ番組・支持政党率を調べることもあります。

地方紙は、その地域で最も購読率の高いものを選んで、ネット上でチェックしていき「え?これを一面にしちゃうの?」といった違和感を大事にしていくといいでしょう。テレビも「こういうところは緩いんだけど、こういうところはちゃんとしてるんだ」を見せてくれます。

支持政党の分布やその率については、今だけでなく、これまでにどういう傾向があったかをみるといいでしょう。ずっと同じ政党への支持が強い地域だと、思考停止していたり、考えることと言ったら自分の地域の利益のみのような了見の狭さが隠れています。そうなると「話しても通じない」を味わう率は、高まりそうです。…といった具合で見ていきます。

支持政党がばらけているから、多様性が保持されているといった簡単な話ではありませんので、そういうAならばBという思考停止からは抜けて、ガンガン考え抜くことがコツです。

自分で考え抜くことが、何よりも自分を下支えします。「わからない」「できない」と投げ出さず、面白がって考え抜くことが、あなたの人生に厚みをもたらすでしょう。

ドラマ『日本沈没』

おはようございます。吉野実岐子です。ドラマ「日本沈没」を見ていますが、賛否両論がありつつも、やっぱりCGで形の変わった日本を見せてもらえるのは、ありがたく感じます。

日本全体でなくとも、部分的であったとしても、沈没して、そこが自分の日常の一部であったなら、わたしたちは非常に深く考えます。311を東京で経験したわたしが、うっかり京都のヨガスタジオで泣きそうになったのは、阪神淡路大震災を経験した神戸出身の方が受付をされていた時のことでした。

当時、そうした経験のない物見遊山の(主に)海外の方からの、ああだこうだ言ってくるメールやらスカイプやらフェイスブックには、だいぶすり減らされる感じがありました。それは、程度の差こそあっても、国内での被災の度合いや方法の違いにより、多々存在していました。外から見て、似た状況に見えても、当人たちにとっては全く違う経験だから、みんな孤独みたいな感じが、墨のついた筆を水に浸したときのように、ふわーっと漂っていました。

色んな気持ちの行き違いが「些細」に見えるレベルで発生して、それがひどく深く積もってしまって、それらはほとんどがプレス加工されたようになってしまっていて、でもそこにちゃんとあるんです。

関東の一部が沈没していても、それを物理的に高いところから見た人たちが、色々言っている姿は、ドラマだからこそ見せてもらえるものでもあります。また、共感や実感はそもそもなかなか持てないものであるという人間の実態を消化する助けにもなるんじゃないかと思います。

そう、日本が沈没したりしたら、その面積如何に関わらず、さらにそれが日本かどうかに拠らず、海だって汚れるわけです。プラスチックを始めとする「消えない」もの達が、色んな苦しみの原因となっていきます。そう、苦しみの裏には「そこがその居場所ではない」のに「消えない」ものがあるようなんです。

数年前にあきらめたこと

紙ごみ20リットル分、出しました。おはようございます。吉野実岐子です。

突然ですが、数年前にあきらめたことはありますか?今、5分だけ時間をとって、書き出してみて下さい。数年前にあきらめて、もうそれについて考えたりもしなかったようなことを、紙の上に呼び出せましたか?もちろん、物でも構いません。「こういうのが欲しいけど、探しまくっても見つからない」ということ、あったと思います。

そしたら、その物・サービスなどを改めて、検索したり、友人に「こういうの知ってる?」と聞いたりしてみてください。意外と、復刻版が出ていたり、自分のスキルがあがっていたことで「これなら、自分でこう工夫すればいいから、結果的に欲しい機能が得られる」となっていたり、進展がみられるでしょう。

そう、そうやって、本格的に寒くなる前に、スッキリしませんか?

高く見える能力の裏に、機能障害・減退がある

フードロス対策の自販機ですが、何を売るかにもよるものの、お店が開いていない時間に働く企業内でも、需要があるのではないかと思いました。おはようございます。吉野実岐子です。

世間一般では、能力のようにみられているものも、蓋を開ければ、機能障害やそれに準ずる状態であることは、非常によくあります。例えば、バレなければ平然としていられて、その面の皮の厚さで難局を乗り切るあの営業マンや、他人を踏み台にしてのし上がっていくことに、気持ちが揺れず引っ張られなかったあの常務は、どちらも内側前頭前皮質の働きが鈍いのです。

高速の乗り物や急速に落下するものを怖がらず、まるで勇気があるかのようにみんなから尊敬されてしまうあの人は、扁桃体の働きが鈍いのです。誰かが傷ついたり亡くなっても「何万人にひとりだ。効果の方が高い」と割り切って前向きに見られたり、他の人と違ってプレッシャーに強くみられるのは、眼窩前頭皮質の働きが鈍いのです。

バイリンガルとモノリンガルを、バイリンガルの方が優秀であるように見る方は多いと思いますが、言語習得にあたり脳内のどこを使うかに違いがあり、その結果、衰える機能もあるため、ある面においてはモノリンガルの方が優秀と言えることが、分かっています。

事実を知らないで、諦めたり、理解しないで、羨んだり、そんな時間はあなたの人生を、どう明るくしてくれたのでしょう?

移住の際、今まで以上に気を配りたいこと。

ひまわりとサザンカが同時に咲いていて、まだ蚊もスズメバチもいて、渡り鳥はちゃんとやってきて、そのワンプレートぶりに、気候変動の影響を感じています。

そうなってくると、移住する際には、今まで以上に事故に気をつける必要が出ます。局地集中型の災害が増えていますから、現在あるデータ(地層や気温等)をみるだけでは、予測が大きく外れやすく、移住先で大変な思いをしかねません。(続きは、またPodcastでお話しします)

また、そうなってくると「ご近所付き合いはしなくていいから」と言う姿勢でもいられなくなります。そうなると、例えば、大きな災害がなく空気も良くて水も土も人も良いことはまずないため、移住先を決められず、ぐるぐるしてしまうかもしれません。

そんな時に、なぜだかうまくいってしまう方法があります。その方法が身につくと、本当に無敵になって、まるで環境の方が自分に合わせてくれているかのような、世界が自分を中心に回っている感覚が得られていくようなんです。

知らない世界を見せてくれる

私は、時間ギリギリでない限り、目や耳に不自由がある方を見かけたら、お手伝いできることはないか、話しかけるようにしています。

例えば、ベビーカーを持ちながら階段の前にいる人にも、もちろん声をかけます。が、そういう場合は、大抵相手と長話になりません。でも目や耳などに不自由がある方に話しかけると、ホームまでご一緒したり、その方の降りる駅までご一緒したりと、長話ができるんです。

だから、私が普段経験していない(しようと思っても怖くてできない)知らない世界を教えていただこうと思って、声をかけています。そして話していると、本当に私の気づかなかったことを教えていただけて、目から鱗がボロボロ落ちるんです。

私たちは、知らない世界を知りたくて、旅に出たり、カンファレンスに参加したり、分厚い本を読んだり色々しますが、リアルな声を聞きながら、知らない世界を教えてもらえるこういう機会は、私にとって格別です。

そうやって、教えていただくために、時間が許すときには、声をかけることで、ありがたいことに私の世界を広げてもらっているんです。

大学時代、耳が不自由な友人が、ある日私の前で声を出してくれました。赤ちゃんの泣き声のようなとても力強い「声とは何か」を知らせてくれる声でした。「私の声変じゃない?」と不安そうに聞かれましたが、私は感動してとっさに答えられなかったんです。あの感動が私の中で、ずっとあの日から続いているようなんです。

転じるには?

「いつの間にか、話のあう友達がいなくなってしまった」「子育てを経験できず、自分が未熟な気がしてくる」「もう一度働こうとしたら、応募できる範囲が狭過ぎて…」そんな声をきいたことがあります。

どんな道をたどっても、悩みは尽きないものかもしれません。自分の思い通りに生きてきたつもりが、ある日突然、単にアンバランスに見えたり、何か大きなものを失っていたことにやっと気づいたような感覚になるのです。

でも、まずは全部埋めなくていいんじゃないでしょうか?ガラガラの電車や空いている道路の気持ちよさのように、自分の人生の中の空席に気づいてもいいし、空席のままでもいいんじゃないでしょうか?

満員電車や渋滞の大変さは、皆さんもご存知だと思います。「どこから見ても、充実している」ならば、つまりは、ぎゅうぎゅう詰めのお重のようでもあるのかもしれません。

「空いている」と気づいたなら、まずはその空間を楽しんでみませんか?その時、本当に招き入れたいものがクリアになります。そうしてやっと、転じるのです。

余裕がない!

近所の鳥の分布が明らかに変わり、南国な鳴き声の鳥が居着いてしまいました。

さて「余裕がなくてできない」と思った事はありませんか?「あと30分あれば全然違うのに」とキリキリしたことがある方も、多いんじゃないかと思います。30分どころか、5分で全然違いますよね。

ただ、それはどこかから余裕が落ちてくるのを待っている状態です。雨乞いのように余裕乞いをしている感じです。

そう、余裕は自分から持っていくものです。宝くじが当たるのを祈るように、余裕が生まれることを祈るのでなく、初めから自分からもっていくのが余裕なんです。

余裕ありきにしておくことが、あなたの大事なものを見失わせないでくれます。さて「ここもっとできる」なんて詰め詰めにして、自分から余裕を放棄していませんでしたか?

SNSで苦しくなる?

誰かを見て「うらやましい」と思ったら、それは、自分の中の優先順位をしっかり認識すべき時が来たということでしょう。

例えば、同窓会に行って、ずっと子育てをしてきたあなたが、子供を小さい時から保育園に預けバリバリ仕事をしてきた人と出会います。「私にはできなかったなあ」と悲しい気持ちになるなら、自分の能力のせいだと思っているでしょうから、自分の優先順位を正しく認識していない状態だといえます。

一方、同窓会に行って、ずっと子育てをしてきたあなたが、子供を小さい時から保育園に預けバリバリ仕事をしてきた人を見て「子供たちが大きくなった今、働くのも楽しそうだな」と感じ、帰り道に実はやりたかった仕事を思い出したとします。これはきっと、優先順位を変える時期です。

さらに、同窓会に行って、ずっと子育てをしてきたあなたが、子供を小さい時から保育園に預けバリバリ仕事をしてきた人を見て「人はいろいろで面白いな」と思ったとします。だとしたら、多分優先順位を正しく認識できているし、優先順位自体を変える必要もないでしょう。

SNSをみて苦しくなるケースは、ほとんどが1番初めに書いた「自分の優先順位を正しく認識できていない」でしょう。苦しいと言う認識がなくても、発信せずに受信のみの方(アカウントだけあり、投稿がない)はここに当てはまるでしょう。あなたが今やること、つまり優先順位第一位が何かが見えましたね?

過去にしがみつく人たち

Audibleで洋書を聴き始めたら、なんと著者自ら音読してくれていて、驚きました。

さて、この夏の欧米では、かなりの人数が旅行したようです。今のところ感染予防効果があるとされるマスクはせず、デルタはもちろんその次のミュー株では予防効果が相当疑わしい予防接種は行った上で、移動して「自由」を満喫したようです。つまり、ほぼ何も対策をしない人達だけ、動いたようです。

こうした姿を見て「勇気がある」「前に進んでいる」「そろそろいいんだよね、我慢しなくても」と認識された方も、いらっしゃるようです。しかし、単に2019年までにあったあれこれに戻りたくて、戻れることにしちゃっただけです。つまり、過去にしがみつき、思いっきり後向きに進んでいます。

勇気とは、気持ちよさを広げていけることで、生まれていくものです。麻痺させたり、我慢してなかったことにしたり、思い込んだ状態は、気持ちよさを広げたことにはなりません。

現実を受け入れられず、取り戻しようのない過去を躍起になって取り戻した気になることは、例えるなら別れたパートナーにストーキングして、職務質問されたら「自分のパートナーを守っているだけだ」と答えるようなものではありませんか?

 

 

 

 

主観的になるのは、限界だから。

世界全体が正気を取り戻すことを、願っています。

さて、わたしたちは、無自覚に引け目やコンプレックスを持つほど、万能感を求めます。万能感が満たされないから、できない自分(万能でない自分)を責めるんです。

そして、そうであるほと「すごい!」「あなたのおかげて救われた」といった言葉に酔います。それが万能感に酔った状態てす。つまり「すごい」や「あなたのおかげで」は、相手をモンスターに仕立てあげる言葉です。

ここで、自滅して欲しい人に「すごい」や「あなたのおかげで」を多用しようと悪知恵が働いた方もいらっしゃるかと思いますが、その距離感ならおそらく、あなたも被害を被ります。

既にモンスター化した上司やパートナーには「すごい」より「ありがとう」と伝えるようにしましょう。あなた自身が「すごい」や「あなたのおかげで」と言われて少しでもニンマリするなら、そのこと・分野・領域か既に限界に達していると認める必要があるでしょう。より抽象度の高い思考が、ブレイクスルーに必要です。

見出す価値は違っていい。

「(接種済みでも感染できるデルタ株が流行る今、打っても)集団免疫は獲得されない」と、オックスフォード大の教授も述べています。

さて、自分が大事にしていたり、高い値打ちを見いだしたものを、他の人に軽んじられたと認識し、怒りを覚えたことがあるでしょうか?

でも、見いだす価値は、違うからこそいいのです。もしみんなが同じ価値を見いだすようになれば、あなただけの特別な何かも失われます。あなたの大切なその人は、みんなが奪いたい相手になるでしょう。あなたが大切に思うそれは、億万長者にだけ手が届くものになるでしょう。

だから、あなたが大切に思うその価値を、他の人がわからなくていいのです。「軽んじられた」と憤怒を覚えたその人は、そうやってあなたの大切な何かを、遠くから守ってくれているのです。

思い出を分かち合えば、進める。

時に、私たちを最も阻むものは、私たちの中で「大切」と認識されています。「捨てるなんてありえない」と感じられるそれです。

そして、それほど主観的な状態はありません。これまでに、自分では本当に大切にしているものを売ったら、とんでもなく安くて驚いたことがあるでしょうか?それが、主観と客観の距離です。

それでも、そういう大事な何かを手放したいと言う気持ちがあるなら、誰かに「それがなぜ大切なのか」をとことん聞いてもらうことが助けになります。そうすることで、大事なそれはちゃんと心に残ったまま、客観視できるようになります。

目に見える形では大事なそれを失ったとしても、その分強く心に残って、あなたを力付けてくれる存在に変わるでしょう。あなたの外にあったそれは、あんなに願った通り、今あなたの一部になったのです。

「自分にとって、不自然なことをしてしまったな」

目指すところを決めたことは良かったものの、3日もすれば、その目的地までの道のりを緩める必要が出たり、決めた事と違う行動をしてしまった経験がありませんか?

そんな時「自分はためだ」「自分にはできない」と思うより「自分らしくないことをしてしまったな」「自分にとってずいぶん不自然なことをしてしまったな」と発想してみませんか? 今までのあなたこそ、不自然でらしくなかったのです。

あなたが決めた目指すところこそ、あなたらしさを表すものであり、あなたにとって自然です。

どんどん祈ってもらおう!

天気予報が外れ過ぎて、「絶対にこれだけはない(例: 霧と雹と雪と強風だけはない)」形式にしてほしい昨今です。

さて、深刻とされる病気にかかっていたり、何度も落ちた試験にまた挑戦するなら、本人が治癒や合格のイメージを持ちづらくなるのも、わかる気がします。

その時にやりたいのが、あなたの病気の深刻さや試験の難しさにそこまで巻き込まれていない、利害関係の薄い能天気で超楽観的な友人に、治癒や合格を祈ってもらうことです。ひとごとだと、治癒したり合格することを、素直に思い描きやすくありませんか?

利害関係の薄い能天気で超楽観的な人ならば、特にあなたが頼んだ通り、素直に描いてくれるでしょう。そして、そうしてもらうことによって、あなた自身が治癒や合格の方が、自然で当たり前だという気がしてきやすくなります。ちなみに、家族ほど利害がごちゃごちゃしている関係もなかなかないため、他人に頼む方が無難かもしれません。

あなたが頑張ってきたことが形になりやすいように、環境を整えていきましょう!

だれてきたら?

何かを続ける内にだれてきてしまったら、みなさんはどうしていますか?「自分には難しいから、だれてきてしまうんだ」と発想しているなら、おかしなことです。

だれてきてしまうのは、それに慣れて新鮮味がなくなったからです。前よりも早く、あるいは簡単にできるようになってしまったからです。つまり、だれてきたのなら ①やっていることの質を上げる ②やっていることの量を増やす のにふさわしいタイミングです。

仮に続けていることが勉強なら、難易度をあげたり、勉強時間を増やせばいいだけです。また、味変するようにみたかった番組や雑誌をみるよりも、15分ほどの昼寝が回復や記憶の定着に役立ちます。

鬱々としたら?

地球環境も悪くなっているし、鬱々としやすい環境は確かに整っています。

ただ「自分の周りにいる5人の平均が、今の自分」と言いますから、自分がよく考えたり、時間を長く共にする人が誰かを見直すと、鬱々としづらくなるかもしれません。

例えば、あなたにいろんなメリットをもたらしてくれるあの人は「不倫で会見したAさんって、あのH大学出身なんだって」と言ってくる側面もあったかもしれません。「あの大学出てこれじゃあねぇ」とまではっきり言っていないものの、そうやって人をひきずり下ろすのが、あの人の一面です。

そうやって、あなたを引きずりおろす人にあなたが囲まれているなら、その証として鬱々としちゃうでしょう。やりたいことが見えてきましたか?

本音は「お金がないと快適」

「お金さえあれば」「お金がないからできない」と何度も口にしている人は、実はお金がない状態が快適です。実際そう言っている方で、本当にバランスよく倹約したり、計画的に収入を増やす努力を続けている人を、少なくともわたしは見たことがありません。

内実は「自分の欲しい洋服を値段を見ずに思う存分買えないから、お金がない」と思っているけど、値段を見て吟味した洋服だって「本当に自分に似合うものがわからない」「この洋服は実はここが気にいってない」などと、満たされなさしか残っていないのです。つまり、本当に欲しいものは何かわかっていないし、わかっていないからこそ欲しい気がしたものに飛びつきます。これは、他人の感覚で生きている状態です。

本当にお金がないのなら、収入を上げる努力をしなければいけません。会社員なら、自分の強みを見出しそれを生かす資格でも取って、自分の市場価値を上げようと思うのが、一般的でしょう。でも「お金がないからできない」「お金さえあれば」と言う方で、何年もかけて自分の市場価値が上がるように戦略的に動くような人も、少なくとも私は見たことがありません。

「お金さえあれば」「お金がないからできない」と思ってしまう方は、①お金がない状態が気持ちいい ②他人の感覚で生きていて自分の感覚がわからない という自分の現在地を認めてしまうと、壁だったはずの場所がドアだったという、嬉しい驚きに招待されるでしょう。

「まだまだ学びたい」裏には

「まだまだ学びたい」と、実際に一日数時間以上、机に向かって勉強をする方は、知的レベルが合わないところにいる可能性が高いのです。みにくいアヒルの子状態だから、白鳥の群れに合流しようとします。

知的に低い人が、知的に高い人を理解することはありませんが、知的に高い人は知的に低い人のことを理解します。知的に高いと話が通じない経験が積み重ねられやすく、孤独を味わいやすいのです。

「まだまだ学びたい」人は、ちゃんと白鳥の群れに合流して、気持ちいい一体感という安全を感じましょう。

たったこれだけで。

以前から、柔らかい歯ブラシが好きで、ワンタフトブラシも柔らかいものを使っていたんです。でも、柔らかいと汚れを落とすのに時間がかかるそうです。今回、たまたま歯科衛生士さんが間違えてくれて、固い方の「プラウト」を渡してくれたため、「プラウト」を使うことができました。結論から行くと「プラウト」の方が「ピーキュア」よりずっと気持ちよかったんです。

また、普通の歯ブラシ→ワンタフトブラシ→デンタルフロス、だった順番を、ワンタフトブラシ→普通の歯ブラシ→デンタルフロス、に変えたら、口の中の気持ちよさが増しました。順番が変わったり、ちょっと固さが変わるだけで、こんなにも(口内の)環境をよくできることに、改めてハッとしました。

さぁ。六月が幕を閉じていきます。

獲得していたスキーマ

話題の『英語独習法』(今井むつみ著、岩波新書、2020年)を読み、私が英語に感じてきた不自然さが言語化されていて、大変スッキリしました。以下、70ページからの引用です。

「すると、英語を母語とする子どもも、日本語を母語とする子どもも、どちらも2歳までは動きの方向に注目し、動詞が特定方向の動き(例えば上がる、降りるなど)を指すと思っていることがわかった。しかし、3歳ごろには、英語が母語の子どもは、方向ではなく、動くさま(様態)が動詞の意味に組み込まれるというスキーマを獲得することがわかった。(中略)

このことは、方向性を動詞の中で表す日本語の移動動作の語彙化のしかたのほうが、英語の語彙化のしかたより、人類にとって自然な(デフォルトの)世界の見方に即したもので、英語はそこから逸脱した語彙化している、ということを示唆している」

自分にとって、どのスキーマを新しくインストールすべきかがクリアになり、良書でした。わたしは、英語のネィティブ・スピーカー から、しばしばわたしが使う英語を褒められてきましたが、それはわたしが獲得していたスキーマによることもわかりました。

「仮説をもち、予測をして、それが裏切られたとき、人は最もよく学ぶ」(p77)そうです。

この一年のTOP7

約2週間ほどすれば、夏至です。この辺りで、この一年間でみなさんに好かれた記事TOP7を、振り返ってみましょう。

  1. 悪いプロセスがうむ、すごくいい結果
  2. 「今が一番、すごく生きやすいです」
  3. どこからどこまでが腸?
  4. 天真独朗
  5. むしろ逆
  6. 空間を増やし、動線を整える 1/3
  7. より創造的になりたくて 2/3

ブログは10年を超す長期間書いていますが、過去のものも読んでいただいて、ありがたいことです。ぜひ、過去のものも発掘していただけると、理解を容易に深めて頂けるでしょう。

誰かがいいと言っていた方法

何かをするときに、理にかなう方法は存在します。でもそれは「誰かがいいと言っていた方法」と、同じではありません。

「誰かがいいと言っていた方法」は、まだ具体的な計画がない段階で「北海道から東京に行くには、どうしたらいいんだろう?」や「山原から那覇空港にはどう行くの?」と、聞かれたときの答えのようなものです。「飛行機に乗ればいいよ」「高速使えばいいよ」と言う答えは、当然のものでしょう。

ところが実際に日にちが決まって、いざ行く時、飛行機は欠航するかもしれません。高速の渋滞が凄いことになって、むしろ時間がかかってしまうかもしれません。実際には新幹線で東京に行ったり、那覇空港まで一般道を通る方が早いことが大いにありえます。

「誰かがいいと言っていた方法」は、具体的なあなたのその状況に向けて言われたものでは無いのです。ましてや「1番早い乗り物は何?」と聞かれて「飛行機」と答えていたからと、新宿〜渋谷間を飛行機で移動しようなんて思わないですよね? でも「とにかくあの資格試験に一発で合格したい」「とにかく楽な英語の勉強方法はないのか」と思ったりするときには、皆さんなぜか上述したようなことをされます。

多分、この段においてもピンとこなくて、個人的にお話ししてやっと「自分のことだった」と腑に落ちる方が、多いんだろうとは思います。

やみくもという怠慢

「とにかく一生懸命やればいい」「がむしゃらにやることができる」と考えている時、まさにそこに怠慢が隠れていることを、理解していただけるでしょうか?

がむしゃら・一生懸命といった、中身の定義が個々によってかなり変わるものに頼るのは、分析してロジックを見つけ、それを重ねていくことを、そもそも放棄しているからです。耳の痛い方もいらっしゃるでしょうか?

がむしゃらとか一生懸命とか死ぬ気ほど、レッドオーシャンなものはありません。皮肉なことに、そこにすがる人が求めるマジックが、1番うまれないゾーンです。

同様に「実感がない」という逃げ道もあります。(中枢神経の機能障害や離人症などで、そうなる場合はもちろん除きます)「実感がない」の裏側にこそ、「やみくもにがんばる」や「全部投げ出してしまいたい」が潜んでいます。

どこかでマジックを期待しているうちは、起きていることや自分と理想との距離を測る物差しが、とても粗いのです。85センチも123センチも1メートルとしてカウントする物差しで、体を美しく見せる洋服や嵐の日も壊れない家を作れると思いますか?

目指す目標や理想は、あなたの未来の洋服や家でもあるのです。失敗して裏表をくっつけて縫ってしまうようなことがあったとしても、ただ解いてやり直せばいいだけです。「どうやってもこうなってしまう」と粗い物差しで自分や自分のいる状況を見ていると、いつまでもその怠慢さに足をすくわれてしまうでしょう。

点数が示すのは、勉強法とのマッチング度合い

点数がなかなか上がらないから、落ち込んでしまう事はありませんか? その落ち込みをまた経験したくないから、一生懸命勉強しないことを選んだり、点数なんて気にしないと嘯いて、痛みを隠していませんか?

では、その痛みはどこから来るのでしょうか?実はあなた自身から来ています。あなたは点数が示すのは、あなたの努力だと思っているのです。だから点数がなかなか上がらないと、努力を否定された気持ちになるのです。

では、0点のケースを考えてみましょう。答案か白紙だったケースは除きます。高校生になって、何かの科目で0点をとったとします。あなたはその科目について、今まで何も努力してこなかったのでしょうか? もしそれが数学や物理といった途中経過を書く、つまり途中経過で点数をもらえるものだったとしたらどうでしょうか?

そう、つまり0点は、あなたの努力と点数が無関係であることを示しています。では0点は、何を表すのでしょう?それは、努力をどの方向に向けたかです。

努力の方向性が点数に出るのです。つまり、勉強方法があなたに合っていなければ、0点が叩き出されます。点数が示すのは、あなたのがむしゃら度合いではなく、勉強方法のマッチング度合いなのです。

「なんだそんなことか」と思ったでしょうか?では、もう一つだけ考えてみてください。あなたが、ここまで考え抜けなかったのは、なぜでしょうか?

思いがけず、辿り着ける

相変わらずウォーキングを続けていますが、年に2回ほど、4時間以上歩く日を設けてます。今年は、まず4月に4時間以上歩いてみたんです。

いつもは100分〜120分のウォーキングだから、それをうんと超えた時間歩くことで、体力がどのぐらい伸びたのか、感覚値ベースで確認しています。普段英会話スクールで学んでいるところを、英語圏で仕事で英語を使って、自分の英語力upを実感する感じと同じです、

そうしたら、感覚値ですが、一昨年の秋と比べると、歩いた後の疲れが40%減少していたんです。ちょっと自分でもびっくりする、嬉しい変化でした。

ただただ楽しく続けていると、こんな風に、思いがけないところにたどり着けてしまうものです。そうすると、新たに現実的なものとして描けることが増えるから、喜びいっぱいになりますね!

快感をうむ

ずいぶん前にキッチンツールを揃えた時、基本セットを自分の家に導入し、自分のニーズに合ったものを揃えたわけではありませんでした。

最近、順番に自分のニーズに合ったものに変えながら、そもそもツールについて細かく知らない自分にも気づきました。そこで『フランス式おいしい調理科学の雑学』を、ひとまず読んでみました。色んな「なぜ?」に答えてくれる本です。(良書でオススメです)

例えば「波状のギザギザがついた刃物は、切る圧力がギザギザにだけかかるから、柔らかい食材も固い食材も、スムーズにナイフが食材の中に入るみ」とあり、言われてみればそうだなと思うのですが、考えたことがありませんでした。通りで、波状のギザギザつき包丁を、私が二本も愛用しているわけです。

ちなみに、日本の包丁は、固めのものが多く、鋭い切れ味が長持ちするものの、研ぐのは難しく経験豊富なアマチュア向けだそうです。ドイツの包丁の方が、柔らかいそうです。最も硬いHRC62以上の包丁は、真の料理好き向けだそうです。包丁を買うときに、その硬さを確認したことなんてありませんでした。そして、和包丁には片刃包丁があるけれど、両刃包丁より重いから正確に切れ、食材の断面がきれいに仕上がるため、風味が増すそうです。

また、アルミホイルを加熱調理に使うと、神経阻害物質に変化する可能性がありますが、その場合、アルミホイルと食材の間に、クッキングシートを敷くアイデアは、思いもつきませんでした。(家にクッキングシートがないこともあります) フレッシュハーブは、軽く湿らせたキッチンペーパーに包んで閉じた袋に入れて保存すべきともあったので、その内、家にキッチンペーパーが来る日も登場するかもしれません。

ページをめくるごとに、様々な疑問がクリアになっていくのは快感でした。皆さんはどうやって、快感を見出していますか?

予想以上のペット感

確認のためこちらを1回使ってみたんです。そしたら、予想以上のペット感でした(笑) 。動きが、間抜けな猫や犬を思わせます。なぜか同じところ(ゴミがない)を執拗に行き来し、結果的に何度も移動させる必要がありました。

ただ、移動させる必要性自体は、予想済みでした。音量は、スティック型の掃除機と大差ない感じです。

そして、全く予想していなかった良い点としては、隣で不思議な感じで掃除が進んでいることが、励みになる感覚です。クラスで隣の子が頑張っているから、つられて自分も自分のことを進めてしまうような感覚でしょうか。

この感覚を得られるとは思っていませんでしたが、キャパオーバーの時には非常に重要な感覚のため、ありがたく感じました。ペット感があって和むのも、キャパオーバー時には重要です。わたしたちはキャパオーバーの時に、和んでいることはないからです。

また、私は結局利用しませんでしたが、ロボット掃除機に限らず、家電のレンタルサービスは充実しているようです。スマートさを求める期待の高い方は、そちらで詳細を確認してから、導入することもできます。

自分のニーズを知った上で、何をどこまで自動化するかを明確にしていくと、後から不満か噴き出て「めんどくさい」まみれにならない、満足度の高い日常が展開するでしょう。

ストレス=栄養不足

ストレスがあると、私達の身体は栄養不足になります。郵送で済む尿検査で、栄養バランスを手軽に確認できる今ですから、ぜひ食生活を改善し、ストレスで失ったものを補ってあげてください。血液を用いる健康診断も郵送でできる時代です。

ただ、意外と不調の裏に、自己判断で摂ったサプリメントがあることが多く、精神科等でも、この一面は見過ごされやすいようなんです。上手に人の手を借りていくことが、バランスのいいご自身を生んでいきます。

さぁ、四月!少し先にいるバランスのいい自分に、出会いに行きませんか?

慣れてはいけない毒

あなたが楽になるための技術なのに、技術に自分をあてこんでいませんか?ジョブズが自分の子にiPadやiPhoneを触らせなかったことは、知れ渡っていると思いますが「自分が慣れるのに大変だったから」と「良かれと思って」子供に与えているなら、それは「あなたの能力が低いから、その技術に適応できなかった」のではなく「その技術がもたらすものが、慣れてはいけない毒」だったからです。

「使えないと置いていかれる」と技術を追いかける中に、その人の生きる指針は見えません。技術に限らず、何事も「慣れてはいけない毒」を最新バージョンに更新して「時間もお金もない」「疲れやすい」となっているなら、自分がそれを「わたしの能力が低いからだ」と考えてしまうことに、問題があります。

なぜ、あなたは「自分の能力が低いからだ」と思い、それを徹底的に疑いきれずに、ここまで来れてしまったのでしょう?進んで、毒で自分を害し「時間もお金もない」「疲れやすい」とは、なかなかの茶番です。それが当たり前であることに気づけないほど、もう毒が回りましたか?