「事実上の幸せ」でいい?

その通りだと思います。

「事実上の○○」という見出しに、違和感があります。「事実上の○○」と「○○」を、みなさん同一のものだと、捉えていませんか?どちらも「事実上の◯○」でも、丁寧にやった◯◯と雑にした◯○は、全く別のプロセスを歩みます。

結果だけにフォーカスし「帳尻さえあえばいい」と発想していくと、丁寧にするときと雑にするときでは、プロセスが全く異なると考えが及びません。「やったつもり」が、集積します。

みなさん「事実上の幸せ」ではなく、「幸せ」に向かって、歩いていますか?

初出:2016年12月12日