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「もう物は要らないんだ」と言う方は、経験など形が残らないものに、お金を使っていくようです。食べ物のように消えていくものや、旅のように成長や視点の転換を促してくれるものです。同じように形が残らないものにお金を使うなら、きちんと先祖供養をしていただきたいのです。
地球が軽くなります。不慮の事故も減ります。「思いを遺す」という先祖の欲が、自分や生まれたての子にどれだけ足かせとなるかを、暑さ・寒さや辛さ・甘さのような感覚を持って、理解できます。先祖への理解が増すほど、殺し合いや潰し合いや奪い合いは減らざるをえません。消費と搾取の違いが、日常の中で明確に区別されます。清く生きることこそ、矛盾なく地球を健やかにすると、腑に落ちます。
先祖供養は「信じる」ものではなく「感じる」ものです。目には見えなくても、肌でそよ風を感じるように「感じる」られます。きちんと先祖供養がなされた場合、あなたの身体が実際に変わります。骨が動くので、なで肩がすこしいかり肩に近づいたり、お風呂で頭を洗う時にぎょっとするほど小顔になったり、肋骨と骨盤の間の距離が変わることで、ウェストの太さが変わったりします。全身鏡に自分を映した時、これまでの人生で痩せたり太ったり、マッチョになったりやせぎすになった、いかなる時ともちがう「骨が動かないと可能にならない」体形を目の当たりにして、驚くでしょう。
先祖供養は、宗教的な・特殊な体感のある人だけがわかる・誰かを信じてやるものではありません。自分の身体を通じて、それがなされたかを嫌が応にも確認できます。だから「宗教かも」と疑わなくていいし、外見も変化するため特殊な体感は不要です。「信じてみよう」という心理的な賭けも一切必要ありません。次世代のために、地球の未来のために、あなた自身の持続可能性のために、先祖供養という次の一歩について、ご理解いただけましたら幸いです。
初出:2016年10月18日