適切な化学変化

めっちゃ信頼できるsnow peak。おはようございます。吉野実岐子です。

関西では、デパートでも普通返品を考えないものを買った際、お会計時に「絶対に返品を受け付けない」と強い調子で言われて、また非常に驚きました。通常、そんなこと思いもよらないでしょう。しかし、関西ではそうしたことが当たり前に行われているのだと知りました。例えば、こうしたことに違和感を感じるなら、その土地は住むべきではないでしょう。

一方で、そうしたことを「面白い」とワクワクできるなら、そうした違いは、あなたが成長するきっかけをもたらしてくれるでしょう。あるいは「そうしていいんだ」と許可をもらったような、自由を得る感じがあるなら、そこに住むことであなたのなかのその部分がどんどん引き出されて、世界への関わり方が変わっていくはずです。

全く違う気候帯に住もうと、風習が極端に違う海外に住もうと、そこで閉じて暮らしてしまえば、こうした違いにはほとんど身をさらすことがありません。海外では、日本人であることも大きな違いになりますから、そうした目に見えてわかる違いには、相手も踏み込んでこない分、頑固なまま生きやすくもなる一面があります。

そうなると、せっかく違う土地に住んでいるのに、つまらない気もします。違う土地に移るとは、ある程度自分にも化学変化が起こることを許すことですから、自分を否定されるような強烈な化学変化でなく、自分がやわらいだり解けたり視点を変えられる程度の、適度な土地を選ぶと「なんだかんだいっても、ここに住んで良かった」という思いが生じやすいでしょう。

年数で言えば、大体5〜6年は必要で、それより短期間でうつり変わっていきたいなら、求めているものは自分の変化ではなく、はっきり言えば自分と違うものを牛耳る気持ちかもしれません。

環境が変化すると確かに私たちは変わりますが、環境の変化に依存するのはおかしなことです。そして移り住むときには「一生ここに進む」といった重さはいらないでしょう。

だって、住んでみないとわからないことが絶対にあるからです。そのわからなさに自分を開いて、ゆえに「一生ここに住むかどうかはわからない」と言えることは、その土地にすでにいる人を尊重する動きになるのではないでしょうか。