触る前・動かす前に、動きや触感は予測されている

HPとブログの一番上の画像を少しだけ変えました。お楽しみいただけたら、幸いです。おはようございます。吉野実岐子です。

「お皿洗ってゴミ捨てて…」なんてやっている時、果たしてどうやって自分が手を動かしているか、知覚するのは難しいです。一方、誰かに手を動かされたとき、わたしたちは自分の手がどう動かされたか、知覚できます。

自ら動かすときには、①大脳皮質の運動野から「筋肉動かしちゃうよ」と信号が来て、②筋肉が動きます。そして、③手にある感覚受容器が動きに反応し、④その情報が大脳皮質の一次体性感覚野に伝わります。それもそのはず、誰かに動かされると③’手にある感覚受容器が動きに反応し、④’その情報が大脳皮質の一次体性感覚野に伝わるだけです。そう、同じ手を動かすという結果を生んでいても、そのプロセスが異なるんです。

少し前に、大脳皮質の一次体性感覚野が、情報を受け取るだけでなく、そもそも自分で手を動かす前に「これからどんな動きが始まるか」「これからどんな感覚情報が来るのか」という事前情報を入手できていたことが、明るみに出たんです。

一次体性感覚野に、感覚情報が集まると、触られ方・動き方に意味付けがなされます。(例:これは、安全な養育者に安全に撫でられて育つと、異性と付き合う際も、愛する人による安全な撫で方なのか、危険な人によるレイプにつながる撫で方なのかを判断できるようになる)だから、自分で動かすときの方が、誰かに動かされたときより、一次体性感覚野の応答は小さくなるんです。(知らない人には「その棚の上から二番目の青いカップとってくれる?」となっても、家族には「あれ」て通じるような感じでしょうか)

それって、すごくこれまで感じてきた感覚にフィットするんです。けがれているとわかっている土地に行く前、それを事前に感じて緊張半端なくなりますし、逆に今いる所よりましなところにいけると思うと、その瞬間ゆるむこともできたりします。もっというと、今いる場所に関係なく、どこに意識を向けるかで、それを起こせるから、過度な緊張からぱっと自分を解放できたりします。

感覚にフィットする科学的な裏付けがでてくると、うれしくなるんです。そう、科学はいつも後からちゃんとついてきてくれるんです。