自由を放棄してしまう。

おはようございます。吉野実岐子です。

歩いていて、なんだか足が痛いからと、靴を脱いでみます。靴を逆さにして振っても、中をのぞき込んだり、指を入れてみても、そこには何もないんです。

あなたが足が痛いと立ち止まる姿に、段々と周りも「またなの?」という視線を送ってきて、あなたも段々と立ち止まることをためらうようになってしまうんです。そして、自分でも何度見ても靴の中に何もないから「自分はいったい何をやっているんだろう?」という気持ちになります。

だけどやっぱり、何だか足が痛いから「骨がおかしいのかな?」「筋肉かな?」と、自分の中に原因があるという考えになっていくんです。そうしている内に、走らなきゃいけなくなって痛がっていると、周りから「痛いふりしちゃって。注目されたいのよ」「気持ちの問題。だって何もなかったんだから」「もっと走ることに集中しなさい」などと言われ始めます。

そうして「原因はわからないけれど、でもなにか自分が悪いみたいだ」となっていき、怒られて傷だらけにならないように、身を固くして、自由を放棄して生きていくようになるんです。でもそうして、何度も「原因はわからないけれど、でもなにか自分が悪いみたいだ」という感覚になっていきます。そうして、人が怖いという感覚が出て来たり、自信がなくなったり「もっと準備しなければ」と思ったり、新しい環境を不安から見るようになっていったりします。

これが、認識されない学習障害を持つ人の中で、起きていることの一部です。今日からは、どうかあなたはこのプロセスに加担しないでください。そして、こうした苦しみが和らぎ薄れる術があることを、周りにシェアしてください。