二月初旬の梅とおなもみ

不快だから一体化する

おはようございます。吉野実岐子です。 「男なら肉(を食べなきゃ)」のような、自分の外から来たものに侵略されると、本来は不快なのです。肉を食べたくて、自然と食べているわけではなく、いわば宗教だからです。 でもそうすると、今度は「肉は身体に悪い」と言われれば「自分を否定された」ように感じるのです。不快だったものだからこそ、一体化してしまうんです。それは、受け入れて消化して調和した状態ではなくて、ひっついて癒着して互いに執着するような不調和の状態です。この不調和の状態に入ると、ものすごくこだわれるようになってしまいます。 肉を食べることが宗教ではなく、自然な欲求ならば、どんな言われ方をされようと「自分を否定された」ようには感じません。不快を感じていないものだからこそ、癒着して一体化したりしないからです。どうやって解したらいいかわからない魚の網のような絡まり方はせず、するっと解ける調和した関係なら「自分を否定された」感覚は、生まれえないのです。 上記「肉」だけの話をしていないことは、伝わっているでしょうか?ご自身が執着するもの・好きだと思っているもの・必要だと思っているものに置き換えて、読み直してみて下さいね。