持てる豊かさ、持てない豊かさ。

おはようございます。吉野実岐子です。

失読症(学習障害の一種)を持つ方には、「それ持ってますよ」と声を上げて下さっている方がいます。スティーブン・スピルバーグ監督は積極的にそうして下さっている方の一人です。他にも、海外だとトム・クルーズさん(俳優)やトミー・ヒルフィガーさん(デザイナー)は、知られているでしょうか。

日本だと、柳家花緑さん(落語家)も、たくさん伝えて下さっています。黒柳徹子さん(司会者)もその著書で、言及されているそうです。

持っているものは、それが2.0の視力であれ、失読症であれ、お高いバッグであれ、どう生かし切っていくかが重要でしょう。「こんなバッグ持ってすごいでしょ!」「こんなに視力がいいのは自分だけ!」という態度だと、持ち物を生かしているとは呼べませんね。持っている人は持っていることで「ほら、こんな風に、世界を違った風にみられるんだよ」と、持たないあなたにそっと優しい風を吹かせてくれます。

相貌失認を持つと、広がる世界

おはようございます。吉野実岐子です。

相貌失認の状態を理解する手助けになるものとして、多くの映画祭で賞を受賞した以下の短編映画があります。ぜひ、ご覧になってください。

みなさん、子供の頃『不思議の国のアリス』など、読まれたと思いますが、作者のルイス・キャロルは相貌失認を持っていたと言われています。ある状態を会得することで、世界を大きく転換できる鍵を手に入れられます。そして、それが本や映画で表されれば、その状態を持たないものも、そこに招待されます。

そういうことは、世界を広げてくれて、とてもありがたいことですよね!

みんなで助け合って生きている

おはようございます。吉野実岐子です。

わたしたちは、動物も植物も含めみんなで生きています。人との距離が近すぎる動物(ペット)などはさておき、自然の中に住んでいる動物や植物は、人間と違って記憶にとらわれるということがほぼありません。

だからこそ、私たち人間を助けてくれています。そしてそこにきちんと感謝を伝えていく責任が、私たちにはあります。この話の続きをよかったら3分間きいてください。

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ヘイトクライムの増加

おはようございます。吉野実岐子です。

コロナ以後の世界で明確に増えたものの1つが、アジア系であるわたしたちに対する、ヘイトクライムやハラスメントです。

全米16都市を対象とした、ヘイトクライム等を注視する団体による調査では、2019年の49件に対して、昨年は122件と約2.5倍の増加をみせ、今年に入ってからも増加傾向にあるそうです。

こうした状況における、有効な予防策として「帽子やマスク等で顔を隠し、アジア系だと悟られないようにする」が含まれることには、何ともいたたまれない思いがします。そして、明晩締め切りのこちらのワークショップでは、こうした状況下でも生きやすくなる技をお渡しします。

自由を放棄してしまう。

おはようございます。吉野実岐子です。

歩いていて、なんだか足が痛いからと、靴を脱いでみます。靴を逆さにして振っても、中をのぞき込んだり、指を入れてみても、そこには何もないんです。

あなたが足が痛いと立ち止まる姿に、段々と周りも「またなの?」という視線を送ってきて、あなたも段々と立ち止まることをためらうようになってしまうんです。そして、自分でも何度見ても靴の中に何もないから「自分はいったい何をやっているんだろう?」という気持ちになります。

だけどやっぱり、何だか足が痛いから「骨がおかしいのかな?」「筋肉かな?」と、自分の中に原因があるという考えになっていくんです。そうしている内に、走らなきゃいけなくなって痛がっていると、周りから「痛いふりしちゃって。注目されたいのよ」「気持ちの問題。だって何もなかったんだから」「もっと走ることに集中しなさい」などと言われ始めます。

そうして「原因はわからないけれど、でもなにか自分が悪いみたいだ」となっていき、怒られて傷だらけにならないように、身を固くして、自由を放棄して生きていくようになるんです。でもそうして、何度も「原因はわからないけれど、でもなにか自分が悪いみたいだ」という感覚になっていきます。そうして、人が怖いという感覚が出て来たり、自信がなくなったり「もっと準備しなければ」と思ったり、新しい環境を不安から見るようになっていったりします。

これが、認識されない学習障害を持つ人の中で、起きていることの一部です。今日からは、どうかあなたはこのプロセスに加担しないでください。そして、こうした苦しみが和らぎ薄れる術があることを、周りにシェアしてください。

態度や性格の問題ではない。

おはようございます。吉野実岐子です。

失読症(dyslexia)は他にも「何か書き写すのが苦手」「話すスピードが速くなったり遅くなったりする」「一対多数だと聞き取るのが大変に感じる」「文末を自分で変えて読む」「音が同じ言葉(例:「わ」と「は」)の表記を間違えやすい」「お母さんをおかあしゃんと発音するなど、赤ちゃん言葉のようになってしまう」「あいうえおをあいうおえと読むように、頭の中で語順がシャッフルされてしまう」「句読点を打たずに文章を書く」「文章を飛ばして読んでしまう」といった状態として表れることもあります。

例えば、語尾を変えてよめば、小学校では学習態度や性格の問題にされて、怒られてしまうことがあるでしょう。学校の先生方には、そうでないことを、どうか理解して頂きたいです。それが本人にとって、どれだけの傷となっていくか、もっと理解に励み、そして配慮してください。そして、会議中の真剣な場面で「さっさと」と言いたかったのに「たったと」と言ってしまって、周りから笑いが起きたり白い目で見られるようなこともあるかもしれません。そうではないということを、これを読んだあなたはまず理解しましょう。

また、算数障害(dyscalculia)では「図形の模写がむずかしい」「千百二を1102と、あるいは1mを100cmと、書き換えられない」「一般に簡単とされる計算でも指を使うなどして、頭の中での計算に時間がかかる」「家計簿をつけるのにひどく疲れて、入力だけで終わる」といったあらわれ方をします。失読症のケースもそうですが、疲れるからと甘い物に頼って、今度は血糖値が乱高下する方にいくような展開もあります。

「自分は学習障害かも」と思う方は、自分に合う環境づくり(ペン1本とっても、です)に拘っていくと、少し楽になると思います。先日書いたように、知能が高くても学習障害を持つことはあります。そして「勉強したい」という思いがあったり、その知能の高さから嫉妬にやられてきた(例:いじめの経験など)のなら、ぜひトラウマ治療に年単位で時間とお金をかけてみて下さい。今まで見ることのできなかった世界が、ついに開けるんじゃないかと思うから、こうしてお伝えしています。

Craving Connection Causes Disconnection

I saw a movie, “The Game Changers”. According to that, vitamin B12 is basically included only in animal foods. So we need vitamin B12 supplements. But if so, how did our ancestors manage?

The most impactful facts which this movie taught me was that our ancestors took vitamin B12 from the soil which was attached to vegetables and river water. Now our pesticide-treated way kills bacteria in the soil. So not only humans but also livestock need vitamin B12 supplements. Regardless of a plant based diet or animal food diet, 39% of people need more vitamin B12. This is a clear example which craving creates disconnection.

And the opposite way of living is sustainable and ethical living. If we can make Earth back to normal, we don’t need to buy vitamin B12 supplements. And now most of us see many kinds of viruses like enemies. But from the point of view of the Earth, viruses helped biological evolution.

Through the position of Earth, it seems that we are still craving as if we are in before industrial revolution. We always say that connection is important and we need it more. We are craving connection and that attitude makes disconnection. It’ so stupid, isn’t it?

And now we became like archaebacteria for Earth. What do you think about it?

失読症をはじめとする学習障害

おはようございます。吉野実岐子です。

「アルファベットの上で目が滑る」「1とoneが同じものを指すと理解できない」「本を読んでいると目がチカチカする」「乱視であるかのように、文字のピントがずれて歪んで見える」「フォントを変えると、急に読みやすくなる」といった失読症は、学習障害(Specific Learnig Disability)の一種に位置付けられています。そして、これは知能指数とは関係ありません。本人も自覚できず、周りも認識できないことがあります。

そうなると、知能は高いのにそれを表現できないことになるから、その苦しさは途方もないのです。知能が低いと思い込んでしまうケースもありますし、周りの無理解で傷つきますし、また自己肯定感も低くなってしまいます。「コミュニケーションが苦手なのだ」という認識になってしまうこともあります。「なんでできないんだろう」と大粒の涙がポタポタと零れ落ちる感じです。

また、最近だとパスワードを間違えると「この文字を入力してください」とランダムな数字や英語が並んだ画像が出て、認証を求められることがありますが、これも失読症の状態にあると、難しく感じられる仕組みだろうと思います。このことが示すように、失読症はあまり認知されておらず、研究も進んでいません。論文を読んで「?」となることもあるくらいです。原因なども、なんとなくこんな感じ、で共有されてしまっています。

学習障害を持っている方は、知能指数の高さと実際に進んだ大学などの間に、ギャップが生まれてしまいます。また勉強が好きで勉強したいと思っているのに、ままならないもどかしさを抱えていたことが多いから、それがいくつになっても「勉強したい」という思いにもつながっていくようなんです。それが、その方の真摯さや誠実さや忠実さを形成している部分は、あるだろうと思います。

そして、一番のポイントは学習障害の状態自体が、(おそらく)年単位のトラウマ治療で改善を見込めるということです。あきらめとはまたちがう「またできなかった」「やってしまった」という感覚も消え、やがて自己肯定感もあがっていけば、人生のすばらしさを思い切り享受できるところまで、駆け上がれます。

その感動は、経験したご本人にしかわからないものであり、またその感動の大きさを想像するのは、学習障害でないあなたにも難しくないだろうと思います。

学習障害には、算数障害や字を書くときの緊張(書字障害)なども含まれます。何が該当するかはお一人お一人違いますが、例えば字を書くときの緊張がぐっと減るだけで、文具コーナーが楽しくなるのです。そういう楽しみの広がりの大きさに、すべてのみなさんには、敬意をはらっていただきたいと思います。そして、何でも「努力不足」「さぼっている」「やる気の問題」で片づけないで頂きたいと思います。

不快だから一体化する

おはようございます。吉野実岐子です。

「男なら肉(を食べなきゃ)」のような、自分の外から来たものに侵略されると、本来は不快なのです。肉を食べたくて、自然と食べているわけではなく、いわば宗教だからです。

でもそうすると、今度は「肉は身体に悪い」と言われれば「自分を否定された」ように感じるのです。不快だったものだからこそ、一体化してしまうんです。それは、受け入れて消化して調和した状態ではなくて、ひっついて癒着して互いに執着するような不調和の状態です。この不調和の状態に入ると、ものすごくこだわれるようになってしまいます。

肉を食べることが宗教ではなく、自然な欲求ならば、どんな言われ方をされようと「自分を否定された」ようには感じません。不快を感じていないものだからこそ、癒着して一体化したりしないからです。どうやって解したらいいかわからない魚の網のような絡まり方はせず、するっと解ける調和した関係なら「自分を否定された」感覚は、生まれえないのです。

上記「肉」だけの話をしていないことは、伝わっているでしょうか?ご自身が執着するもの・好きだと思っているもの・必要だと思っているものに置き換えて、読み直してみて下さいね。

いい思い出にしなくていい自由

おはようございます。吉野実岐子です。

特にこのコロナ渦で「いい面を見よう」「いい思い出にしよう」という動きが、打ち寄せる波のように存在しているのを感じています。が、そんな不自由なことやめてしまいましょう。そうする裏は否定があるから、そうする度に自分に対して「悪い面ばかり」「悪い思い出ばかり」を強調することになって、それが「なんかあるんだよね。うまくいえないんだけど」と思うようなしこりになっていくからです。そんなしこりは、あなたに不似合いです。

いい思い出になんてしなくていいし、苦しかったものは苦しかったでいいのです。その先に自由が広がる話をしています。今回も澄んだ鶯の声が最高です。ぜひ3分間、お耳をおかしください!

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完璧という不調和

おはようございます。吉野実岐子です。

「今度こそやってやる」「がんばるぞ」のように意識的になると、わたしたちは完璧を目指しがちです。「あのラインを越えて見せる」と息巻くとき、あのラインを越えられなければ失敗、あのラインを越えたら成功のように、世界がぱきっと二分されるドラマチックな感じが生まれてきます。

そして、あのラインや今度という機会に囚われてしまいます。その時、何が起きているでしょうか?

より大きな視点から見ると、それが単に不調和を生んでいることも多いのです。目指した結果は出したけれど、大きなけがをしたスポーツ選手のような感じでしょうか?

そこから、怪我をして回復する回数が、優秀な選手の証といった、全体を損ねる学びをしてしまう方も、少なくありません。気づくべきは、完璧さのもたらす不調和そのものです。結果を出すためには、より調和に進む必要があったのです。

抜け落ちる大事なことをすくおう

おはようございます。吉野実岐子です。

大事なことなのに、うまくルーティーンにも入れられず、なんだか日々のタスクリストからも抜け落ちてしまう悩みをお持ちですか?そうなら、2週間の設定ができるタイマーなどは、ぜひ使ってみるといいでしょう。

例えば「読みたい」と思って買った本だけど、緊急で必要ではない内容で、そのまま何か月も積まれてしまっていて、それを読まない内に次の本を買ってしまうような時、こうした仕組みは「そう、これ読みたかったの!」と気づかせてくれるリマインダーになると思います。

コンプレックスがあったりすると、何でもそのコンプレックスのせいにしてしまって、そのコンプレックスを乗り越えようと、自分を苦しめる方に進んでしまうことがあるようです。

それは、コンプレックス自体を過大評価している状態です。そのコンプレックスは、そうなってしまう理由の20%くらいだったりするのが現実です。だから、コンプレックスがある部分こそ、自分を楽にしてくれる仕組みに頼ってみて下さい。

そうすると、あなたがコンプレックスに感じていることが得意な人も、あなたがめざす状態には到達していないことに気づけます。つまり、コンプレックスを理由に、自分に対して要求がましかったことが見えてくきて、自分との間の不協和音が消えていき、楽に呼吸できるようになるでしょう。

「今が一番、すごく生きやすいです」

FAPとコーチングを併用されるクライアントさん(女性、44歳、3人子供がいるワーキングマザー、インタビュー当時のFAP歴14ヶ月)のインタビューをお届けします。一社で勤め上げてきた方です。

Q1.FAPに抱く印象は変わりましたか?

言葉のキャッチボールをしながら、もっと自分の心の痛いところを触ってくるものかと思っていました。やってみたら、自分の中に出てくる言葉を拾う必要もなく、嫌なのを思い出すこともなくマイルドでした。

発熱しているものを、大元から一気に冷やすのでなく、小さいのを一個ずつ冷やすから、いつの間にか大元も冷え、落ち着いている感じなんです。予想に反し、ポーズもとらず、過去の追体験もしませんでした。

三回受けた後で「治療って、こういうことなんだな」と思ったんですが、FAPはダイレクトに効くすごい優しいものなんです。皮膚の傷に薬を塗ったら、知らずに悪くしていた内臓も良くなって、驚く感じです。コーチングと相乗効果もあり、FAPは目的地につくスピードを上げてくれています。

例えば、コーチングで「実は私の親は支配したかった」構造が透けて見えるようになり、FAPで「やっぱり小さい自分は怖かった」という根底の恐怖が解消されました。すると、お互いにいい距離がとれるようになって、親が「近くに来たから」と無理矢理わたしたちの時間に入ってくることが消え、週一だった電話も月一に減りました。

Q2.コーチングとFAPは、どう違いますか?

コーチングとFAPの共通点は、同じ目的地を目指せることですが、目的は違います。治療であるFAPは、寄り道なしで最短ルートをいくのに対し、コーチングは、いい思いをしながら、いずれ目的地には着いてしまうからと、散歩を楽しむ方が目的です。

コーチングで「何かトラウマになっているものがあるはず」と思えるまで、内省が深まりました。そこに、FAPという楽しそうなドアが現れ、ついノックしていました。

コーチングで、大丈夫じゃないのに大丈夫な振りをする自分をなかなか認められなかった頃「自分はまだ大丈夫」という万能感がありました。それは「わたしに嫉妬する人はいない」と思いつつ、自分を全く出せていない現実とつながっていました。実際には、嫉妬されないよう、遜ったり卑屈になることが常態化し、裏には何度も経験した攻撃への底知れぬ恐怖がありました。

思春期には、学校の先生にも嫉妬で攻撃されました。身体に力が入らない数年を過ごし、低体温はその後何10年と続きました。FAPを通じトラウマの影響だったと認めたら、芋づる式に良くなって、低体温も解消し今では人から手が温かいと言われます。遜ったり卑屈になって、悪循環に入ることも消えていました。FAPは治療だから、そんな風に生活や生き方にダイレクトに影響し、すぐには回復に気づけないんです。

ただ、すぐ効いたら劇薬です。口に入る農薬は気にしても、心身の回復や成長には効き目の早さを求める人が多いように思います。半年後に感じる効果もあって、こういうのはゆっくりが自然だと思っています。

Q3.FAPに求めるものは、変化しましたか?

変わりました。最初はトラウマがあるかを知りたくて、治癒は二の次でしたが、今は治癒したいです。身体をぶつけるなど、それだけでトラウマになると思ってなかったものも、トラウマになっていたからです。

痛みがひき、身体が治ったら終わりでぷつんと切れていたけれど、身体の中では連綿と続いていたものが、一つずつ治癒していくと、朝起きた時の疲れの取れ方が全然違うし、情報が錯綜する中で突発的に何か起きても、パニックにならなくなりました。

人の顔を覚えられず、また名前と顔が一致しない(相貌失認)のが、コンプレックスでした。例えば、ドラマで主人公は誰か判っても、その姉と友人の区別がつかず、学校でみんなが夢中のドラマも見ない思春期でした。それがまず、名前と顔がずれなくなって、身長+髪型+眉毛で自分が顔を覚えていたとわかるようになって、鼻→口→目と顔のパーツを認識しやすくなり、今では昔の写真を見せられても「これがあなたでしょ」と認識できるまでになりました。

英語もまずはアルファベットが苦手で、書く時は、書道をするような高い緊張がセットでした。英文を見ると、文字っぽい模様に見えて、目がつるつる滑っていました。今は「この単語がわからない」のように何が解らないかが判り、好きな分野を学ぶ時と同じように環境を整えたら、苦手だったことが不思議なほど楽しく学べています。苦手意識が消え客観視できるようになったら、単に勉強時間が足りずに点数が上がらないだけだったと、肩の力が抜けました。

Q4.コーチングにどう影響しましたか?

コーチングは「いい思いをしながら、いずれ目的地に着いてしまう散歩」ですが、その歩いている距離に比例して、手持ちの視点が増えます。FAPを併用すると、ピントが合うようになるから、思ってもいないことがつながり、応用できる範囲が広がります。そうすると「散歩」こそが、意識になかったけれど実は自分の行きたいところへの最短ルートだったと、気づかされます。

つまり、コーチングもFAPも同じ目的地を目指せるものの、そうして視野が広がったら、そこを越えた真に目指していた目的地に無意識が連れて行ってくれたようになります。だから、コーチングとFAPはお互いにすごいいい影響があると思っています。

相貌失認だった時は、映像を見ると誰が誰か判らないまま話が進む、つまり情報が揺れ続けるから、そのノイズが苦痛でした。「なんでわからないんだろう?みんな普通にできているのに、映像やアルファベットが苦手な自分はおかしい」と思えなくなったら、逆に「映像は見ない。耳と資料の文章で完結していい」と、自分がやりやすい方法を葛藤なく選べるようになりました。

濃い睡眠をまとまった時間とれるようになったこともあり、日本語の語彙力も上がって、あの時起きていた事実を、素直に受け止められるようになり、自分がどう思ったかもっと表現できるようになって、これが嬉しいんです。そうして面倒くさいかもしれない一つ一つを拾ったら、インナースペースがあってしっかり立っている感じが生まれ、今が一番、すごく生きやすいです。

FAP(Free from Anxiety Program)の詳細はこちらです。

コーチングの詳細はこちらです。

* Keywords: 学習障害 / 相貌失認 / 失読症 / 書字障害 / Prosopagnosia / Specific Learning Disability / Specific Learning Deficit / Specific Learning Disorder / Dyslexia / Dysgraphia

意識は外すもの

おはようございます。吉野実岐子です。

やっていることがうまくいかないと、私たちはどんどん意識的になりがちです。例えば、スポーツ選手は自分の動きを映像で記録し、何度も見たりして修正します。ところが「手の位置が低いから、手の位置をここまであげよう」のように、直接的に意識することはマイナスです。

見ただけでその動作ができてしまうプロがたくさんいるように、私たちがただ見ているだけで、実際にその動作を行うときに働く脳の部位が働きます。そうすると、うまくいかない映像を何度も見ることで、逆に頭の中ではうまくいかない動作をするための部位が、働き続けることになります。

だから、うまくいかない部分に直接意識を置くのではなく、そこに関連する部分に意識を置くと、スムーズに目的を達成できてしまうのです。そしてこの時「どこに意識を置くといいか」という問いを持つと、前述したうまくいかない部分に意識を置くのと同じことになってしまいますから「主観と客観のギャップを埋めるために、どこから意識を外したらいいか」という問いが役に立つでしょう。

これは動作だけの話ではありません。主観(例えば理想)と客観(例えば現実)のギャップを翻訳することが、目標達成や夢を実現することですが、その時に「どこの意識を外そうか」と考えてくださいと言う話なんです。

喪失

おはようございます。吉野実岐子です。

人が亡くなると、お葬式の手配などに、ガンガン背中をけられるようになり、焦らされます。やらなくてはいけない事務作業が、喪失で何も考えられない頭に、たくさん押し寄せるのです。

社会的ニーズに個人的なニーズが踏みつぶされてしまうのです。こういうところへの真心からのサポートが、社会の中にもっと用意されるべきだと思います。起業したい方は、この分野での起業を考えてみて下さい。

だって、実際に亡くなった人とお別れするには、そしてなくなっていなくてもその喪失体験を消化するには、途方もない時間が必要です。それに気づかないほどの刺激を自分に与えている人は、そういうあなたに「弱い」と言うレッテルを貼ってくるかもしれませんが、その表現を敢えて使って表すなら、感覚が麻痺していないあなたの方が強いです。(本質的には「弱い」「強い」といった話ではありません)

子宮促進剤などで生まれることを焦らせる世の中で、さらに亡くなった後のお別れも焦らせるなんて、一体どういう社会でしょうか?あなたのやり方で、お別れして良いに決まっています。とんでもない時間をそこに費やした、そんなあなたは異常ではありません。