ガードの固さ

A4をA5サイズで、A3はA4サイズで持ち歩けるフォルダーを重宝しています。おはようございます。吉野実岐子です。

あなたのガードが固いと「もっと心開きなよ」「気楽にやればいいんだよ」なんて、まるで悪い状態にあるかのように、周りから言われるかもしれません。あんまりそういうことが続くと「自分は変わらないといけないんだ」と意識的になって、自分で自分をこじあけるようなセミナーなどに、深い心では望みもしないのに流れついたりすることも、あるのかもしれません。

そうして「感情を発散できたら、確かにスッキリした」「心が開けると確かに周りと関わるのが自分でも楽だ」といった経験が、意識への思い入れをより強めてしまい、そうとは意識できずに、みなさんの深い心はどこかへ追いやられていくのかもしれません。そうして、自己否定から始まる「ありのまま」を目指していくとき、それは常に変化を目指すみなさんの深い心とは、違うところへ、そのまなざしを置き始めます。

やがて、精神病性障害や自殺や原因不明の症状という実を結んでしまうことだって、その先にはよくあるのです。だから、みなさんの深い心は、確かにあの時、抵抗してくれただろうと思います。というのは、ガードの固さ自体も、またリソースだからです。その人が経験してきた範囲においては、それはベストチョイスだったのです。

そこに、意識的に何かする動きが加わると、実際ガードはますます固くならざるを得ません。そして、ガードが固くなるほどに、より強烈な外圧が加わっていく流れに、意識的に心身を置いているのです。そうしたら、自我が分裂したり、回復不能と呼んでもいい領域にまで及ぶ混乱がうまれてしまうのは、当然でした。

変化に赴くことを避けようとする深い心は、また常に変化を目指しています。別のやり方を探しているだけなのです。いかなる外圧があろうと、深い心は疎外されるべき存在ではないでしょう。まずはその深い心に、十分な配慮を手向けてみてはいかがでしょうか?

そして、それこそが統合への道です。そして、そのことに配慮できないセミナー開催者自身、自己分裂し、深い混乱にあるのは、言うまでもありません。