緊張の裏にある愛

”危険だから「来ちゃだめ」と伝えただけ。それまでご機嫌だった相手は、それを聞いてびくっと震える。”そんなことが、これまでの人生の皆さんの経験の中に、あるだろうと思います。(どちらの立場であれ)

これは、お互いに傷つけるつもりはなく、相手を守ろうとしたり、自分に正直な行動をとっただけです。でもこんなふうに身構えていることが増えると、その筋肉の動きのパターンが、刻まれます。

私たちは身構える時、そうすることでダメージを小さくできているつもりです。でも上に記したように、エネルギーの流れが阻害されます。そしてその結果、このエネルギーが阻害された姿勢を保つために、つまり自分のエネルギーを阻害するために、寝たり食べたりすることで得られるエネルギーが浪費されます。この姿勢が繰り返されていく時、身体の動きには緊張が伴うようになります。

天ぷらを揚げていたから、小さい子に危険だから「来ちゃだめ」と伝えただけだったとしても、お母さんに庭のお花をあげようとルンルンだった相手は、それを聞いてびくっと震えます。それは、そこにあった愛(と一般には表現されるもの)というエネルギーが遮られて、完了していないからだと表すこともできます。

みなさんが「来ちゃダメ」と言われた側だったとしたら、思い出せることは、ネガティブと呼ばれる感情や緊張のような不快とカテゴライズされる感覚だけかもしれません。でも、当時の自分の願いにフォーカスすれば、自分にも愛があったし、怖い顔で鋭い調子で「来ちゃダメ」といった相手にも愛があって、相思相愛だったことがわかるだろうと思います。

そうしていくと、身体から余計な緊張がとれていく(=エネルギーを阻害するパターンが消える)だけでなく、あの時自分にも相手にも深い愛があった(という表現が一般には可能であろう)ことが腑に落ちて、人生にスムーズさが戻ってくるでしょう。