正しい気持ちよさ。

苦しいと「がんばっている感じがする」と、何かをやり遂げるプロセスにおいて、不快をなぞる方がいらっしゃいます。気持ち悪い方を選ぶと、安心できるのです。「結果を出せないかもしれない」という不安の免罪符にもなるからでしょう。

また、そもそも何が気持ちよくて何が気持ちよくないかがわからない方もいらっしゃいます。さらに、気持ちいい=やましいと捉える人もいます。お酒やセックスやランナーズハイの気持ちよさ、過去に経験した気持ちよさを並べてみて、途方にくれるようです。

正しくない気持ちよさ、つまり自分だけでなくみんなにマイナスになる気持ちよさは、事実として不自由をもたらします。お酒の例がわかりやすいかと思いますが、お酒で気持ちいいとき、身体の一部は機能不全に陥っています。千鳥足になったり、ろれつが回らなくなったり、話したことを覚えていなかったりと、身体は不自由です。周りも迷惑します。

正しい気持ちよさは、事実として自由をもたらします。例えば、水泳をして気持ち良い時、実際に肩の可動域が広がります。仕事で気持ち良い時、何か否認したり抑圧することなく、自分のエネルギーをフルに使えています。周りも元気や勇気をもらいます。

わたしたちは、やりたいことを選んだつもりでも、結局やらなくちゃいけないことからは逃れられません。また、やりたいことだったはずなのに、プロセスにおいて「気持ちよくない」を選び続けてしまうと、しまいには何がやりたかったのか分からなくなります。

やらなくちゃいけないことから逃げるのではなく、やりたかったことにすがりつくのではなく、やると決めたことは完遂するのが大切であることは、言うまでもありません。だからこそ、プロセスにおいて、正しい気持ちよさを選択し続けられる自分に変容しておくことは、文字通りあなたの人生を変えます。

初出:2018年10月23日

みなさんにお歳暮を。

先週末から、お休みに入った方が多いでしょうか? ぜひお正月の準備でバタバタする前に、今年を大切に取り扱う時間をとってみましょう。

以下は、その助けになるかと思って、皆さんに贈るお歳暮のようなものです。

  1. 今年を振り返って、一番印象に残っている匂いはどんな匂いですか?
  2. 今年1番した動作は、どんな動作でしたか?
  3. 今年もう一度握り締めたことは、どんなことでしたか?
  4. それでは今年のスケジュール帳を、パラパラとめくってみましょう。さて、すっかり忘れていて、驚いたことは何ですか?
  5. あの時気づかなかった、喜びや価値があれば、簡単に書き留めてみましょう。
  6. あの時言えなかった自分の頑張りがあるなら、今ここで自分に「よくがんばったね」と言ってあげましょう。
  7. 今年を振り返って、実は一番感謝を手向けるべきは誰でしょうか?
  8. 大切にしたいはずなのに、今年もやり残してしまいそうな事はどんなことでしょうか?
  9. 8の回答に当たることを、今から少しだけ進めるとするなら、何をどんな風にどこまでやりますか?
  10. 今年、印象が変わったことを思い返した時に、それは自分のどんな成長を伝えてくれていると思いますか?

1日1日を大切にいきましょう。なぜなら、あなたが大切なかけがえのない存在だからです。

地球を中心に据えよう

もし、これから遅ればせながらのクリスマスギフト・お歳暮・お年賀を選ぶなら、地球に優しいものを選ぶことが、あなた自身へ優しさを贈ることにもなります。

相手を満足させる贈り物は、あなた自身についていい印象を持ってもらうことには、役立つかもしれません。でも、贈り物の目的は、印象操作でしょうか?今回は、贈り物の本来の姿について、お話しています。

ちなみに、地球に対して直接贈り物をしたいなら、こうしたリストをみて、自分が動かせる部分を順に見つけ続けていくこともできます。

わたしたちの始まりは、地球です。人間は、地球に生まれた最初のいのちではありません。末っ子はその恩恵にありがとうを言うことから、すべてがはじまっていきます。

スタートを重んじる贈り物を贈ることは、あなたの人間性の表現ともいえます。また、それに対する相手の反応は、相手の人間性が露呈する瞬間でもあります。あなたが本当は何を観ていたのか、何を欲していたのかが、ひょこっと顔を出す瞬間です。

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浮気をゆるせる心の広さ?

パートナーに浮気され「それすら許せることが愛だ」と、自分に強いてませんか?

パートナーに浮気されている状態、つまり三角関係でなんだかんだやり過ごせるのは、実は単にその人が母親(父親)の影響下にとどまっているが故であると表せます。

その人が男性であれば、母親の影響下にとどまっているからこそ、妻や恋人の浮気をなんだかんだオッケーとしてしまえます。その人が女性であるなら、まだ父親の影響下にあるからこそ、夫や恋人の浮気を結局のところオーケーとしてしまえるのです。

口で「好きだから耐えている」「諦めて受け入れている」「別れると約束してくれたから、信じて待つ」のように言っていようと、何を言ったとしても、です。

なんとなく「許せるって素敵」と酔って、自分が酔えるイメージに自分を当てはめていく限り、ありのままを認めることなどできないから、苦しみは続きます。

そんなあなたが自分に問うべきは「なぜ、自分はそこまでの酔いを必要とするのか?」です。相手に潔白を求めるゲームにいそしむより、自分のありのままを見ていなかった事実を受け入れる方へ進みましょう。

プライスレス

プライスレスは、値段がつけられない領域に対して使う表現ですが、昨今は何でもプライスに還元しようとして、目の前のものの質を貶めては、自分も堕ちていく方が多いようです。

そういう人は、相手が金額以上のことをしてくれたとき「なんだこういう対応もしてくれるんじゃん」「ラッキー」「うまいことただで/低価格でやってもらえた」と思っています。そして、それが特別な対応で例外だったと知ると、自分の見てくれを気にする気持ちから焦って、清算しようと例えば無難な物を送ったりします。

そうやって、相手の寛容さやあなたに向けてくれた情熱を踏みにじっていると、あなたの世界から「プライスレス」が消えていきます。かけがえのないものが消えていき、何でも撮ってアップし、それを賢いと思い込むYoutuberのように、すべてが切り売りになる苦しさが、つきまとう日々になります。

また、例えばどんどん本を出版したり、聞いたことは何でも答えてくれる人に対して、感謝や尊敬ではなく「あの人は小出しにしているんだ」「あの人は聞かないと答えてくれない」といったトンチンカンも甚だしい思いを抱くようになります。

そうなると、みなさん自身が感謝を手向けられたり、尊重される心地よさのない世界を生きることになり、簡単に言うと、食うか食われるかの獣の世界のような毎日が、当たり前になります。

一方、相手の寛容さを上述したようには捉えず、きちんと受け取って感謝し尊敬していける人は、どこまでも後ろ盾を得られ、またその後ろ盾によって、伸びていけます。相手がどんどん教えてくれるのは、あなたがプライスレスで、また教えてくれる内容がプライスレスだからであって、教えてくれる内容が安い情報だからではありません。

自分を堕とし、周りに適応しようとする限り、こうした扉はひらかず、扉のある箇所は、壁のように見えてしまうでしょう。

嬉しいことはまだまだいっぱい!

こういうの大好きなんです。

さて「朝起きてすぐ、洗濯機を回せない」「夜だらだらしてしまって、寝るのが遅くなる」「忙しいと、お菓子でご飯を済ませてしまう」「ずっとパソコンに向かっているからか、肩が凝ってしょうがない」「寝不足になると、小指をドアにぶつけやすくなる」、こうしたことも、トラウマ治療で改善することが非常によくあります。

その他「そういえば、小さい時に人の顔の区別がつかなくて、今でも声など視覚以外の情報で人を判断している」「英語の勉強をしたいのに、数ページで続けられなくなってしまう(他の勉強はできる)」といったことも、トラウマ治療で改善することが非常によくあります。

「なんでひどいニュースばかりなんだろう?世の中にはきれいなこともたくさんあるのに」「世界が本当に平和になるといいな」という、願いのようにみえることもトラウマ治療で変わることが本当によくあるんです。それは、願いが消えるというより、願いとの関係性が変わるような感じと表せるかもしれません。

皆さんが思ってもいないようなことが、トラウマ治療で改善するから、経験した方は「えっ!じゃあこれも変わるのかも」とゴミのようにみていたものを嬉々としてセッションにもってくるようになります。そんな嬉しくて風通しのいい感じが、FAPで経験して頂ける主軸です。潜在的な能力が開花していくことも、しょっちゅうです。転職先なども今の延長線上ではなく、未来の自分が選んでくれたようなピタッと来るものを選べるようになっていきます。

皆さんがお幾つであれ、まだまだ嬉しいことはいっぱいみなさんに待っているんです。

愉快なハイキング

乾燥に悩みはじめたクライアントさんへ、こちらを提案しておきました。

歳末助け合いとも表される今の時期は、苦しみが骨身にこたえる時期であるのかもしれません。そういう時に、それでも生きると決めていただきたいのです。

それは、自分の回復や成長に責任を負うということです。二度と思い出したくないような経験、いわば高いストレス体験後に、それを糧にしていくために一番大切な一歩は、自分の回復や成長に責任を負う態度です。

ここが抜けてしまうと「回復や成長を目指したら、大事な人を遠ざけてしまった」という展開になることがあります。「他者に対し自分をどう表現していくか」を、間違えてしまうからです。

希望をもてることは、決して何かを忘れられることではないのです。何かを忘れられることを的にするのではなく、希望を持てることを的にしていくと、回復や成長の道のりが、愉快なハイキングのようになるでしょう。

たった2分で気持ちいい

再びロックダウンのロンドンで、クリスマスを楽しむすてきなことをされている医療従事者の方々を見つけました。

さて、上半身と下半身のつなぎ部分である、腰やお尻の筋肉を少し刺激してあげると、身体を動かす気持ちよさが手に入りやすいなぁと思っています。そこでこの冬、日々の運動に2分だけ、加えたメニューがあります。

それは、ヒップリフト1分とうつ伏せで行うヒップリフトの変形1分です。(ヒップリフトで検索すると、何をするかわかります)

たった2分にして欲張らないのは、毎日続けることを前提にしているからです。また、回数ではなく時間で区切ることで、前後の時間の流れがすっきりします。

おばあちゃんになったときに「運動がめちゃめちゃ好き」と言えたらいいなぁと思っています。

運動が楽しみで起きる朝

わたしにとって、運動が楽しみという感覚は、これまで芽生える気配すらないものでした。しかし、ついに、この感覚が出てきたのです。

運動といっても、基本的にとても苦手なので、朝は10分ほど筋トレなどする程度です。ヨガが楽しみで起きるならまだしも、よりによって大嫌いだった筋トレを楽しみにできるようになりました。我ながら信じられません。しかし実際に起きていることです。

そして、そうなったのは、とにかく続けてきたという実績によります。がむしゃらに続けたのではなくて、いろいろ試しながら自分の体に合うものを取り入れ、自分の体に合わないものはなくし、常に試行錯誤を続けてきました。

メルマガで書きましたが、めちゃめちゃ深いスクワットも、以前ならあちこち痛めて続けられず、軽めのものに戻すことを何度も繰り返してきたのです。ただ細かい微調整をやめなかっただけで、諦めていた現実が、自分の当たり前になっていました。

これは、基本的に誰でも起こしていける変化です。

田舎でもいいお店と出会おう

もともと好きなメーカーでしたが、改めて「お菓子は食べて幸せになってもらえる1つのツールです。思わぬところで手に取っていただくことになりましたが、ほっとしていただけたらうれしいかぎりです」というコメントが素敵で、うれしくなりました。

さて、コロナに背中を押され、家で仕事をすることが当たり前になったからこそ、憧れの生活に手が届いた方も多いようです。海を眺めながら仕事ができたり、仕事の合間に軽くトレッキングできるような生活は、心身共に健康に近づける第一歩となることが、多いでしょう。

そして、これから田舎で暮らしはじめたい方も多いと思います。都市部でいいお店を見つけようとする時と、田舎でいいお店を見つけようとする時に、依拠できる感覚や身につけたい態度は全く違うといえます。どう違うのかについて、今回はお話しました。続きは以下からどうぞ!

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自分と折り合えた分、人と折り合える

ハラスメントが起きると、加害者に目が向きがちかもしれませんが、実は被害者がすべてを操っていることがあります。

特に人格障害だと、内面を変えられません。だから、「自分の都合に合うよう、周りが変わればいい」と、自分では悩まず、人を悩ませます。迷惑をかけるんです。

そういう方が周囲にいるなら、相手との接地面の内、折り合える最小面積を割り出し、そこだけの付き合いを徹底しましょう。相手の乱れを引き受けるなら「自分と接することは、相手に有益だ」という思い上がりを、あなたがお持ちでしょう。

そもそも私達は、自分と折り合えた分だけ人と折り合えます。自分と折り合える面積を広げることが先で、全ての土台です。自分と折り合える面積を広げられると、その地続きが楽しみになるでしょう。

一緒に悲しんでくれる?

マスクは密着性を上げる方が、感染症防止効果があることは、みなさんもお判りでしょう。①耳にかけるゴムをひと捻りしてから耳にかける ②その際、ゴムの出ている両脇のひだを折り込む、とマスクが頬にぴたっと密着するようになり、ウィルス等の濾過率が1.5倍以上になるという医学論文が上がっていました。

今お使いのマスクのまま、すぐにできることです。良かったら、一緒にやってみましょう!

さて、被害者と呼べる人がいる状況で、被害者の立場になって一緒に悲しむ姿勢は、一般的にみられる「やさしい人」の姿勢でしょう。被害者がその恐怖から抜けられるよう、解決を一緒に探そうとすることは、あるいはその憎しみから自由になれるよう、過去について話すことを促すような態度は、一般的にみられる「いい人」の態度でしょう。

ただし、こういうときに実はその「やさしい人」や「いい人」が、無自覚に心の中で「自分の方が上」と考えていることがあります。こうした優越感は、それを持つ人が「自分は重要だ」という認識から外れたことを、表しています。また「やさしい人」や「いい人」に見えながらも、要求がましさを持っていることがあります。

「いい人」や「やさしい人」としてこれからも人の役に立ちたいなら、要求がましさや優越感が不要になるほどには、人間性を高める必要があります。

Knowledge is Freedom

Today, I walked around as is my habit. And I saw neatly mowed wild grass. A few of patches of wild grass were still there but they were wilting.

Recently, I walked in the city to run my errands. So when I started to walk towards the mountains after a few weeks, I was surprised by the short wild grasses along the rice fields. It seemed that the world was suddenly painted brown.

But it was just my first impression. In a minute, I found three different yellow flowers in a brown world. Their petals were almost closed because it was in the evening. But I knew that they were not the same flowers by using an app. And it gave me joy. Also I felt that knowledge was power.

I have felt that knowledge is power through my job training this year. This year I asked clinical therapists who have worked over 20 years to share their knowledge. Basically we coaches don’t need to know details about mental sickness. What we need to know is whether clients need to be healed or fixed.

But clients need some kind of guide to find a good doctor, and for that I actually need details about mental sickness as if I worked in a hospital. So I have read a lot of books and articles regarding that. But it was difficult to understand it clearly as I experienced it. So this year clinical therapists gave me a lot of knowledge and it is more helpful than I imagined. I know that a little knowledge is dangerous. But this year they are standing back as if they have my back. This gave me freedom.

I thought like when I saw the three different yellow flowers. Knowledge gave me freedom. How have you been getting your freedom?

対応力

新人さんがバラエティ番組に出ていて、何を振られてもパッと対応していく姿に、その人の強さが見え、気持ちいいと思いました。何を振られても対応はしていても、その対応の質が良かったというわけではないんです。

でも、そこで何を振られても、その現実と直面していく姿は、その人が信頼を勝ち取っていく姿でもありました。

「できない」とか「むずかしい」というそぶりもなく、本当に振られた内容がわからない(いうならば、ロシア語で話しかけられてきょとんとする感じ)時だけ、きょとんとしていましたが、それは「できない」や「むずかしい」と、全く違っていたんです。

「自分はすぐあきらめてしまうな」と認識できる人は、その対応力の低さは自分が現実に直面しないで生きてきたことと深く関連することに、自分を開いていく必要があるでしょう。そして、すぐ「できない」や「むずかしい」というイメージの世界に逃げずに、対応せざるを得ない現実が、目の前に突き付けられたとき、もしかしたらはじめて自分の強さを獲得することになるのかもしれませんね。

おいしい空気を添えて

冷え込んできて、空気のおいしさも感じやすい日も増えたかもしれません。今回のpodcast / radiotalkの内容は、前回の続編になっています。しかし、キーワードとしては、一見別のものを上げてみました。それが、一体感と万能感です。さて、強い人/清い人が持っているのはどちらで、弱い人/穢れた人が持っているのはどちらでしょうか?

「自分は清い」と信じることは、もちろん万能感です。大人の万能感は絶望と必ずセットで、切り離せません。

それでは、3分間お耳を傾けてみて下さい。おいしい空気もどことなく伝わったらいいなと思いながら、お話しています。

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状況ではなく、結果を見る。

イメージを生きて酔っぱらったように浮遊している人は、結果ではなく状況をみています。かつてあった状況を、心の中にずっと上映し続けているのです。

例えば、人生も後半になって、親を非難したり、親を庇ったりしている人は、ここに該当します。あるいは「普通に見られたいから」と結婚したがる人も、ここに該当します。「この条件が揃っていれば、居場所が生まれるはず」という上っ面に必死になれているわけですから、酔っぱらったような浮遊者だけが、周りに集まってくるでしょう。過剰適応して、自分を壊しそうになったり実際に壊してしまう方も、ここに該当しています。

状況には、往々にして解釈が含まれます。気持ちという客観性を欠いたものも、詰め込まれています。そうすると「マスク会食」なんて思いついて、発表までできてしまったりするのです、

一方、結果は事実です。客観的に確認しうるものです。そして、現実はあくまでも事実で構成されています。

これまでの人生で、現実と直面してこなかった人は、現実に根差す強さを持ちません。現実に直面できずに浮遊してきたなら、浮遊するパターンを繰り返すだけですから、より一層の危機を招き入れることになります。それでもまだ「喉元過ぎれば熱さ忘れる」であるなら、危機がつきものの人生になってしまうのは、当然の結果です。

What Gives You Dignity?

We can find fun both in a city and in nature. But have you ever thought about what gives you dignity or richness in humanity or your inner strength?

We can enjoy both an imaginary world and reality. Which gives you dignity or richness in humanity or your inner strength?

I think that we always get our strength or dignity or wealth in humanity from the real world, especially in nature. Because in nature, we need to confront our reality and respond to it quickly. In a city or in the imaginary world, we can avoid confronting what is happening now.

I feel that COVID-19 pushes us to the imaginary world or into a city. But now we need our strength, dignity and richness in humanity. It is time to confront the reality to find the greatness in you.

一歩引いて、微笑む

ニュースが流れる度「悪いことをしたのだから」と、自分が裁判官になったつもりで、罪を認定し罰を与えようとしていませんか?

そうやって裁けば、以前よりも悪くなります。認めなくてはいけないのは、わたしたちが「起きていることを真に理解するには、小さすぎる」と点の方です。そして、加害者/被害者や勝ち/負けのように分離する動きに身を任せるのではなく、和解へ身をゆだねていく勇気を持ちましょう。

つながりは、わたしたちが思っているよりはるかに大きなものです。その底流を流れる愛(と呼んでおきますが)の動きに気づく人は、まずいません。

もし、パートナーが不快に感じることをしてきたのなら、裁いて罰を与えるのではなく、一歩引いた視点から、自分とパートナーの両方へ、ただ微笑むのです。(ニュースも同じです)心の中でであれ、パートナーを非難すれば、今度はあなたが加害者になってしまうからです。

つま先立ちするような不自由さ

解釈大好きだと、つまり意識の上での大騒ぎを好むと、理より情を先にしてしまい、ゆえに事がややこしくなります。

理より情を先にする態度が次に連れてくるのは、表面的にその人が意識している感情へのフォーカスです。表面的な既に認識されている感情にフォーカスすれば、過去の体験をより強くそこに固定してしまい、精神的な固着をうむだけです。

精神的な固着が増えれば、がんじがらめになって、つま先立ちするような不自由さだって生まれるのです。

清い人・強い人

穢れている人、つまり弱い人ほど、目の前にあるありのままの命の営みをそのまま認めることができません。物事を想像する自由の中を浮遊し、現実と自分との関係がこんがらがっていきます。

弱い人が普段やっていないこと、つまり強い人が普段やっていることは何でしょうか?

穢れた人が普段やらないこと、つまり清い人が普段やっていることは何でしょうか?

今回は3分間そんな話をしています。それは、皆さんにとって意外に感じることかもしれません。

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失われた尊厳

ありのままの営みを見ないで、イメージをみていると、みなさんは強さを失います。イメージに留まって、空想する自由を楽しんでいるなら「それが何を達成してくれるのか」という問いを持ってみましょう。

例えば、空想する自由は、みなさんに尊厳をもたらしはしません。一方、ありのままの営みをみる、即ち自分のしたこととそれが運んでくる結末を受け容れられると、それまでは持っていなかった尊厳が、あなたの中に宿るようになります。

「起きてしまったことを取り消せる」と、どこかうそぶいている内は、あなたから尊厳は失われたままです。特に、中絶や安楽死を含む殺人(当たり前ですが、流産は該当しません)は、取り消すことのできない影響を、既にあなたの人生に与え、またあなたに続く存在に与えています。

それを偽るかのように、名誉を得たり、収入がぐんと上がる頑張りを見せたり、数多くの人から尊敬されているかのようになったとしても、そんな浮遊する人生は、失われた尊厳をあなたに取り戻してはくれません。

勝ち負けのない世界

「つい、がんばっちゃう」「こんなことくらいっ!と前に進もうとしてしまう」状態こそ、過剰適応です。

うまくその環境になじめなかったり、目の前に見えているハードルと思われるものを乗り越えられないと、自分を非難するのも過剰適応です。

小さい時にお母さんを助けようとして、自分が一番したいことは、我慢したかもしれません。小さい時お父さんを助けようとして、ちょっと嫌なことも「いいよ!」とにっこり笑ってきたかもしれません。

摂食障害を経験している方は、過剰適応の方が多いです。だから相手が何か言ったとき「そう言われたんだから、そう思わないといけない」と自分に強いる動きをして、混乱していることも、よく見受けます。妙なタイミングで、意識が大騒ぎするバグがあるようなんです。

そこに、不健全な異性との関わりが加わると、性的なことも嫌でも飲み込んで応じてしまったり、DVの流れに入りやすくなります。

「この環境に適応しませんから!」「このハードルそもそも超えたいと思いません」と、堂々とあれることはとても大切です。

それは勝ち負けではなく、単に別の道を行くということです。別の道を行って、そもそも勝ち負けがない世界へ、ハンドルを切っていいのです。そこに広がる美しさこそ、本来のあなたなのです。

血流改善でやる気up

「思っているんだけど、できない」経験はありませんか?

目の前にゴミが落ちていて「汚いのは嫌だから拾いたい」と思うのだけれど、できないような感じです。あるいは「大掃除をするとキリがなくなり、どこで掃除を終えたらいいかわからなくなるからこそ、掃除をするのは嫌だ」思うような状態です。一般的には、屁理屈だと片付けられるような状態です。

こうした状態は、脳の血流の悪さを表しています。血流が部分に集中して、全体にきちんと行き届いていないような感じです。脳の中でも、前帯状回に血流が集中していて、前頭葉に血流が不足しているんです。

前帯状回に血流が集中するほど、くそ真面目とか完璧主義になっていきます。前頭葉に血流が集中するほど、行動がスムーズになりやる気がアップします。

これから大掃除のシーズンに入るでしょうが、前頭葉に少し血液も回せると「今日はここだけやってしまおう」のようにパッと掃除が済んで「どこまで続けたらいいかわからない」という完璧主義の感覚から、解放されていきます。

前帯状回の血流が正常にもどれば、何も考えず、ぱっとゴミを拾えます。前頭葉にきちんと血液が流れていけば、くよくよ考えなくなります。

血流をよくするって、深いんです。

魂に響く?

皆さんが自分の問題を語るとき、語られているのは、皆さんの解釈になっていませんか。それは、実際の解決への道を制限するやり方です。聞き手を「こうあって欲しいと思う解決を提供する」共犯者に、仕立て上げる行為です。聞き手が、自分の目で見る権利を、奪おうとしているのです。

「自分のイメージが崩れた」と騒ぐ人たちは、みんなこれをしています。「自分はこんな人じゃなかったはずなのに」「自分の作ってきた家族は、こんなではなかったはずなのに」「自分の選んだパートナーは、こんな人じゃなかったはずなのに」「自分が、こんな目にあったなんて思いたくない」とイメージの世界でとどまることは、個人的な領域に居続けることを意味します。そしてそれこそが、助けが来る道を塞ぎ、すでにある絆をも傷つける行為です。

魂という言葉を使いたがる方に向けて書くなら、これは魂が何かを知る由もない人がすることです。「魂に響く」なんて言葉に酔ってイメージの世界にとどまっている状態にある方は、実際に魂に響いた状態や魂と調和した経験はありません。