もうあきらめるしかないの?

予め「ミーティングに遅れる」とシェアしてあったのに、会議室に入るとみんなの目線が怖くて「えっ!?A社との打ち合わせが緊急で入ったからと伝えた上で、会議の参加時刻について合意したよね?」と思ったことは、ありませんか?ルンルンで家に帰ったら、「ただいま~」と玄関を開けた途端、何とも言えない不穏な空気に「あ、今のただいま~は、まずかったかも…」と思った体験はありませんか?

わたしたちはそんな風にして、何も言われなくても、何も見ない状態でも、何かを感じたりします。そして、これは物理的に同じ空間にいなくても起こっていくんです。「空気を読む」といったりしますが、地球上の空気を読んでいる勢いで、言葉という形・視覚・聴覚等で直接確認できないところでも、これが起こりうることが、ちょっと厄介だったりします。もっというと、まじめな話、人と人の間に空気のない状態、例えば地球にいるAさんと宇宙飛行士で月にいるAさんのパートナーのBさんとの間でも、起こっていきます。その一因は、脳が脳を真似する機能を持つことにあります。

上記の例二つにおいて「えっ!?A社との打ち合わせが緊急で入ったからと伝えた上で、会議の参加時刻について合意したよね?」「あ、今のただいま~は、まずかったかも…」のどちらも、自分を上下関係の下に置いていることを理解できますか?自分を下に位置付けてしまうと、自動的に相手を上に位置付けることになります。そうすると、相手の脳を真似する機能を持つがゆえに、いわば相手のはけ口のない感情などが上から下にと、流れるようになるんです。

そうやって、不安や怒りといったものを下になった者が自覚できずに受け取ると、自分=不安や怒り、のように感じ始めたりします。そして「すぐあきらめちゃう」自分になっていきます。しょっちゅう雷が落ちている環境にいるようなものなので、まるで「また雷が落ちれば、家も焦げちゃうしね。それなら、持ち家なんてもっても、しょうがないよね」と思うかのように、捨て鉢な状態に入っていきます。「今さらやっても…ね」「自分なんか…ね」「にっちもさっちもいかない」と、学習性無力の状態に入っていくのです。

明日に続きます。