自然への畏敬の念

かつて、人は多くの土地で、自然への畏怖の念を持っていました。自然がわたしたちに食べ物をくれることを「当然」と思わず、頭が下がる感覚が自然だったのです。(ここでは、あえて神様に触れないことにしています)

だけど、どの国でも人は自然と調和する生活から、離れていきました。そうすると、もともとあった天災による飢饉から来る「食べられなくなる」という恐怖は、実は増していきました。お金の優先順位がみんなの中であがるほど、畏怖していた自然の位置を、お金が奪い取っていったのです。

でも、本能的にどこかで「そうはいってもお金は食べられない」ことを知っています。お金という人が生み出したシステムは、どんなに地球工学や遺伝子工学といった○○工学を使っても、生態系というシステムと、並列には置けないのです。そもそも自然があったのが先で、お金が生まれたのはだいぶ後です。今では多くの人が、自然ではなくお金に畏怖の念を持っていますが、それはその人の意識の話で、理から逸れた自分を止めるためのブレーキとして、そういう人は段々と言い知れぬ恐怖を感じるようになっていきます。

「生きていて何だかこわい」という方は、こうした理から逸れたことをしているから、そういうブレーキが働いている視点に一度立ってみて下さい。特に投資などマネーゲームをする方は、こうした恐怖を強く持つようになります。すべては、あなたを助けるためにやってくるのです。