こんな胸キュン、大歓迎!

仮設の映画館で、ミニ・シアターでしか上映されないような良質の作品が見られる機会に、心底ワクワクしました。こうした作品は、真実をついているが故にオンデマンド配信に至らないこともありますが、本当に命を懸けて作られた作品も多いのです。

昨今の映画館は、特に夏、デパートなどと同様、異様に寒く、それだけでも行く気が失せます。さらに、地震の時の映画館は本当に怖いのです。だから、映画館が遠いエリアにすむわたしにとって、この機会は願ったり叶ったりでした。新コロゆえの期間限定サービスのようですが、会員制にするなどして、遠隔地や島や山奥でも見られる機会を、なんとか確保して、今後も続けて頂きたいと思っています。

さて、今回は『The Green Lie』という映画を観ました。今、企業はグリーン・ウォッシングに一生懸命ですよね。グリーン・ウォッシングとは、環境保全絡みの虚偽の情報を企業が発信することを指しています。そして、あらゆる認証はその生産地にいない人を公正だと信じさせる手段に過ぎません。有機農業の隣の田畑で農薬をまくようなことは、現地にいたり、生産者と日常会話を重ねていないと見えてこないのもその一つです。

そもそも「環境保護をアピールしている」時点でおかしいのです。「環境保護が重要な戦略である」時点でおかしいのです。「経済と環境のバランスをうたう」時点でおかしいのです。だって、環境ありきのわたしたちであり、経済とはゲームだからです。でも、その自覚すら持てない人間が増えました。常軌を逸した行動がいいイメージのもと流通するという、どこまでも常軌を逸した人間の堕落ぶりを、私たちはきちんと目撃すべきです。

こうした不正は、長くそこに住む人を強制移住させ、もちろん共同体も破壊し、児童労働や環境破壊など各種問題を一気に生み出しながら、サスティナビリティの強調など上辺を装う動きを生みます。「問題が深刻なほど上辺を装う」のは、個人の内面においても、集団においても、全く同じです。個人を見る時、装ったり演じてしまえる人というのは、本人の自覚を超えて、非常に深く病んでいます。「正直であれないのは、初対面だからしょうがないよね」と言われてホッとする人は、病人として扱われたくてしょうがないということです。

さて「数日前まで熱帯雨林だった土地を数日前に企業が焼き払った」景色は、みなさんにもぜひご自身の目で見て頂きたいです。また「人間は、変化に適応できる生き物。だから、社会構造が変われば、またそこに適応できる。それなのに、社会構造が変われば損するという発想はおかしい。社会構造に人が支配されるのではなく、人が社会構造を管理すべきだ」といった南米の原住民の言葉は、目が濁っていない人のそれでした。何らかの形で彼らを支援しようと思います。

これ以上書くと、映画をご覧になる楽しみが減ってしまうかもしれないので、ここで留めますが、他にもワクワクする映画が並んでいる『仮設の映画館』、ぜひご覧になってみてください。不思議と、オンデマンド配信の他のサービスとは違って、映画館で見ている感じがすごくある仕組みになっています。その点にもとても感謝しています。鑑賞中、左上にずっと”Temporary Cinema”と出ていることに、胸がキュンキュンしました。

希望があると「じゃあいいや」と手を引いて、もう成就したという幻想に寄りかかりたい人がすごく多い気持ち悪い世の中です。希望があるからといって、何事も待っていれば勝手に変わることは何一つありません。いつもすべては自分から変えていくのです!