変わるって新陳代謝

「自分を変える」という表現に、恐怖や抵抗を感じる人がいます。自分を変えない方が狂気であるので、長いこと不思議でしたが、たくさんの方とお話しさせていただく中で見せていただけたからこそ、明白になったことがあります。

「自分を変える」に抵抗や恐れを感じる人は、過去に宗教施設での集まりやそれに準ずる活動・自己啓発セミナーなどを、受けたことがある人たちだということです。

入信したり自分はセミナーに参加していなくても、親や祖父母が信者や参加者で、家にそうした物があったり、彼らが困ったときにしがみつく言葉を自分も言われながら、彼らの独特の習慣を見て育ちます。そして、実は宗教施設がなくても自己啓発セミナーに行かなくても、親が支配的いわば「教祖」であった場合、表札も儀式もない状態でも、子供は「信者」になり、上記と同じことになります。

そうすると、いわば新陳代謝を高めるという意味での、季節がかわりゆくような自然な「自分を変える」は起こりません。マインドコントロールされているので、自分の違和感や不快感を押し殺して、相手の意向に沿って「自分を変える」を経験します。それは、極めて不自然なことであり、道理に反する、人間として経験すべきではないことでした。だから、抵抗や恐怖を感じて、当然でした。(ちなみに、宗教や自己啓発セミナーが「悪い」という話ではありません)

だから「自分を変える」に抵抗や恐怖を感じる人は、自分の今までを棚卸しして、大掃除する必要があります。このままその恐怖や抵抗にとらわれて、いわば角質ばかりあつくし、新陳代謝をどんどん落としていく、死に向かう道を、歩んではいけません。

そして何より「どういう道が理にかなうのか」をしっかり考え、その道を歩いていく必要があります。

消化不良だから、強調する。

「あれがあったからここにいる」と経由地をわざわざ強調して考えるなら、あなたはその「あれ」や「あれ」関係者に今でも復讐し続けています。

わざわざ「あれ」だけ取り出して、他の経由地と違う重み・違う色合いがつけられている不自然さがそこにあります。植物や動物はそんなことはしません。だから大きなことが起きても、次の瞬間にはただ太陽を目指すなど、シンプルに生きる方へ向かいます。

「あれがあったからここにいる」とこれまでを歪めることは、自分を受け入れたり自分を肯定することではありません。むしろ「あれ」に今でも、大きな違和感を覚えている消化できない気持ちがあることを表しています。

その違和感や消化不良に向き合っていく道の方が、自分を受け入れたり自分を肯定していくプロセスです。

自分勝手?

「自分がいると、みんなの足を引っ張るから」「迷惑をかけて申し訳ないから、抜けます」こんな風に思うことを、謙虚さと勘違いしていないでしょうか? 自分勝手にならないようにと、発想しているつもりでしょうか?

これは、自分勝手です。謙虚さの逆です。

それは一緒にやっているみんなを、敵だとみなしているという告白です。みんなで助け合おうと思っていないという告白です。

言われたほうは、ただ悲しいだけです。そして、戸惑うでしょう。あなたと一緒にやっていると思っているし、あなたと助け合うのが当然だと思っているからです。

それなのに、勝手に一緒にいてどこか遠くに行ってしまったあなたの身勝手さに、悲しみから怒る人もいるでしょう。「放っておけばいい」という言葉が飛んできたりして、ますます自ら切り離してよかったと、小さく縮こまるなら、あなたはあなたの命に対して失礼なことをしています。

「自分勝手にならないように」と思ってしているようですが、既にそれが自分勝手ですというお話です。上でしている自己否定も自己憐憫も、自分勝手極まりない発想なのです。

毎月吹かせる、新しい風

緊急避難グッズを月に一度は見直しますが、毎回何か新しい風を入れるようにしています。その風は、アウトドアショップで教えて頂いた被災地での体験談だったり、救援活動経験のある方が書いた記事だったり、色々なところから吹いてきます。今月は、ふと目に入った雑誌『山と渓谷』から吹いてきました。

簡単に言うと、ひとりで山に登って遭難したときにどうするか特集でしたが、災害時にも応用できると思った点は以下です。

  • 足首の固定に、新聞紙を使う。
  • 千枚通しで穴を開けたペットボトルのキャップを、グッズに入れておく
  • 電話はつながらなくても、メールはつながることがある。都道府県名+メール100番で調べて、控える。
  • 救助要請をするときは警察でも消防でもいいが「山岳事故」とはっきり伝える。5W1Hで伝えるが、山の名前だけでなく、何県の山かも明確に伝える。(⇒情報共有の仕方が参考になる)
  • コンパスに登山計画書を提出し、自分のウェアやザックの色も記入しておき、ココヘリの会員になる。(⇒情報共有の仕方が、参考になる)

遭難の一因に「GPSの設定自体にあやまりがあった」とあるなど、GPS頼みではうまくいかないケースがあり紙の地図も必要だという経験談も「やっぱりね!」と思いました。GPSだと思考停止してもたどり着いてしまうし、GPSが狂っていては元も子もないので、普段から使わずに感覚を磨くようにしています。

その他「へぇー!」と思ったのは、大正中期以前は、夏山登山が中心で、かつて学校登山の引率は理科の先生だったことや、単独行で遭難し行方不明になり、複数回の捜索後、一か月後に遺体が発見された場合、捜索救助費用は計1,440,000円という点です。

理科の知識は身を助けるんですね。理科嫌いのお子さんがいらっしゃるなら、一緒に山登り(必要ならガイドをつけて)すると、理科を学ぶ意義を理解できて、勉強への姿勢も変わるでしょうね。実際に、山での怪我の様子が写真でのっていたりする点も、参考になりました。

緊急避難グッズに目を向けることで、日常の快適さが増すこともありますから、ぜひ緊急避難グッズを非日常に所属させず、日常に属させることで、いざ使う時に驚いたり緊張しないですむようにしておくと、自分のためになると思います。

疑いと共感はセット。

とことん疑う人は、共感を好みます。「なんでもとことん疑え」から入る職業について、以前に触れましたが、この職業では、相手から情報を得るために共感していきます。共感を大事にしたいという方は、年始にメルマガにかいた「疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを」を、まだ理解していません。

「共感してくれるから、うれしくなっちゃう」なんて言っている人は、人とのつながりについて、本質に至っていません。人とつながるということは、興味関心で一時的に主にその話題限定で盛り上がるということでも、「よかったよね~」「いいよね!」ポイントを共有することとも、イコールではありません。「よかったよね~」「いいよね!」の先を深く踏み込んで聞いていくと、全然違うことが出てきて「あれ?わたしたち全然違うこと感じて考えて、たまたまそれを”よかった”とか”いい”という同じ一言で、まとめていただけだったんだ。まとめの言葉以外は、全然違ったんだ。それなのに、そこを追究していなかったんだ」と、わかるでしょう。

人とつながっていくことを含む、一体感を生きることは、動物や植物のこともきちんと感じていく世界を意味します。だから、自然と地球のことを考えてしまうし、何世代も先のことを考えることを「高みから見ている」などと極端な捉え方はしません。普段から、自然とそうします。この世界の先に「天に偽りなきものを」が、開けていきます。それには、きのう書いたように、共感ではなく尊敬の念を抱くことから始めます。畏怖の念を抱くのです。

「子鹿かわいいーさわりたーい。誰も見てないし触っちゃおう!」ではなく「子鹿かわいいけれど、神々しいというか、あんまり見てはいけない気がする、ごくたまにすれ違って、互いにちらっと存在を認識するくらいが、ちょうどいいな」と、自ら距離を取り尊敬の念を抱いていくのです。まずはここから、始め続けてみませんか?

いい最期のために

「昔は俺もこうだったんだ」「こんなにすごかったんだ」そんな風にいいたがる偏屈なおじいちゃんの姿は、きっと想像しやすいだろうと思います。

もちろんおじいちゃんに限らないし、それが10代の子供に起きることもあるわけですが、上の例のままに言うのなら「俺の素晴らしさがわからない方が悪いー!!!」という状態は、その人が一体感を感じられずに、渇きの中にいることを表しています。

それまでにそのおじいちゃんがした素晴らしいことや築いた財産や得た知識や豊富な経験が、ある時点からは、すごいものではなくなります。例えば、部下がいたときなら、それらは「すごいですね」と言われる理由になったわけです。でもある時点からは「わたしたちにはよくわからない話ばかりして」「いつも自慢なんだから」と、むしろおじいちゃん自身が疎外される理由になっていきます。

それによって一体感を得られたはずのものが、人生のステージが変わると、今度は疎外感を生む原因になっていくのです。苦労して得た知識や経験や資産や人脈が「誰も俺を尊敬してくれないじゃないか!なんで、俺の素晴らしさをわからないんだ」と言わせてしまうようになるのです。こうした渇きの中にあると、余分なものは手放せないから、生前贈与で揉めたり「子供も孫も信じない」という展開になったりします。持つほど、渇くのです。

一方で、そんなおじいちゃんが全く知らないよその子と友達になって、人が変わることがあります。例えば「けん玉でその技できるの?すげー!」と言われたりして、一体感を感じられて、余分なものを持っている自分に気づき、どんどん手放していくようになります。また、そのよその子や一時期嫌だと思った自分の子供や孫に「あいつ、すごいな!」と思い始めたりします。周りが驚くほど身辺整理をきれいに始めて、その姿をみた子供や孫が「おじいちゃん、すごいなぁ。そういえば、〇〇成し遂げた人だしな。ちゃんと見えていなかったな」と思い始めます。そうすると、関係者全員がどんどん健康になっていて、おじいちゃんも血圧が安定してきたりして、最後は老衰でみんなに看取られる展開になったりします。

わたしたちは、「手放す」なら、「持たない」なら、あらゆる人に尊敬の念をいだけます。一方、それが家族を含む人間関係であれ「手放せない」なら「持つ」なら、その持つすべてが尊厳を妨げて、その人を渇きの中にとどめるのです。渇きの真逆に位置する一体感は、共感からでなく尊敬から始まります。

いつもひとりじゃない。

みんなで歌ってその一体感が気持ちよかったり、みんなで踊ってその一体感が何物にも変えがたいと感じるなら、あなたはまだ、一体感を求めるステージにいらっしゃいます。

つまり、一体感を生きている人は、一体感を求めることに意味を生成しなくなります。

一体感を生きていると、例えば、従業員0の経営者をみて「寂しいだろうな、つらいだろうな、ひとりで」思ったりしません。「同じ社会を一緒に作っている仲間だな!こころづよい」と応援する気持ちは湧くかもしれません。

一体感を感じられると「いつもひとりじゃない」と言う感覚が自然になります。だから、苦手なことを前にして、周りに物理的に人がいなくても、孤立無援の気持ちにはなれないです。「いいね」がつかなくても、見ず知らずの人も応援してくれていることが、思い込みではなく感じられる証に、苦手なことや「できない」と思っていたことに、少しずつ挑戦してしまいます。背中に感じる追い風に押されて、思いで留めていた領域に入ってしまうのです。いつも自分がそんな調子だから、自然と人を応援します。新規参入の経営者を「一緒に頑張る仲間が増えたなぁ」と優しい嬉しい気持ちでみたり、電車に乗ってすぐ、隣にいる人に「わたしの背中にいる、うちの子の帽子、直してもらえませんか?」とスッと頼めます。

つまり、一体感をいつも生きていれば、現実が見えてくるようになります。いつもひとりじゃないから、いつも現実が目に入るのです。

違いを認めるから、一体感を感じられる。

違いを認めていると、いつまでも「この人のことがわからないから、もっと知りたいなぁ」という思いが湧き続けます。そうすると、知れたときには喜びが生まれ、つながりも感じやすくなります。シンクロしやすくなりますが、それはお互いに意識を向けているからです。

ところが、ある程度一緒にいる時間が続くと「この人のことをわかっている」と思い始めたりして、そこにあるはずの違いが見えなくなってしまいます。そう思い込んだ時点で、無視しているのと同じです。相手には、意識が向かっていません。

「あなたのことはわかっているから」と思っている相手と一緒にいるのは、しみじみと辛いものです。こちらが無理してあわせて、シンクロが起きても、相手は「ほら、わかりあえている」とご満悦になるだけで、あなたに意識は向けず、そう思っている自分に陶酔します。あなたは無視される状態が続くのです。関係にヒビが入っていくでしょう。

仕事相手であ夫婦であれ恋人であれ友人であれ、相手とシンクロしたり、つながりを感じたいのなら、あなたとの違いをいつも感じ続け、いつも好奇心から「知りたいなぁ」と思い続けるあなたを創り上げることです。

共感がうれしいと、つながりや一体感を求めるなら、相手と同じところ探しではなく、相手との違いを見続けましょう。「ただ違う」ことに、自分を開き続けるなら、仕事で人と接しているのに孤独を感じたり、恋人と一緒にいるのに寂しくなったり、友人と騒いでいるのに一体感がないという思いと疎遠になれます。

自分を介在させる

依存的な人は、自分で感じたり考えたりせず、自分がその時依存している相手の人が感じたり考えたことを、自分で感じたり考えたことのように扱います。

例えば、何か物を買うとして、取り扱い説明を販売員からききます。それを聞きながら、そこに自分の考えや感覚を挟むことは、放棄します。そして、その説明を長い時間「正しいもの」と思い込みます。途中で自分の感覚が「これちょっと違う気がする」「これだとやっぱり気持ち悪い」と言ってきたとしても、そちらを締め出してしまいます。

例えば、調べ物をしたとしても、インターネットという情報の不確かさが高いところでのみ調べて、本は見なかったり、あるいは角度の違う三冊ぐらいは手に取ることをしません。1冊あるいは1カ所だけ見て「これが正しい」と思えたら楽できるからと、思考を停止します。

依存的だと「正しい」ことにした対象によりかかった状態を、信じると銘打ちます。「あの販売員のことを信じたのに」「あのサイトで書かれていたことを信じたのに」のようにです。そこから「自分は騙された、もっと疑わないと」と、強迫的になっていきます。

むやみに疑うなら、盲目的に信じるのと同類ですが、激しく思い込んでいるので、もちろんそんなことには気づきません。ここでは、疑いから入るのではなく、常に自分を介在させるというあなた自身を排除しないやり方を提案しています。ちなみに、常に疑いから入れと教育されるのはポリスです。

プロセスから自分の感覚や自分の考えを締め出したのは、自分自身です。自分を介在させなかったのは、自分です。これまでやってきたことの中で、あなたからエネルギーを奪うように見えていた行為も、あなた自身を介在させれば、あなたのエネルギーを高めます。

依存的で強迫的な似非ポリス状態は、他人に迷惑をかけています。道徳に照らし合わせてどうこうではなく、お世話になっていたり大好きな人に迷惑をかけても平気なら、問題です。

目の充血

昨日お届けしたメールマガジンの補足です。粘膜が乾燥すると、簡単に言うと充血します。鼻をかむとティッシュに少し血がついたり、目が少し赤くなったりします。

だから、穢れたところにいればいるほど、目は充血し、喉が渇き、唇の乾燥が気になり始め、鼻腔内に乾いた感覚が生まれます。

もちろん、パソコンを見過ぎれば実は充血しますし、たくさん話したり喉が渇きますが、こうした使用回数による充血や乾燥だけではないのです。

作り手が清いウェブサイトは、見ていてもそうしたことは起こらず、むしろあなたのいる空間に比べて、そのウェブサイトがうんと清いなら、そのウェブサイトを見ている方が楽に感じるでしょう。また、遠くからパソコンの画面を見たときに、そこだけパソコンが発する光とはまた別の、まばゆい柔らかい光を感じるでしょう。目の奥の筋肉が緩む感覚を得る人もいるでしょう。

逆に、清い空間で作り手が非常に穢れているウェブサイトを見れば、目だけが一気にやられているような感じになるでしょう。短時間しかみていなくても、どよんとしてきて、すごく疲れるのです。後からそのウェブ画面を見ると、そこだけ線が太くて主張が激しくて、やたらと輪郭がくっきりしている印象を覚えるでしょう。改めて遠くから見てみると、パソコンに近寄りたくなくなる人もいるでしょう。

目が少しでも充血したり濁ったように見える場所やウェブサイトに、自らの力よって、自ら長く滞在していないでしょうか?ご自分を振り返ってみてください。

ミシンのある洋服屋さん

先日、佇まいが素敵な洋服屋さんに白い猫がいるのがみえて、服は不要でしたが、猫に惹かれて入りました。

性格の良い猫で、でも店員さんが尻尾を触ったら、機嫌を損ねて奥へ入っていきました。だから私も奥に目が向きました。そしたら、奥には洋服を作るスペースがあって、ミシンが何台もあり、まさにミシンを踏んでいる方もいらっしゃいました。

お店だって、本来は作る場所と売る場所が地続きであるのが自然なのだと、はっとしました。大都市に長く住んだので、切り離された一部分だけを見る生活を長く続けました。

洋服はどこかで、かなり多くの場合海外で作られて空輸されて、その出来上がった姿だけを見て、どんな風に裁っているかやどんなデザイン画なのかをみることもなく、むしろそれは許されない感じでした。まるで誰かの指先にだけ触れるようにして、誰かが誰なのかもわからないまま、洋服を買っていました。デザイナーを知ることができても、それは雑誌などのメディアを通してで、やはり切り離された状態ででした。

奥にミシンがあって、ちらっとデザイン画が見えて、そのことに自分でも驚くほど安心しました。本来あるべき姿に近ければ近いほど、人は安心できるんだと思いました。

「顔が見えると安心する」という疑いから入る態度とは、全然違うのです。もし家で洋服を作っていたら、作りかけの洋服を何度も見ることになって当たり前です。そういう自然な姿がそこにはありました。

途切れていないから、痛みがないのです。途切れていないから、隠されたりしないのです。そもそも隠されるべきものがないのです。

「プロセスをオープンにしましょう」という眠い日に目をこじ開けるような無理は、そこにありませんでした。店舗のあり方は、どうしたら安心を生めるかを、形を伴って見せてくれました。

形が与えられた安心を、わたしの苦手な洋服という分野で見せていただけたことに、その地域の器に、感謝でいっぱいです。

Hybrid Life?

Around 5 years ago, I had a workshop in Tokyo in which I set up many branches, trunks and grasses in that room. I also used bird sounds to make people feel as if they were in nature. Participants liked it and I was satisfied with how I set up my workshop space.

This month, I went into a fruit shop in Nara. It was nicely decorated like a cafe in Tokyo. And bird sounds played in that shop. Many fruit and its products were arranged artfully. It was as if I had set up my workshop space almost 5 years ago. And I felt discomfort.

I have lived in the countryside for 2 and half years. My daily life is always a part of nature. I mean that everything is interconnected into a whole picture. Bird sounds are just a part of the nature like a pixel. Branches or fruitt are also just a part of nature like a pixel. Both are just particles but the whole picture involves space between particles and other particles. So when I entered into that nice shop, I felt the pain of unnatural separation.

When I lived in Tokyo, I rather admired such a pixelated life as a unique one. I did not feel the pain of separation. I thought that a hybrid of urban life and natural things was sophisticated. But now I know how much it is an unbalanced way of life. I experienced the world as a whole compared to how I experienced the world in my past. So now I don’t admire such a hybrid life. Because I jumped into life in the countryside with courage and already knew that it is there.

無事も幸運のひとつ

みなさん、幸運というと棚ぼた的な利益を、連想されがちではないでしょうか?

でも、今無事に生きていることも、幸運のひとつです。何か「嫌な」ことがあった方も、「うわぁ、嫌」にとらわれはせず、そこから学んで、未来にたくさんお土産を持ち込みませんか?

「こんな嫌なことがあった!二度といや」と嫌なことを回避する方へエネルギーを注ぐと、あなたは過去の住人のままです。嫌なことをズルズル未来を引き込むことになり、未来は狭まり窮屈になります。

「無事で退屈で、何もいいことはない」とふてくされれば、人生の輝きは翳りを見せていきます。今日も無事であったことに感謝して、自分の人生の輝きを絶やさぬよう、わたしたちはわたしたちの人生を愛していきましょう。

I Should Pursue It

I took part in a casual incense burning class in Nara. I had already taken part in an incence burning class in Tokyo, so I already had some knowledge. But this was the first time to choose ingredients and blend them by myself.

Basically, incense ingredients are divided into kinds of quality ranges, like sharp to sweet and heavy to light. I had a tendency to like sweet and heavy. And almost all of them came from southern coutries like India. And herbs in southern countries improve digestion. So many participants started to feel hungry or have grumbling stomachs while blending their scents. It was very interesting.

Most of the ingredients of incense are used as spices in cooking, but it is the lowest quality. The highest quality is always used for ingredients of incence and the second highest quality is always used for chinese medicine. It came as a surprise to me. In Japan, incense sticks which were made in the Edo Era, are the most popular form of incense. But since the 6th century, incense has been used in Japan. It was fun to learn about the history of incense.

Actually, the week before of this incense class, I took part in an event of Japanese herbs. Some of them were the same. And it was very fun. So I thought that I really loved such kinds of herbs and spices and I should pursue it more! What do you pursue more?