受け止めてもらった?

「かわいそうで惨めなわたし」物語を生きる大人は、既に自分ではできない、他人にすがるような状況でずいぶん時が経っていても、その「できなかった」実績は見ず、「自分でできることがまだあるかも」と執拗に思い込んでは、万能感を得ます。

すがることと協力を得ることの違いも解っていないので、子供が親に代わりにやってもらおうとするように、誰かに身代わりになってもらおうとします。専門家や権威のある人を親とみなしては、自分を消して彼らにすがり、自分は「かわいそうで惨めなわたし」として、無責任な影の存在でいようとします。

その状態にあると「受け止めてもらった」「受け止めよう」とすぐ口にします。