原因≠責任

スイトピーの種類が豊富で、驚きました。おはようございます。吉野実岐子です。

多くの方が原因を探すことが責任を取ることだと、思い込んでいます。

しかし、責任とは「すべてはわたしからはじまっています」という、明るく開けた態度です。「わたしのせいです。わたしが悪いです」と、縮こまり身体が冷たくなる態度ではありません。

「すべてはわたしからはじまっています」と腹から思えると、勇気がわきます。自分を無力だなんて思わない、微力さをとことん信じてやろうという気概ある態度です。微力さをいかそうと創意工夫を重ねるため、自分をフルに活かしていくことになります。それが責任を取る時に、自然とあなたの中で起きていくことです。

責任をとるほど勇気が湧き、仮に途中で誤解を受けるようなことがあっても、時差を経て必ずそれは自然と修正されます。

今年はどんどん勇気が湧いちゃう姿勢で、一緒に生きていきませんか?

照宝で購入したもの。

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中華セイロの使い方

1. お鍋のお湯が沸いてからセイロをのせ、火は弱める。
2. シュウマイ・饅頭など、10~15分でふっくら蒸し上がる。
3. セイロは段数を重ねても、上と下でそれほど蒸し上がりに差は出ない。
4. 蒸すときは、セイロの中にお皿やお椀を入れ、すのこを汚さないようにする。
5. セイロとお鍋の間にセイロ板を使うと、セイロも鍋もどちらも、サイズを考えることなく使える。

中華セイロのお手入れ

1. はじめに15分空蒸し。
2. 使用後、絶対に洗剤は使わない。お湯で湿らせた布で拭く。黒くなる油染みは気にしなくていい。
3. 風通しのいいところで陰干し.ポリ袋などに入れない。

照宝(中華料理器具店)
住所:横浜市中区山下町150番(中華街大通り中央)
TEL:045-681-0234

このままでは、人は地球に住めなくなる。

おはようございます。吉野実岐子です。

「希望を生む」ことを目的にすると、実はすぐスタックする理由を、昨日の記事で公開しました。「清さへ向かう」ために、何か目標を掲げると、結果的に「希望が生まれる」仕組みだからでした。これは、不可逆的なものです。

この先、地球から清さが消えれば、人間は希望など見いだせなくなります。幸せのない満足だけの社会になって、生まれてから死ぬまで、欲の満たし合いと絶望の中で、競争し貶めあい利用しあい、暴力行為はますます増えていきます。大げさに言っているのでは、ありません。このままでは、そうとしかなり得ないのです。

「満足すればいい」という、獣のような生き方を、孫やひ孫にさせたいでしょうか?死んで肉体という形がなくなってからも、「あれも欲しい。これも欲しい」と求めあう意識で空間を穢しては、子供や孫を苦しめたいでしょうか?

安心や幸福は、清さに向かえる地球があってこそ、叶います。ウキウキするのもイライラするのもメソメソするのもクヨクヨするのもワクワクするのも、地球があるからできます。

このままでは、人は地球に住めなくなります。別の星に逃げればいいといった問題ではありません。自らの欲によって、穢し切った結果として、確実にそうなります。生きている今、肉体という形がある状態なのに、物という形あるものにばかり吸い寄せられ、目が眩んだまま、肉体という自らの形あるものは忘れ、意識をどうにかすればいいのだと、意識ばかりを追う歪みに、気づいていらっしゃいますか?

わたしたちは、あくまでも地球にいます。生きても死んでも、地球にとってプラスになるよう、貢献していく必要があると、思いませんか?つまり、真にいのちのためにできることを考えるなら、常に清さに向かう必要があると、ご理解いただけますか?

目標を適切に設定するには?

恐竜をみて、糞がくさそう~と思いました。おはようございます。吉野実岐子です。

目標設定自体については、巷でさまざまな手法や満たすべき条件が言われていますので、そちらを参考になさってください。

今日は、そこではあまり書かれていない「その目標を掲げる目的」について、書きます。まず、その目標を掲げる目的>目標であるべきですが、これが逆転しているケースが多々あります。そうすると、どんなに満たすべき条件を満たした目標でも、うまく働きません。

例えば、鹿は、生きるために、餌を食べたら、糞が出てしまいます。あくまでも、生きるために、餌を探して食べると、どうしても糞が出てしまうのであって、糞を出したくて、餌を探して食べ続けるわけではありません。

もし、糞を出したくて、餌を探し続ける鹿がいたら、既になんらかの病にかかっているでしょう。つまり、死を向いているでしょう。この時点で、生きることが叶わない線路を、歩いてしまっているのです。

もし、みなさんが「希望がないと生きていけない」と思って、希望を生むことを目的にすると、それはやっぱり、死へ向かうことになります。なぜなら、清さへ向かうと、必然的に生まれてしまうのが希望だからです。清さへ向かう(鹿の例でいうと「生きる」)ために、なにかをする(ここが目標)と、希望が生まれてしまう(鹿の例でいうと「糞が出てしまう」)のです。希望を生もう(鹿の例でいうと「糞が出る」)と、なにかをする(鹿の例でいうと「餌を探して食べる」)のは、病に罹った鹿の行動なのです。

節分前の今、改めて、今年の目標の目的を、見直してみてくださいね。希望を生もう(鹿の例でいうと「糞が出る」)と、なにかをする(鹿の例でいうと「餌を探して食べる」)と、どこまでも糞づまりになります。

名張の冬。

おはようございます。吉野実岐子です。

名張に来て、山の枯れ木のうつくしさに、目を奪われるようになりました。山には常緑樹と落葉樹が生えており、冬はどこに落葉樹が生えているか、遠目にもはっきりわかります。

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これは京都市在住時には全くない感覚でした。きっと芽吹きも遠くからわかるでしょうから、すごく楽しみです。既に1月半ばの市街地では、ボケがほころび、沈丁花の蕾が膨らんでいます。

もうひとつ、名張の冬で驚き中なのは、雪の降り方です。京都市より気温は低く、最低気温が氷点下の日も多いのですが、京都市でどかんと積雪がある日も、ちらちら舞う程度です。

積もる日は、台風のような強風が吹き、ダストシュートのゴミのように、空からどさっと落ちてくる感じで積もるのです。雪はしんしんと降るものだと思っていましたが、こんな降り方もあるのかと、目が点になりました。

山深い方が積雪量が多いかと思いきや、先日の寒波でも、津〜名古屋の海沿いの地域の方が、お布団に覆われたかのように雪深くなっていました。

三重は何かと沖縄みたいだと思うことが多い地域で、近くても京都・奈良とは、全く毛色が違います。みなさんは、どんな冬を越されていますか?

夜、子供が寝てくれない。

おはようございます。吉野実岐子です。

夜、子供が寝てくれない場合、基本的に親がメリハリのない時間の使い方・空間の使い方をしています。

テレビをつけながらご飯を食べたり、お風呂上がりにデザートを食べたり、外出した服で寝室に入ったり、パジャマにちょっと羽織ってゴミ出ししたり、コーヒー飲みながらスマホに没頭したり、何かしながら子供の話にはうわの空だったりします。

子供は親を真似します。

そうすると、ここからは寝る時間という区切る意識も、寝室では寝るものという意識も、生まれません。

合宿のように消灯時間を決めて、それ以後は大人も読書灯のような手元のあかりしかつけないようにすることは、大人と子供の意識づけに効果を発揮します。

また、寝室ほどよく掃除しないといけない場所は、他にありません。清浄な空間でないと身体は緩みませんし、それが健全です。空気清浄機もあるといいでしょう。寝室のカーテンは他の部屋より頻繁に洗い、原則として、寝室には布団や空気清浄機以外はおかないようにしましょう。

その上で、「昼」が一瞬で「夜」にならないように、急にこと切れたように眠ることは、推奨しないでください。何事も徐々に移り変わるのが、自然です。「昼」と「夜」の間には、毎日必ず「夕方」があるのです。大人も子供も、寝る前に「夕方」をつくってあげるのです。

寝る前に絵本を読んであげたり、お話をつくってあげたり、軽くふざけたり、子守唄を歌ってあげたりすると、それは子供にとっての「夕方」になります。ストレッチしたり、マッサージしたりすると、それは大人にとっての「夕方」になります。

そうして、親が自律していくと、子供も夜になると、眠るようになります。寝る前にほとんどぐずらなくなります。子供は大人のあなたを映し出す鏡です。生まれつきの悪い子なんて、一人もいやしないのです。どうか子供を悪い子に仕立て上げないでください。

大変さに飲み込まれない。

東京で黒い服の人が目立ち、意外でした。おはようございます。吉野実岐子です。

大変さに飲み込まれず、どんなときも淡々とあるには、どうしたらいいのでしょうか?

まず、大変さに飲み込まれるとき、わたしたちは主観を事実のように、扱っています。事実を事実へ戻してあげるために、各種作業にかかる時間を、日頃から知っておくことは、助けになります。

そうすると「いつもより忙しいのに、さらに苦手なことなんて、できない」ではなく「いつもより60分やることが増えるけれど、いつも3分で終わる掃除ができないと発想したいのは、自分に負けているだけだ」と、自覚できます。

苦手なこと・嫌いなことほど、普段普通にやるとかかる時間を、計っておきましょう。

次に「大変だ」ばかり見つめず、そんな中でどこには思い切りチャレンジするか、自発的に大胆になるポイントにを決めておきましょう。

「無事に終わったらそれで」と腰が引けるほど、大変さに飲み込まれやすくなります。敢えて、そんな中でも大胆に挑戦するポイントを決めて、メリハリをつけてあげます。そうすると、踏ん張りやすくなります。

どんなときも、あなたは大切な世界で大切な時間を生きていて、今日も大切な何かが静かに増えていっているでしょう。愛おしい日常の中に、大変さという非日常を、包んであげましょう。

評判と価格

おはようございます。吉野実岐子です。

多くの方が、お買い物の際、評判と価格を判断基準にするでしょう。評判と価格は、そんなにも信頼のおける確固たる軸なのでしょうか?

実は、評判ほど、操作しやすいものはありません。

例えば、毎月多額の広告枠を買ってくれるクライアントが本当に困り果てる記事を、新聞社は掲載しません。つまり、評判を操作したければ、そうやってお金を配っていけばいいのです。

価格ほど、操作しやすいものはありません。

○○商戦や発売日前日から徹夜で行列してみんなが買い求めるものの材料の値段は、確実に跳ね上がります。短期で大量に必要にさえなれば、価格はあがるのです。

評判と価格が、いかに判断基準にふさわしくないか、お判りいただけたでしょう。

こんなにブレブレのものを、判断基準にしてきたのは、何が満たされたからだったのでしょう?自分ととことん対話してみてくださいね。

朝起きたら、全部できていたらいいのに?

雪が積もりました。おはようございます。吉野実岐子です。

「朝起きたら、全部できていたらいいのに」そんな風に、努力なしに成果を得たくなる瞬間もあるでしょう。でも、その時間はなるべく短い方が、あなたのためです。

そうやって、欲をだすと、あなたのいる空間は、室外機の前に立ったように、もわっとしてきます。空間を自分で穢した合図です。もわっとした空間にいると、何かにフォーカスしづらくなって、メリハリがなくなり、だらだらします。うまく考えられなくなるので、行きたくないものに「行く」と言ったり、そこまで怒ることもないと思いながら、ドカンと怒ったりします。自分が空間を穢した結果、災厄を招くのです。

何かを得ようとがむしゃらになって、周りが見えなくなっているときも、実はあなたのいる空間は濁ってきます。真剣に集中しているようで、ただ欲を出しているだけだからです。そうして、本当に目指したものは目に映らなくなり、逃すことになります。欲張りには、最後は何も残らないのです。

まずは、自分からどれだけ欲が出ているか体感できるくらいに、物質として清い肉体を創ってみましょう。面白い体験が待っているでしょう。

違和感を招福につなげるコツ。

おはようございます。吉野実岐子です。

自分と同じ質のものには、違和感を感じないものです。もしあなたが、欲を満たすことが一番大事という質であるなら、欲を満たし合って、そのことに正の評価を下し合える相手を「自分はこの人を愛しているのだ。この人は自分を大事にしてくれているのだ」と、誤認してしまうでしょう。実際に大事にされているのは欲であって、あなたは無視されているのですが、気づけません。

自分の質を上げる努力をした上で、違和感を感じていくことは、とても大切なことです。

あなたがどんどん質を下げていると、質の高いものに違和感を感じて、いいものを遠ざけるようになります。あなたがどんどん質を上げていると、質の低いものに違和感を感じて、わるいものを遠ざけるようになります。

それぞれにどんな未来が展開するか、一目瞭然でしょう。

せっかく、質の低いものに違和感を感じても、そこで自己否定して、自分の質を下げてしまえば、災厄を招き入れることになります。もうすぐ節分です。改めて、清きものに意識を向けて自分の位置を確認し、福を招き入れられるよう、しっかりと自分を調えていきましょう。

子育てとは何か。

おはようございます。吉野実岐子です。

日々、食材への感謝を教えるのではなく、子供が好む食事を与え、休日には、自然を体感覚で味わうのではなく、子供が好む遊びを用意していませんか?そうすると、例えば目の前に川があっても、せせらぎの音に耳を傾けたり、川辺の植物に興味を持つことはなく、川を使って何か競争するだけといった、視野の狭い好奇心の薄い子供に、育っていきます。

成長過程において「刺激を求めると、親は応えてくれる」とインプットされるのです。子供にとって、親は最も大切な存在です。ゆえに、このプログラムは強力に働きます。そうすると、子供が好むファッションも刺激的な派手なものになり、クラスでも何か目立つような刺激的な人とつきあうようになり、地域の中で刺激のある大人についていくようになります。

しかし、どんなに刺激を求めても、心からほっとして落ち着くことができません。そして、そうやって刺激を求める過程で、実は心に傷を多く持つことになります。しかし、それを子供自身も認識できず、大人になってからそれが露呈していきます。70代になってから、露呈するケースもあります。

子育てをしている方は、もう一度「子育てとは何か」を、ご夫婦で話し合う時間をこの1月中にもってみてください。そして、この提案に少しでも抵抗を感じた人は、夫婦間を速やかに改善する必要があることを、引き受けましょう。

明るい展開を呼ぶ態度。

おはようございます。吉野実岐子です。

新卒ですぐ会社を辞めたり、何か始めても続かない人は、とにかく何かのせいにします。自分の持つ違和感を丁寧に見つめ、ほぐすこともしないなら、単に自分に負けています。そのままだと、見た目の環境は変えられても、自分に負け続ける人生が続きます。

あなたがあなた自身を置いた環境が、予想に反して辛かったり、法律すれすれブラックだっだりと、色々あるでしょう。でもそこで「自分のせいじゃない」と言っても、何も変わりません。あなた自身が選んだ環境だと、周りはみんな知っています。

どう未来を展開させるのであれ、自分に勝っている人は「今のうちに、この厳しさを覚えておこう」と、発想します。厳しさは、あなたがあなた自身を超えることを、強力に助けていきます。

自分の枠を超えていかなければ、何も届かないのです。やっているつもりだと駄々をこねるなら、あなたは自分の枠内に留まっています。

厳しさは、頭の中を真っ白にします。普段あなたが上手いこと隠してきたあれこれが、いっぺんに露わになります。思考停止の中で踏ん張る経験は、あなたにあなたの本質を知らせ、これまでに受け取り切れなかった強みを、がしっと受け取らせてくれるでしょう。

今のうちに、この厳しさを覚えて、自分に勝つようにしてください。そうであるならば、具体的な選択が異動願いであれ、辞職であれ、すべて明るく展開していきます。

感情は肉体に属する。

大寒に入りました。おはようございます。吉野実岐子です。

わたしたちは死後、肉体を失い、意識だけになります。その視点から、わたしたちは、肉体と意識から成り立つという説明もできます。

では、わたしたちの多くが過剰に重んじている感情は、どちらに所属するのでしょうか?もちろん、全てが影響しあい関連しあっていますが、敢えて無理やりでも分けるなら、感情は肉体に属します。

意識の持ちようで感情を変えることはできますが、感情は意識には属していません。急に過去のうれしいこと・悲しいことを思い出せるのは、肉体に感情が貯蔵されているからです。例えば、悲しみをリリースする肉体のツボに適切に働きかけると、それだけで床に水たまりができるほど、悲しみをリリースできるケースもあります。

「気持ちだけ変わればいい」と、穏やかでいられることを、大きな成果とみる視点は、感情が肉体に属することを全く理解していなくとも、とれる視点です。肉体があるということが、生という状態です。みなさんには、もっと肉体を尊んでいただきたいと思っています。

あやまった調和。

英語は英語で考えるのですが、久々に日本語を英語になおしたら、英語表現自体が混乱し、英語の先生が “Time traveling question. Too confusing for my small brain.” とユーモアで返してくれました(笑)。おはようございます。吉野実岐子です。

高い建物の屋上が緑化してあったり、上れないと思っていたところが、ウッドデッキとして解放されていると、ワクワクします。気持ちは理解できます。

最近は、そういうところでのヨガ教室なども、増えました。確かに、地上より空気がいい日もあるでしょう。

でもね、それはあやまった調和の生み方なのです。景色に強弱があろうと、予想外の驚きがワクワクさせようと、穢れた空間であることに変わりはありません。

もし、あなたのヨガの先生が「街と一体になったから、心が穏やかになるのです」と満足げに言っていたら、その先生からは離れましょう。そして、できるならば、街という穢れと一体になることは、生物の進化にとってあやまった方向であることを、教えてあげてください。

街と一緒になって、心が穏やかになった瞬間、あなたはさらに鈍ったのです。だから、穏やかになりました。穏やかさ自体は何の指標にもなりません。心の平和は、あやまった方に進んでも、得られてしまうため、ベンチマークやマイルストーンにはなり得ません。

子供の冷えに気づく。

ブエノスアイレスのグラフィティアート、楽しいです。おはようございます。吉野実岐子です。

「冬だから冷えるでしょ」「年を重ねると冷えを感じるもの」と思い込んでいませんか?かつて「子供は風の子」と言われたこともありました。子供だから冷えないのでしょうか?

実際は、3歳くらいの幼児でも、触ってみると驚くほど足裏が冷えています。足が冷えたまま、部屋だけ暖かいとのぼせます。頬の赤さと裏腹に、足は氷のようです。そうすると例えば、よく転ぶようになります。お子さんの足裏を実際に触って、体温調節を助けてあげてください。

子供が大人より身体の通りが良かったのは、昔の話です。今は、幼稚園児でも、身体の中が「渋滞」しています。詰まりを取りたくて、感情表現が大袈裟になったり、暴飲暴食に走る子もいます。地団太や「あれ食べたい、これも欲しい」を真に受けず、身体の詰まりが取れるよう、休日に連れ回すことを止めたり、徹底的にきれいに掃除したお部屋で寝かせてあげることは、とても大事です。

シャワーですます大人が増えていますが、きちんと湯船に浸からないと、身体は詰まったままです。お子さんのことも、どの季節も毎日きちんとお風呂に入れてあげましょう。基本です。

里山と奥山。

今回の大雪、京都市西部は50㎝積もったそうです。京都駅周辺は溶けたようですが、お車の方は雪仕様が望ましいでしょう。おはようございます。吉野実岐子です。

里山をご存知のみなさん、奥山はいかがでしょうか?里山は自然界と人間界の間の、縁側みたいなところです。人が入っていいいていい場所です。

里山と奥山の間に、神社や祠がある地域に住む方は、奥山は人が入ってはいけない場所で、ときにご神体そのものであることを、ご存知でしょう。奥山は、鳥獣の生育環境も維持しますし、貴重な水源をまもることにもつながります。神社は、里山と奥山の間の境界を表していました。

戦後、森林伐採の際、里山と奥山の区別なく、伐採が進み、建築建材になる木々が植林されてしまいました。ここでもまた、あるべき境界が乱れ、尊重されなかったのです。

例えば、幼児が座ってご飯を食べなかったり、なかなか寝ないなど、すべて親の境界の問題が反映されているだけです。家庭で見られる境界の乱れは、山に至っても見られるのです。むろん、海や他国でも見られることです。すべてがつながっているからです。つながりとは、あなたを気持ちよくする、都合のいいものではないのです。

境界をきちんと設けることは、排除ではなく尊重です。この違いを大人がしっかりと学び、実行していくことは、山や海をまもり、世界から争いを減らしていく確実な一助になります。