信州とマンモス。

こちら引っ越してから、新幹線で通る場所の多くが、都会に見えるようになりました。東海道新幹線内でふと目線をあげたら「浜松駅を通りすぎました」の表示で、まじまじと外を眺め「浜松って、ここよりずっと都会だ~」とびっくりしました。京都に住んでいた時には、思い浮かびもしない言葉が自分から出てきました。

昨日、長野に行く途中、高崎(群馬)を通って「うわぁ~ここには住めない(ほど都会だ)」と思いました。東京に住んでいた時、高崎はこじんまりとしている印象でした。これもまた、ここに住まなければ、自分から出てこなかった反応でした。

長野についても「あぁこのくらいだと、便利だな」と思いました。京都在住時には「うーん、ちょっと不便かな~どうかな~」と見ていました。東京に住んでいたころ、今の場所は選択肢にもありませんでした。今住む場所の地名を知ったのは、今年です。あんまり知らないまま、得意の直感で、ちょいちょいっと動きました。

長野は変わらず、とことんバランスがいい場所でした。すべてが等身大で考え抜かれた、つまり洗練された知的なものが多くて、安心してそのバランスに身を委ねられる感覚でした。「だから、住む候補に入っていたんだな」と、改めて自己確認できました。人との距離感もびっくりしない気持ち良さです。

お墓参りに行ったのですが、お墓は長野駅から遠いのです。京都にいた頃は、不便に感じていました。しかし今の土地を知った今「一時間にニ本もバスがあるなんて」と感動しました。(ここでは、駅~市役所までのバスは一日に二本です)

お墓の掃除をして「ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん、わたし来たよ。すべてはあなたがたのおかげです。あなたがたがわたしにすべてを与えてくれました」と伝えて、清まってくださるよう、お願いしてきました。

ほんとうに、ご先祖様あってのこの感動と感謝です。わたしたちはみんな、マンモスとたたかった勇敢さをちゃんと体内に秘めていると、心から思います。そこから、あなたを悲しませない時代も、地球を悲しませない未来も、創っていけるでしょう。