夕方が「消えない」暮らし。

おはようございます。吉野実岐子です。

わたしの住む辺りは、夕方がちゃんとあります。だから、何をしていても「あぁ、もう夕方になっちゃった」「気づいたら夜だった」ということがありません。夕方が消えてしまうことがないのです。

一番暑い午後3時、山では蜩が鳴き始めます。そうして「もうすぐ夕方がくるよ」と夕方のイントロを奏でてくれます。だから「はっ!夕方」というドッキリ感がありません。そして「この暑さは一体いつまで続くのか」と、暑さに飲み込まれることもありません。

夕方になると、五感で感じるすべてが一変します。まるで「夕方さん」「夜さん」のように、性格も特技も嗜好も別の人が、目の前に現れたかのようで、それぞれの音や匂いを嗅いでは、畏怖の念を感じます。自然と調和する暮らしとは、こういうことだったのではないかと、思い始めました。

都市で生活していたときは、自然と調和する真似事をしていただけだったのではないかと、思いました。どんなにベストを尽くしても、そこには都市というシステムの限界があって、生態系というシステムに一定以上深く関われないようになっているのではないかと、思い始めました。野菜を育てたり、旬の物を食べたり、保存食を手作りすることは、自然と調和しようとしている(つまり調和できていない)暮らしに過ぎなかったと思います。

自然と真に調和していれば、、時を忘れる/時から忘れられるということが、起こりえないのだと思います。夜更かしや「気づいたら夕方」のような、時のはざまに落っこちる経験は、しえなくなるのではないでしょか?