醜いと言われ続ける。

夜中にキジが鳴いていました。おはようございます、吉野実岐子です。

今日もクライアントさんから掲載許可を頂いたことを、ご紹介します。

その方は小さいときから、お母さんに醜いと言われ続けました。「太っている(事実:明らかに標準体重内でむしろ細身)」「毛深い(事実:標準的。たとえばクライアントさんがお付き合いした人にそれを指摘されたことはない)」「鼻が低い(事実:西洋人に比べればそうだけど、日本人としては平均的)」といったことを、小さいときから言われ続けたそうです。(実際はもっとですが、差別的な表現が含まれるので、ここでは控えます)

二十歳くらいの頃、その方の中で、臨界点に達した感覚があったと仰いました。過激な夕飯抜きダイエットを実行したのです。自分の中で何かがぶちっと切れた感覚があったと仰っていました。毎日ふらふらして、生理も止まりかけて、その様子を見て、お父さんがお母さんを叱りつけたそうです。それから「太っている」とは言われなくなって、でも今度はお母さんのご飯は食べられなくなって、自分で作るようになったと仰っていました。

これは、十分虐待に相当することです。大変バランスのいい、忍耐力のある方で、相当耐えたのです。しかし何事にも限界はあるもので、それが二十歳の時だったのです。

クライアントさんは、お母さんがお母さん自身のことを醜いと思っていて、それを自分に反映しているだけだと頭では知っていたけれど、そして自分が太っていないとよく知っていたけれど、あまりにも言われ続けて、二十歳のときに立つ瀬がなくなって「なんだかすべてどうでもいい」そういう感覚になった瞬間を迎えたといいます。

このように「安全が脅かされる」「境界を踏み越えられて侵入されている」経験がつづくと、自分のいる世界が操縦不可能な世界だと強く感じていきます。「こんな場所にはいたくない」と思うので、自分が操縦できる「食べる」ことを、ゼロにしてしまうことがあるのです。クライアントさんの場合は、ゼロではありませんでしたが、方向としては同じでした。自分が自分でいることを安全だとは思えなくなってしまったのです。

みなさまには、これが十分虐待に相当するという認識を、まずお持ちいただきたいと思います。

そして、何らかの理由で「ここが自分のいたい場所だ」という感覚が芽生えると、健康的に食べられるようになっていくこと、回復していけることを添えておきます。