お家で洗ってみよう。

熟成度合いを自分で調整できるお味噌が届いて、ワクワクしています。おはようございます、吉野実岐子です。

昨年から、お家で洗えるものは、なるべくお家で洗うことを大切にしています。そうすると、その物のバックグラウンドが見えやすく、行程に関わった人や作業を想像しやすくなります。つまり、地球にやさしくあれる助けとなると感じているからです。

今日は、そのためにわたしがメモしたことを、シェアします。お役立てください。

1. ドライクリーニングでは、ほこりと新しい油の汚れしかおちない。汗などの水溶性の汚れや無色の果汁などは、残ってしまうので、改めて水溶性の汚れは落としてから、ドライクリーニングに出す。
2. 白シャツの黄ばみは、洗剤のすすぎ残しが原因。だから、弱酸性の洗剤をお湯に入れて、10分ほど煮洗いするととれる。
3. 帽子の型崩れ防止には、紙でなくタオルを詰める。
4. 靴には1日コップ1杯分の汗が吸収される。
-週2~3回履く場合は、週1度お手入れする。
-革が乾いたまま履くと、汚れを吸収しやすく染みになりやすい。
-柔らかい部分は馬毛のブラシで、凹凸のある部分は豚毛のブラシを使う。
-表面にクリームが残っていると、ひび割れや汚れの原因。
-シューキーパーは、革切れの原因にもなるので、パンプスなどはペーパータオルを詰めておけば十分。
5. 革のスニーカーは、泡タイプの専用クリーナーで汚れを落とす。
6. 羽毛布団やダウンケットは洗える。
– 浴槽などに、30℃以下のお湯~水に、ウール用中性洗剤をとかして、羽毛布団の空気を抜いて、できるだけ小さくたたみ、10分ほど押し洗いする。
– 洗濯機で軽く脱水したら、浴槽にもう一度戻し、きれいな水で十分にすすぐ。この行程を、3回以上繰り返したら、最後に十分脱水する。
– 日当りのいい場所でつり干しする。ほぼ乾いたところで、羽毛をほぐして高さをととのえる。軽くもんだり振ったりして、ふっくら仕上げる。

9月も最後ですね。わたしたちは、ひたすらやさしさでありましょう。

Earth Puzzle

We each of us are a part of the Earth. For example. foxes are also a part of the Earth. Crows are a part of the Earth. Herrings are a part of the Earth. We each of us are like a piece of Earth puzzle.

When I ask people “Do you want a clean and purified Earth?” all of them answered, “Yes, of course.” But amazingly, none of them follow up on their answer to have a clean and purified body. If we need a clean and purified Earth, pieces of Earth like humans, foxes, crows and herrings needs to have a clean and purified physical body.

So I would like to suggest that you keep on thinking about how and what you can do to have a cleaner and more purified body. Thinking is creating. When you think for yourself, your thoughts leads you to act.

等身大で生きるから、連鎖が止まる。

ミツバチさんの大好きなレモンバームを植えました。おはようございます、吉野実岐子です。

昨日の続きです(掲載許可を頂いています)。親のコンプレックス≠あなたというお話を書きました。では、そのまた親(養育者のまた養育者)、つまりあなたの祖父母にあたる方は、どうだったのでしょうか?

昨日は、ある方のお母さんからの関わりをオープンにさせて頂いたので、今日はそのお母さんのお母さん、ある方のお祖母さんがお母さんに何を投影していたかについて、書いていきます。

まず、クライアントさんから見たとき、祖母にあたる方は「こうありたい」という理想を自分に押し付けて、そのために時々嘘もつく人であることに、子供ながらに祖母の弱さがよく見えていて、でもそれを口にしてはダメだと思っていたそうです。なぜなら、その祖母にクライアントさんはとても可愛がられていて、それは実の母(祖母からすると娘)がそのクライアントさんに嫉妬するほどでした。

小さいときから、祖母の嘘や演技ぶった様子を冷静にみながら、一方でお母さんからの嫉妬も冷静に見ていて、居場所がなくいたたまれなかったと言います。さらに、祖母は自分を可愛がっているようで、実は「こうありたい」という理想を自分に押し付けているだけだという、ぞっとする感覚もあって、そこに祖母の悲しみをみていたといいます。子供は本当によく見ていますね。

祖母は自分の叶えられなかった、お金持ちになることやいい学歴を持つことを、娘(親)に叶えさせようとしましたが、それは祖母の期待通りではなかったのです。そのため、生まれたばかりの孫(クライアントさん)がいい標的となりました。クライアントさんは、祖母がお金持ちやいい学歴に憧れながらも、謙虚に生きようともするその姿に、大きな矛盾を感じていたといいます。簡単にいうと、クライアントさんの祖母は、等身大であれない欲の大きな方でした。その方が娘(親)に何をしたかというと、上に書いたように、自分の望みを叶えるために、娘を利用したのでした。

そうなると、娘(親)は「愛された」という感覚よりも「いつまでも認めてもらえない」感覚が強く残ります。クライアントさんの祖母は、もうなくなられていますが、お母さんは今でも「お母さん(祖母)はわたしを褒めてくれなかった」というと言います。小さいときから「お母さんが褒めてくれない」と小さな自分に訴えてくる親の姿を見て、クライアントさんは育ったのです。これは、親が子にしてはいけないことです。

「いつまでも認めてもらえない」感覚の方が強いと、人はしばしばその人を崇拝の対象のように、距離の遠い存在に仕立て上げます。「だから、認めてもらえなくて当然だ」と、自分の中で筋が通るように、物語を紡ぐという弱きに流れるのです。クライアントさんは、小さいときからそうしたもつれをかなりクリアな状態で見つめてきました。つまり、祖母が母に自分のコンプレックスを投影し、祖母は母に祖母自身を見ていて、母を見ていないことに、気づいていたのです。そして、同じようにやはり、母はクライアントさんに母自身を見て、クライアントさんを見ていないことが、やりきれなかったのです。

やりきれないと思う時に、親がおしつけてくる理不尽な思い込み「あなたは金遣いが荒い」といったことを、受け入れて、「だから自分が悪いのだ」と思うことで、筋を通そうとし始めます。これもまた、人間の弱さなのです。クライアントさんは自分の弱さに気づいて、正しい道筋にご自身を戻されました。

家族の中で隠されたコンプレックスが、どのように連鎖するか、少しはお解りいただけたでしょうか?連鎖しないこと、つまり、等身大で生きていくことがいかに大切か、以前よりは受け取って頂けたでしょうか?いかに、あなたから始めていけるか、ご理解いただけたでしょうか?

親のコンプレックス ≠ あなた。

五本指ストッキングなんて、出ているんですね。おはようございます、吉野実岐子です。

親など長期間共に過ごした人から、ずっと言われてきて「一部当てはまるともいえるが、しかしどうも腑に落ちない」と思うことがあるなら、今日この記事を読んだ方は、楽になれるかもしれません。

ひとつわかりやすい例を挙げますね。(掲載許可を頂いています)

その方は、特殊な子供時代を過ごしてきました。洋服や髪型の選択権が全くなかったのです。「お金を稼いでいるのは親だ」と言われ、「こういう髪型は嫌だ」といっても通らないし「このコートの形は校則で規制されているから、着ていきたくない」と言っても親から強制され、結果的に校則違反で学校で叱られる、そんな子供時代でした。親から「あなたは学校より厳しいルールのもとで育っているから、学校の校則なんてなんともないでしょ。感謝しなさい」と言われたときには、ぞっとしたと言います。そのくらい、親に依存された子供時代でした。

そんな中、その方はとかく「あなたはお金に無頓着だ」「あなたはお金の無駄遣いばかりしている」と言われて、育ったそうです。見る目のある方で「いいな」と思うものはすべて本物で、結果的にけた外れのお値段がついているものにばかり、惹かれてしまったそうです。その様子を(買ったわけではないのに)親からは「身の程知らず」と言われて、何度も言われている内に「自分が気づかないだけで、本当は無駄遣いばかりしているのかもしれない。本当は身の程知らずなのかもしれない」と、どうしても思ってしまうようになったそうです。そして、そのことにひそかに苦しんでいたそうです。

だから、事実の確認をしていただきました。実際に親が同じものに使う金額を調べたり、過去に親がつかったお金の流れを知っていただいたのです。そしたら、例えば靴にかける費用は、親はその方の倍以上、アクセサリーにかけるお金は親がその方の10倍以上、実はお金に無頓着なのは親の方だったのです。「お金がないから」と言われて、「だからうちは旅行に行けないんだ」と思っていたけれど、使い方を工夫すれば十分行ける範囲に会ったことを知って、愕然とされたそうです。

実はこういうこと、とても多いのです。簡単にいうと、親が子供に言っていることが、自分自身(親自身)の変えたいけれども変えれないでいる、コンプレックスにあたることに過ぎないということです。親は子供に自分を投影して、モノを言うことが非常に多いのです。

事実を確認してみれば、親からのコンプレックスの投影を本来の自分像だと、子供ながらに必死に信じた結果、もつれてしまったことがほとんどです。思い当たることが、ほんの少しでもあるなら、ぜひ事実を確認してみてくださいね。親のコンプレックス≠あなた、です。

In a Dysfunctional Setting.

Do you feel the Earth through your six senses rather than knowing the Earth through media?  Most people do not know about their body despite knowing what happens on the opposite side of the Earth. Don’t you think that it is very strange?

It shows our dysfunctional body. When we have a dysfunctional body, we rely too much on our head which is a part of the body. It is the same as a company which relies on their head office excessively.

Currently, every family is dysfunctional. Each nation is dysfunctional. And Earth is dysfunctional. We are always in a dysfunctional setting, if we do nothing. I think that our first step is feeling the Earth through our six senses and knowing our body in detail before checking media and knowing about the opposite side of the Earth.

We need to break free from a dysfunctional setting for all of us.

わたしのせいじゃないなら、あなたのせい。

塗り物と大相撲に注目中です。おはようございます、吉野実岐子です。

つい「私が悪いのかな」「わたしのせいだ」と考えがちでしょうか?そういわれて「自分のせいにしているのだから、いいじゃない?」と思われるでしょうか?

実は自分のせいにする人は「わたしのせいか、あなたのせい」という世界に住んでいます。わたしとあなたが分断され、橋がかかっていません。さぞかし緊張することでしょう。

そうすると「あなたのせいじゃない」アピールのために、「すみません」を連発することにもなります。自分で自分の肩身を狭くし始めてしまうのは、見ていても苦しいことです。

思い当たる方は「不安から分断する」のではなく「不安を安心にかえるよう、相手と協力する」ことを練習していきましょう。

誠実に練習さえしていけば、あなたの誠実さがあなたを望む世界へ連れて行ってくれます。

Gratitude

I sometimes see some people say, “Thank you,” to make themselves feel stable but it is a form of self-absorption. I also sometimes see that some people say, “Thank you,” before they talk to me, to guard themselves from something based on their imagined fear or anxiety. These behaviors seem creepy to me.

Gratitude is not only expressed in words. Even if we say, “I don’t like you,” we can pour the energy of gratitude into those words. And if we truly feel gratitude, we cannot stop sincerely making efforts to have a clean and purified physical body as a part of Earth. Because clean and purified matter has an energy that stabilizes everything.

When we use gratitude to make us stable, it is a greedy and escapist action.

気持ちを上げる?

本やCDを売ったお金を大学の奨学金にできる寄付制度を、明治大学や東京大学などと株式会社バリューブックスが協働しているそうです。すてきな取り組みだと思い、ご紹介しました。

おはようございます、吉野実岐子です。

多くの方が「気持ちを上げる必要がある」こう考えているようです。転じて「気持ちがあがるのは、良いことだ」と、解釈を深めていらっしゃるようです。

一歩下がって、ご自身のいるそんな環境を見てみましょう。

実は「気持ちを上げる必要がある」時点で、病んでいます。既に機能不全です。

「気持ちを上げる必要がない」生活環境や習慣をととのえていくのが、機能を回復していく近道です。

一度にすべてをやろうとするのは、欲です。一歩ずつ回復していく確かな道のりに、ご自身をのせてあげましょう。

健全さ。

長雨の影響か、都内の公園でも京都のお寺さんでも、変なきのこをたくさん見かけました。

おはようございます、吉野実岐子です。

ブログポストとしては、随分とおそくなりましたが、この度、度重なる地球の異変から、認識しやすい形で影響をうけたみなさまに、謹んでお見舞い申し上げます。

大変な痛みを感じており、みなさまの喪失感や不安や悲しみの大きさに、沈黙であることを通じ、微力なりに添わせていただいていました。

この時代、わたしたちが健全さでつながり、共に健全さをまもり保つことは、大変重要なことのひとつです。

すべての変化には、重要性を見いだすことができます。そこからさらに健全さを紡いでいくことで、未来を塗り替えることができます。

共に、健全さを携えませんか?

「ねぇ、ここにいていい?」

久々にロケ現場に遭遇しました。暑いのにダッフルコートの集団がずらり。おはようございます、吉野実岐子です。

「ねぇ、ここにいてもいいの?」この問いは、ほぼ全員もったことがあるでしょう。

人間だけでなく、猫なんかも「ここにいてもいいの?」と聞いてきますよね。

ここまで読んだだけで、涙ポロポロの方もいらっしゃるでしょう。あの頃、あなたの小さな胸をいためていた問いは、あなたの記憶の扉をひらくからです。

「自分はここにいていいのか」この所属についての問いの先に、戦争も平和も展開していきます。

そして、所有と所属は、よく混同されます。「わたしのものになるなら、いていいよ」「使わせてもらえるなら、どうぞいて」そんな風に、根源的な「ねぇ、わたしいてもいいの?」という精一杯の問いかけを利用する大人の、なんと多いことでしょうか?

男女間でも親子間でも、あまりにありふれていて、都市でカラスを探すのと同じくらい簡単です。

このことについて、もうすぐメルマガに記事を書けると思います。お待ちいただけたら、とてもうれしいです。

今じゃなくてもいい。

「いまわのきわ」は「今わの際」と表記するんですね。
おはようございます、吉野実岐子です。

恐怖や不安から、何かに手を伸ばしていませんか?すがっていませんか?

そういうとき、こんな視点を提案しています。例えば「あれ買わなくちゃ」と思うとき、「わたしはあれを売っているお店の持ち主」と思っていただきます。そうすると「いつでも買えるなぁ。それならいつでもいいかも」と思えてきませんか?

さらに「今回手に入れられなくても、わたしなら、さらにいい物を仕入れられる」と発想も転換していきませんか?

今じゃなくてもいいものにすがることを止めれば、実際さらに良いものに出会いやすくなります。視野が広がっているからです。

今じゃなくてもいいと思えると、心にも余裕がうまれます。ガツガツしないと、大人の風情も漂いますね。

取り掛かれないとき。

WSを海外ともやっていたころは、早朝の高速道路で運転しながら参加する人もいたりと、ギョッとすることも色々ありました。

おはようございます、吉野実岐子です。

昨日の続きです。自分の中の安心安全の基準を高めていくと、自然と冒険したいという気持ちが立ってきます。無理やり自分を冒険家にする必要はないのです。行動はぐいぐい自分を押して、生むものではありません。

何かに取り掛かりたい気持ちは十分にあるのに、取り掛かれないなら「取り掛かれないくらい、わたしは安心したい気持ちが強かったんだな。ここまで、それが叶わない状態で私は生きていたんだね」と、ご自分に言ってあげてください。「言ったけど、やってないじゃん」ではなく「言うことはできた、あとはやるだけ」と言ってあげませんか?

もっというなら、部屋の掃除は人に頼めるものですが、自分を見つめることは自分にしかできないことです。だから、まずは人任せにできないことを頑張れているご自分を、ちゃんと受け止めてあげましょう。人任せにしてもいいことを後回しにしているなら、まずは大丈夫なのです。優先順位を間違えていないご自分に、しっかりアンダーラインを引いてあげて、ご自分を支えてあげましょう。上手に向き合えているからこそ、どんどんあなたの課題が見えてくるのです。

「このままだったらどうしよう」「どうなるかわからないとうまくやっていけない」という記憶は、あなたの持ち物に過ぎません。いつも毛布をかかえて歩く子供のように、記憶という持ち物に依存せず、自分を受けとめ、支えていきましょう。

目がくつろげて、耳が気持ちよくて、お尻がほっとする、そんな部屋をゆっくりあなたのペースで、つくっていってみてくださいね。

部屋の掃除を後回しにするとき。

WSをやっていたころは、電話会議システムにかけると、唐突に中国語が流れたり、急にシステムダウンしたり、色々ありました。

おはようございます、吉野実岐子です。

さて、部屋を掃除が後回しになるとき、あなたは安心したい欲求や承認欲求を抑圧しています。お家の中に、あなたが心の底から安心できる安全な場所をつくることは、とっても大事です。一か所つくれば、あなたの中の安心安全の基準が高まり、その結果、おうち全体へその安心安全も波及します。

自分の中の安心安全の基準が高まると「わたしってこの程度」とは、思わなくなります。自分への信頼を高めてあげられるし、自分は大事にあつかわれる存在だというメッセージを、自分に送ってあげられることになります。

「そんなこといったって、○○だからできない」と、傷を理由にするから、あなたはじめじめしてしまうのです。傷を理由にしないことこそ誇りであり、傷≠あなたであると受けとめる勇気は世界をへいわにします。

自分の安全安心基準に敏感になっていくと、それを乱す人や環境を選ばなくなります。仕事が忙しいから外食ではなく、仕事が忙しいからこそ、簡単でも手作りのものを落ち着いて味わう30分を大切にしようと、発想が転換します。そして、みんなの幸せを自然と考えられるようになります。だから、例えば、動物園の動物の居心地の悪さがダイレクトに感じられて、人に都合よく連れてこられた動物を見て、ひたすら悲しく悔しくなります。

部屋の掃除を後回しにしている間は、みんなの幸せを自然と思う状態には、入れませんから、利己的でいられます。明日はこの続きを書きますね。

「ない」を探す傲慢さ。

大阪に森ノ宮という 駅(JR環状線)がありますが、森のくまさんが流れるんです。

おはようございます、吉野実岐子です。

「ない」と思っている人は「AなはずなのにBだ」と、「A-B」部分が「ない」と信じこんでいます。これは大変傲慢なことです。というのは、「Aなはずだ」という前提がまちがっている可能性に、一ミリも自分をひらいていないからです。

実のところ、前提はBだったりして、「ない」あなたからみてやっかみや憧れの対象となる人の方は「前提はBである」ことを当たり前に受け入れていたりします。むしろ、前提はBだと素直に受け入れているからこそ、Aという状態を得られただけです。そして「A-B」部分については、その影響に責任をとろうと思っているだけです。

「足りない」「どうせわたしは」「あの人ばっかり」そんな思いをもつ方は、ご自身がいかに傲慢だったか、無責任さを自覚なさってください。

苦しみと幸福。

奈良で鹿のブックカバーを買えて、満足です。おはようございます、吉野実岐子です。

機能不全家族で育った方ーつまりほとんどのみなさん!ーは、大抵「いい子」です。

あんなに苦しかったのに、それでも幸福を感じた瞬間もあったと思い返すと、みなさん「ほんとは幸福だったのに、わたしが苦しいと思い込んでいただけなのだ」と、自分を追い詰めます。その姿は、涙ぐましいほどに「いい子」です。

現実とは、真逆の知覚で捉えられていいものです。苦しいし幸福だし、でもやっぱり苦しいし幸福なんです。

苦しいか幸福かの二者択一を、ご自身に突きつけなくていいのです。傷口に、塩を塗らなくていいのです。

あなたはただ、苦しくて幸福だった子供時代を過ごしたのです。苦しい幸福な思いをしたみなさん、ここまでよく頑張り抜きましたね!

心に余裕をもつ。

「化粧品という言葉が似合わない」と言われました。面白いなぁ~。おはようございます、吉野実岐子です。

心に余裕を持ちたいなら「もっともっと」をやめましょう。

「もっともっと」と前のめりに高揚しているとき、あなたはただ混乱しています。心に余裕はありません。混乱はほんとうに苦しいものですね。

「少し足りない」くらいが、あなたから知恵を引き出し、創造力を養ってくれます。

求めることを一時停止すると、求めていた物や人とあなたの間に、空間が生まれます。空間が生まれると、止まっていた時も流れはじめます。それが、心の余裕として認識されていきます。

迷ったら、まずは「少し足りない」を選んでみませんか?そして「少し足りない」を創造性で補っていく、これからはそんな風に生きてみませんか?