女性として自分を愛する。

連日、たくさん歩いてます。

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そしたら、つばめの家族にも、出会いました。だから、今日は家族の話を書きます。

家庭内で、何らかの理由で、お母さんがお父さんからのサポートを得られないと感じ、孤独感を味わっていると、たいてい、お母さんは息子を、息子ではなく、自分の恋人のようにしてしまいます。息子と娘がいる場合、娘に対してと息子に対して、結果的に態度が大きく違ってしまうのです。

あるいは、お母さん自身が、孤独やむなしさを埋めるために、結果的に娘にだけつらく当たったり、お手伝いのようなもっともらしい理由の下、利用してしまうことがあります。本当は、お母さんは娘にとって「女性として自分を愛する」お手本です。娘は、お母さんを真似しながら、女性として自分を愛していきます。

それがない場合、お母さんから娘は、「だんなさんから、愛されようとし続ける寂しさ・孤独感」「(なにかしらの)恥という感覚の上で成り立つ自分」の方を、お母さんから継承します。意図的にするお母さんは、まずいないでしょうが、このような形で、記憶は連鎖していってしまいます。

そうすると、どこかで「男性に愛されることで、女性として満たされるのだ」と、娘は思うようになります。男性によって補われているので、男性がいなくなると、松葉杖がなくなった感覚ですから、パニックになります。「男性に愛されるように」がんばることが、幸せになることだと、思い込みます。

「だんなさんに振り向いてもらえるように」と、必死だったお母さんの記憶を続けていくのです。娘さんにとって、お母さんは、無防備に接することのできる女性ではなかったという表し方もできます。無防備に接すると傷つけられたので、女性である自分を無防備に女性の前に開く経験がないまま、育っていくのです。

今、上のお母さんにあたる方も、娘さんにあたる方も、回復を望むなら、身の回りに、無防備に接することのできる、屈託なく話せる女性の友達をみつけてくださいね。無防備でいられるコミュニティに、自分のペースでいくつも属して、自分を積極的に癒していってください。

女性として自分を愛せていない人は、たいてい、卵巣や子宮周りに病を抱えたり、ひどい月経痛を経験しているなど、身体が教えてくれています。心が抱えきれなくなった痛みを、身体が抱えてくれているのです。(したがって、これは身体の声ではなく、心の声です)

上に書いたことは、すこやかにリーダーシップを発揮していく上で、みなさんが思う以上に、ずっと大切な点です