あなたの身体なのに、他人の視線にゆだねていませんか?

「この年齢だと、このくらいの身体なら、まあまあよね」「仕事上、もっとこういう身体であることを、暗に求められてるんじゃないかな?」「寒いと思うけど、冷え性の基準は知らないから、冷え性ではないかも」そんな風にあなたの身体を、他人の視線にゆだねていませんか?

わたしたちは、身体という空間に住んでいて、身体がなくなると死にます。一般に、死んだと認識されます。

それくらい、生きることは「身体ありき」ではないでしょうか?その身体をいかなる理由があろうとも、他者の目線にゆだねてしまうことは、根本的にまちがっていませんか?あなたは養鶏場で、低コストですばやく育て終えられる羽のない鶏(注:実在します)では、ないんですよ。でも、ご自身を同じ視点から、ご覧になっています。今、気づかれましたか?

あなたの身体という空間と、周りの地球空間を隔てるのは、たった一枚の皮膚です。あなたの身体の中で起きること・あなたの身体の外で起きること、その両方に、あなたの身体はせわしなく対応していっています。あなたの身体は、驚異的に繊細なものです。それを鈍らせて、他人の視線から見た基準に合わせることは、決して大げさではなく、自殺行為です。

例えば、あなたがモデルさんなら「こういうモデルさんもいていいね」と、周りからいわれるように、モデルという枠組みの方を、変えていってください。変えるのは、あなたの身体ではありません。ヨガのインストラクターさん・ダンサーの方も、同じです。そして、実際そうされているモデルさん、ダンサーさんなども、もちろん存じております。たゆまぬ努力と微細な調整能力の上に、それが実現していることを知っていますので、心からの敬意を表します。

あなたに見合った身体を、とことん大事にしていってください。それは、地球環境を大事にすることと、全く同じです。ただし、あなたの身体がひらいていなければ、永遠にそのことを自分事として受け取れないでしょう。