Work Life Synergy.

Everything can be divided into Yin and Yang. For example your teeth represents your Yin energy. Yin energy has no rhythms like your teeth. And if you rely on it too much, your life starts to lose its rhythms. So you naturally need to connect with your Yang energy because Yang energy has rhythms.

For example, if your work time relies on Ying energy too much, you have a lot of meetings which have no meaning. Those meetings have no rhythms. Taking back your rhythms into your work time and your work team, you simply need to find your rhythm. In the business world, it is called planning.

And if you want to do it more easily, please share your everyday work plans with each other in your work team. This creates harmony in your work. The point is, for the first two weeks, just find good points about each other’s plans. No advice and no criticism.

After two weeks have passed, usually people can open their eyes to the gaps between their plan and what they actually did. Then people can start creating their rhythm autonomously to feel comfort. At this stage, some advice is useful. Also you can change your work flow. For example, if you want to shorten meetings and have fewer meetings you can suggest having meetings while standing.

Through this simple process you can increase your autonomy at work. You will know how effortless it is to be lead by your autonomy. When your autonomy works well, your Yin energy and Yang energy are well harmonized. Then you can expand it into your life. After three months, when you look back on your life, you will find the synergy between your work and private life too.

2013/8/26 「怒りを感じた時、ポンと出せるようになった。」

38歳の女性が、ご協力下さいました。
インタビュー当時、コーチング歴は11か月目、リピーターさんです。

Q1. コーチングを始めた経緯を、教えて下さい。

「2006年頃、夫の提案でコーチングを知り、2008年にあるコーチングスクールで、一通り学び終えました。コーチングはモデルにあてはめるものだと思っていたら、そうではないコーアクティブ・コーチングを知って、数回体験して「さらに、英語でできたら、一石二鳥」だと探していたら、みきちゃんのサイトを見つけたんだと思います。

写真がたくさん並んでいて、手書きの文字で、あ、このサイトならと、思ったんだろうなぁ。そして、他のコーチは「私はこう思う」は書いてあるけど、自分の思想みたいなものまで、はっきり打ち出してはいないと感じたけど、みきちゃんはライターさんだったせいか、作品としての文章を書いている感じがして、そこも大きかったなぁ。

5年前は「みきちゃんは、わたしとちがう人。でもすごく惹かれる」と、遠目で眺めるような感覚だったなぁ。今回は、ワークショップに参加したり、単発コーチングを利用しつつ、他の人の単発コーチングも受けてみたりした中で、「スケールが他の人と違って、んーと高みから、人もひっくるめた地球の話をしたりしている人だけど、みきちゃんも弱みをもった普通の人なんだ」と感じて、主婦で子供がいるクライアントさんのインタビューも印象に残って、衝動的に申し込みました。

メルマガも2008年から読んでいるけど、見た目もスッキリだし、媚びたり阿るような我欲や、「女性性を大切に」みたいな「それ自分の話じゃん」という、動機に自分が強い我欲も感じない。我欲から出ていない。だから、読むと清らかな気持ちになるし、志の大きさが、自分に響くんだと思います。

我欲を超えているかどうかで、人を観るし、節約とも面倒くさがりとも違う、地球全体を捉えた視点から、自分も使わなくてすむものは、使わない選択をしてきたから。みきちゃんは、そこから話をしてくれるのが、一番惹かれるのね。」

Q2. 実際やってみて、コーチングはどんなものでしょうか?

「なーんだろ。もう玉手箱的な、定型を持たない。曇りガラスが段々晴れてくる感じの時もあれば、外からは見えないけど、こっちからは見えるマジックミラーの感覚の時もある。自分の中のAとBとCを開通させて、バラバラのものを、トンネルでつなぎ合わせる感覚の時もあり。キラーンという気づきを得る、きっかけにもなり、もやもやに突入するきっかけにもなるし、悲しみに出会う場でもあるし、大きい自分を発見できる場でもあるよ。

前は、「前向きな行動という結果を生まないと」という気負いがあったのが、段々なくなって、今は適当に受けてるけど、得られる結果は適当じゃない。フィードバックシートを、とても濃やかに書いてくれるじゃない?セッション中に、今の覚えておきたいとか全く思わないですむし、数日後にシートもらえるから、とても安心しているんだと思うの。それが、適当に受けられるポイントの一つだと思う。

例えば、怒りを感じた時、ポンと出せるようになった。以前は自分に落ち度がなかったか、ぐるり巡らせて「これは怒っていいよね?」「これくらいで怒ったらまずいかな?」と自問してから怒っていたから、結果的に、相手に伝えるタイミングがずれて、話をあとから蒸し返す形になってしまうことが多かった。

あとは、紹介してくれた動画にあった”Be brave to be imperfect.”も大きかった。「そっか、それは勇気なのか」と、しみじみ噛みしめたわ。前のフィードバックに書いてくれた「せっかく歩いている道なのだから、その途中も、ぜひ自分に優しくね」も、ちょっと躓いたりして、ふてくされたくなる時に思いだしては、夕焼け空を見上げるような気持ちというか、自分への包容力を思い出します。」

Q3. コーチングだからと、工夫したり準備することはありますか?

「セッション間の、普段の日に、問いを逃さないようにしているよ。セッション前は、先入観をもたない、なるべくスペースを空けるように、しているかな。でも、スペースが全然なくても、何だったんだと思う時も、次までのセッションの間に、豊かな時間をくれる時もあったし、何でもいいんだろうね。自分の人生で、自分の責任だとふまえているし、全部、自分に返ってくると感じるからね。

最初の頃「思い込みが多い。だから、能力が高いのに足枷になっていて、もったいないのよ~」って、言われて、それ結構覚えている。自分で見えてないから「あれ、そうー、もったいないのかぁ」って。

この間も「どんどんうっかりしちゃいなよ」とかさ、そういう自分が良しとしてこなかったものを、「いいじゃん、どんどんしちゃいなよ」と、どんどん普通にいつも、つくってじゃなく、みきちゃん本当に言うからさ。「なんだ、これもありなんだ。」って。希望を見せてくれて、自分と希望の間のつながりを示してくれるから、物事の多面性を意識するようになったよね。わたしが嫌だなと思うことを、わたしにとって、いい聞こえ方で言ってくれるし。

みきちゃんのワークショップに常連さんはいても、ファンっていう形で、人がつかないのも、大きいんだわ。純粋にその時間を楽しみに、自分のために来ていて「みきちゃんが、星(=ビジョン)を指差した時、星は見ても(=ビジョンの共有)、みきちゃんの指先は見ない(=ファンではない)」よね。

子供も二歳くらいまでは、指先を見るもんね。指先は、指す方向を示しているって、子供は、分からないんだよね。ファンは、子供と一緒だね。みきちゃんのワークショップに来る人は、濁りはあっても、澱んでない、大人の人達なんだよね。」

Q4. コーチングを通じ、あなたは、どんな風に変容されましたか?

コーチングを始める前は、身体を意識することが少なかったけど、身体・身体でやって、全体からみていけるようになって、不調の理由に、あてがつくようになり、不調から抜けやすくなったわ。

そして、今まで、妻・母親・先生など、自分の役割の中で、母親という役割が大事だと、あまり思っていなくて、母親は「やらざるをえないもの」だったけど「母親は大事だなぁ。今はがっつり、母親をやりたい」と、役割を再認識して、どの役割に比重を置きたいか見えたなぁ。選び直したんだよね。

ある呪文を唱えて以降、自分の母親との関係が、本当に変わって。あれ、大きかったな。しっかりしていると、周りから言われていたし、自分でもそう思っていたから、弱い所や不安だとかは、本当に揉み消してきたけど、そこら辺を、救い出せるようになっているのが、大きいね。自分の小さい頃を、追体験して、自分を知って「私こんなに気を回さなくていいんだ」と、ハッと我に返るのよね。

都合が、いい/悪いはあっても、考え方や気持ちは、いい/悪いで切り分けられないもので、何でもコインの裏と表で、何につけても裏があることに、普通に、思いを馳せられるようになった。例えば、人目を気にする時、「自分がどう見るかの方が大事ね」と思えたり、友達を気の毒だなと見ている時「この考え方は窮屈だし、いっぱいある考え方の一つに過ぎない」と、違う考え方も探すようになった。」

Q5. 最後に、私はどんなコーチですか?

「先日、あるワークショップで、自分と利害関係のある人を、どんどん同心円状に配置していくワークがあって、一番核の所に、夫・子供・みきちゃん、だったんだよ。だから、まったく自分の鏡というか。「みきちゃんだったら、こう言うかな?」は浮かぶし、それに対して自問自答するから、そういう意味ですごくバイタルな感じ。

コーチって、みきちゃんみたいな人のこと、なんでしょうね。天職じゃない?だって、別に依存していなくとも、いい感じになって来てるもん、自分が。その微妙なさじ加減は、コーチなんだよね。自力でやった感があるから。うまい塩梅なんだよね。つかず離れずだし、表向き。でも裏を返せば、一生懸命、いのちを込めていのちを懸けて。結局そういう真剣さが際立つから、それで好きなんだわ。

自分の時計で動けるようになって。最初の頃に、シンプルとシャープは違うと、話したじゃない?「気に入った物を定番にして、物自体を、減らしていきたい」が強かったけど、色々、自分の引き出しに持っていてもいい。「色々ある状態でも、それが良し。それはシンプルから離れることじゃない」っていうのは、大きかったしね。

みんな人生のステージは、全然バラバラで、だから自分のステージを正しく測ることが、大事。みきちゃんは、そんな懐中時計みたいなコーチかな。ポッケに入っていて、目立たないけど大事に持っていて、必要な時に取り出して、パカッと。頼りになるし、ふと我に返れる。自分の人生の時計で、今何時なのか、わかるんだよね。」

パーソナル・コーチングの詳細はこちらです。

和への回帰1。

身体の求める方に行くと、どうしても和に回帰していきます。パスタをつくるにしても、湯葉と千切りのきゅうりと千切りの海苔に、かぼすたっぷり〜、みたいになっています。

20代から、サンダルより下駄を愛していましたが、会社には履いていけないので、履ける時間数が短く、当時は、あまりいのちを吹き込めない履き方でした。

しかし、どんどん和に回帰したこともあり、奮発して、本当に気持ちよい竹皮下駄を買いました。二枚歯で安定しないように見えるのに、ヒールの靴やサンダルにみる危うさはなく、急な坂道もあるきやすいです。というより、急な坂道ほど真価を発揮してくれて、驚きです。足の裏がホッとする、素晴らしい歩きやすさに、感嘆しています!

しかも、靴より安く、しかも、ジーンズやシンプルな黒や紺など、濃い色のロングスカートやロングワンピを、粋にみせてくれます。

履いた瞬間は、竹馬を思い出す感覚です。(実はうち、竹馬あります(笑))普段、和の装いからは、ほど遠い生活のため、歩き方などを確認してみました。

・花緒の奥までグイグイ入れすぎず、手前にちょんと足を乗せる感覚で履く。
・踵が台から2~3cm出るのが和装履物の適切なサイズ。
・和装履物に左右はなく、長持ちさせてあげるためにも、たまに左右を取り替えて履くのが正しい履き方。
・二枚歯の場合、台の先端が地面に着くように倒し、爪先で蹴るように歩く。着地は後歯からではなく、2枚の歯で着地するように。
・歩幅は狭く、小股で歩くとより一層綺麗に見える。
・正しく歩いていると、前歯が自然に減り、後歯はあまり減らない。
・キレイに歯を減らす事が出来ると、立っているだけで前傾姿勢になり、自然と足が前に出るようになる。
・下駄には歯が減っていくと歩きやすくなる、という特徴がある。
・下駄も草履も、引きずるのは御法度だが、雪駄は、足を前に摺り出すように歩く歩き方もある。

こちらのサイトから、抜粋させて頂いきました。

身体の求める方にいくと、箱膳に惹かれたり、土間にぐっときたり、頭ではスキップするところに着地するので、本当に面白いです。

みなさんの身体は、みなさんをどんなところへ導いてくれていますか?

「ひたすら、行く先の人を大切に思う」

有名な近江商人ですが、豪商のおうちほど、家訓、家憲・家法・家則といったものが遺され、どの家にも共通して書かれているのが、以下の言葉だそうです。

・勤勉(仕事や勉強にはげむ)
・倹約(むだを省き、費用をきりつめる)
・正直(ごまかしがない)
・堅実(しっかりしていてあぶなげがない)

中村治兵衛家の家訓には、「金を借りて商売を拡げるな」があったそうです。銀行さんの言うことを、鵜呑みにしなくていいのです。

有名な「売り手よし・買い手よし・世間によし・三方よし」は、中村治兵衛家の二代目にあたる宗岸が、最初に説いたと言われているそうです。1754年、70歳の宗岸が、15歳の後継ぎである宗次郎にあてて、書いた遺言書「宗次郎幼主書置」には、このように書かれています。

たとえ他国へ商売に出かけても、自分の持ち下がった商品が、この国のすべての人々皆に気持ちよくよく着られるようにと、自分の利益ばかりを思わず、皆(お客様)が良いようにと思い、高利を望まず、何事も天道の恵み次第と自然なりゆきにまかせて、ただひたすらにその行く先の人を大切に思わなければならない。そうすれば、心安らかで、健康に暮らすことができる。常々、仏様の信心の行い、他国へ入る時には、以上のような心がけが一番大切なことである。

引用元:近江商人博物館にあったパンフレット

近江商人でゆうめいな、五個所(東近江市)は、のどかでうつくしいところで、見学できる商家も残っています。重要伝統的建築物保存地区にも、指定されています。お近くにお越しの方は、ぜひ、予定に組まれてみて下さいね。

朝ごはんのメニューが変わる時。

沖縄は、今日からお盆ですね。

さてはて、強烈に暑いというより、もはや痛い日々を経験していたら、朝ごはんが変わってきました。

台所に立つ時間がへるよう、ミューズリーに牛乳かけていただいたりしていたのが、こんな感じで、がっつり朝ごはんになってきました。もはや夕食のようです・・・。

・そうめん
・梅干しと海苔
・かぼちゃの煮付け
・刺身こんにゃく
・つるむらさきのおひたし
・冷奴
・きゅうりのぬか漬け
・茄子とししとうの煮浸し
・梨とぶどう

さらに、週に一度は、豚肉です。ステーキなんて、何年振りに食べたいと思ったか、思い出せないほどで、 scorching hotnessには驚いています。高温に、身体が危険を感じて、今までと必要なラインナップを変えてきている感じです。

初秋まで持つだろうと思っていたお酢も、使用量の増加に、一升瓶をあらたに買い込むことに、なりました。

色々な変化に注意深くなろうとしながら、過ごしています。少し涼しくなったら、身体をねぎらう秋休みをとろうとも、思っています。

ちなみに、ミラノも39℃になるらしいのですが、その時、イタリア人のみなさんは、1〜2ヶ月のバケーション中だそうです。正しい選択ですよね。

みなさんは、秋休みを取る予定は、ありますか?

ヨーロッパの人は、ほぼフォーシーズンすべてにおいて、2週間以上ずつ、休みますよね〜。だから、別荘持ちが、とても多いです。しょっちゅう、バカンス中の自動返信メールを、受信している気がシマリス。

基準となる感覚を掘り起こす。

少し前に、京都北部に行きました。特急電車が揺れすぎて、車酔い・船酔い用のpressure pointを押しながら、I could go through it.という感じでした。夕方着夕方帰宅の、一泊一日でしたが、行ってよかったです。

夕方着いたら、蜩が降るように鳴いていました。海沿いにすぐ山が迫っていて、そこから音が降ってくるようでした。そして、京都市内にはない涼しさがあり、その夕方の時間だけは、空気が甘かったです。「30年前は、祖父母宅のあった埼玉だって、こうだった(東京は、既に違いました)。」と、泣きそうになりました。30年前の埼玉は、空気が甘くて、空から星が降るように、山から蜩の声が降り注ぎ、夏の夕方は涼しくて気持ちよかったのです。

現実を生き抜くために、「去年よりまし」とか「あの地域よりまし」と比較して、自分をなだめるのではなく、自分が基準としたい感覚を、ちゃんと掘り起こし続けましょう。

ちなみに、写真左上は、宮津焼の箸置きで、丹後半島のお魚を表現しています。丹後半島をはじめとする、京都北部は、京都市民の台所ともいわれています。また、丹後のお魚カード(貝合わせのようなゲーム)が、全国のミュージアムショップで売っています。

みなさんは、基準となる感覚の中でも、どんな感覚を掘り起こせたらなぁと、願いますか?そのために、どんなことしますか?

秋の身体にむけて。

京都では、今年の夏を通して、ほとんど入道雲を、見ていません。37℃こえると、セミも鳴かなくなって、シーンとします。そんな中、動くものといったら、カラスと人間だけです。困ったセミさん達は、29℃程度になる、真夜中に一斉に鳴くようになってしまいました。

そんな中、かぼちゃが届いて、もうすぐ秋なんだな…、いや秋のはず…という気持ちです。お盆過ぎて、あっさりしたまくわうりも、出回るようになりましたが、今年は高温で少々不作気味のようだと、自然食品店の方が教えて下さいました。沖縄や高知をはじめとする土地の水不足も、気になります。(余談ですが、水道を外資企業に委託することは、絶対にしてはいけません。

きちんと四季があった以前の日本であれば、冬は神経系、春は生殖器系、初夏~梅雨は消化器系、夏は呼吸器系、秋は泌尿器系統が、身体のリーダーとなって、バランスをとっていくので、そこに合わせて、身体を楽器のように、調律していけばいいのでした。

今はもう少し、フレキシブルに対応していく必要があります。例えば、真夏でありながら、京都は乾燥注意報が出る日があります。今までなら、9月半ば過ぎてから、乾燥していました。

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ですので、少しミックスして、1.腎臓の動きを活発にするヨガのポーズ、2.暑いからと受動的に汗をかくのではなく、身体をゆったり動かして能動的に汗をかく、3.冷たいものは控えて、一日に一食は野菜のポタージュや茶粥のような、消化のいいものにする 4.内側から水分補給する(例:梨をたべる)、5.ヨガのねじれのポーズ 6. マスクをする(呼吸器の負担を軽くする)などを、同時に、バイキング形式でやっていくのが、オススメです。

今、ガンガン冷やして、肉をもりもり食べて、がしがし動き回れている人は、健康なのではなく、身体を鈍感にすることで、動き回れているという幻を生きています。それが幻だったと気づくのは、大病してからの人もいれば、秋バテしてからの人もいて、人それぞれです。

お盆過ぎの、今の時期からは、秋の身体を意識されること、強くすすめます。身体が揺れなければ、妙な惑いや迷いも、生まれづらいです。次回のメールマガジンでは、迷ったり惑って、困ってしまうなぁという人に向けて、お役にたてるようなことを、精いっぱい書きあらわしてみます。

変容の時に、大事にしたい感覚。

京都にくると、頭の上に重しがのるような、そんなエネルギーを感じます。

一方、九州は足元がなんだか面白い感じで、頭上でなく身の回りがわさわさするエネルギーを感じました。結果的に「びっくり!」「びっくり。」「びっくり!」とびっくりのドミノ倒しでした。色々なスケール、物の捉え方のちがいにも、まるで中国と地続きのような何かも、感じました。

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(写真は、日本海側の京都)

河原町(京都)から撤退した阪急が、博多にあるのも、びっくり。伊勢丹が数年で博多から撤退していたことにも、びっくり。小倉駅で階段をおりながら、上をみあげたらモノレールが走っていたのにも、びっくり。キリなくびっくりです。

みなさんは、最近どんなことに、びっくりしましたか?変容の時は、びっくり目白押しになります。びっくりは、とても大事な感覚です。ぜひ、スキップせず、丁寧にひろってあげてください。

部屋と家と空間認識。

こういう、ふつうの日本家屋が好きです。そして、階段や机の感じは、こういうのが好きです。

柳井(山口)でみた、小田家の町屋(油屋)は、現存する町屋としては、最古のものでしたが、奥行120メートルで、今でいう、学校・工場・会社・神社・図書館・VIPルームが、全部敷地内にありました。台所の隣にお風呂とお手洗いと、水場が一緒になっていて、風が吹き抜けるよう、いくつも坪庭があり、立派な神棚もあって、本当に住みたかったです。

shouka小田家の町屋(油屋)のパンフレットより

我が家に来た人は、物の少なさに驚くことが多く、最新のコメントは「美術館みたい」でした。確かに、尾道市立美術館を訪れた時、「家の一室に、この部屋(ガラスを割って、海を表現した部屋)があってもいいな」と、思いました。本音をいうと、「原っぱみたい」にしたいのですが、まだまだ、道のりは遠いようです。

これからますます、空間認識がかわっていくことが、分かっているので、どんな部屋や家や街を好むようになっていくのか、これからの自分がとても楽しみです。

みなさんのお部屋は、「~みたい」でいうと、何みたいですか?

ご存知でしたか?こんなこと。

例えば、パームオイルを利用すると、結局、マレーシアの熱帯雨林を破壊することになります。バイオ燃料として注目を集めながら、日本では、石鹸素地、お菓子などの加工食品に、じゃんじゃか使われています。例えば、ここを使うと、結局、TPP推進派に有利なように、お金が流れていくのです。

そうそう、ボルビック(よく自販機にあり)やビィッテル(コンビニで見る)から、農薬やホルモン剤など、85種類の有害物質が検出されています。

そして、日本には、こんな風に原子力発電所が立地しています。大きな地図もあります。あなたの住む場所、あなたの大好きな場所、あなたの大好きな人の住む場所を、この地図の上に、マークしてみましょう。

jp_npp-location-s

(引用元:一般社団法人 日本原子力産業協会最終更新日;201132日)

お子さんのいない方も、もう年だからと諦めていた方も、もう一度、ぐっとあなた自身の生を、尊びはじめませんか?

「日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。」

夏休み中ですが、あまりに心に触れたので、シェアします。

I share “Nagasaki Peace Declaration” in this post, with you. Here is an English version. If you would love to consider about this issue, it is worth for checking Research Center for Nuclear Weapons Aboilition in Nagasaki, as your next step.

68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていたまちは一瞬で廃墟となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4千人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。
このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。

日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。
今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80か国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。
しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。
インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。
NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。
日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。
非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。

核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。
2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで、「核兵器が存在する限り、私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。
しかし、世界には今も1万7千発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。

核兵器のない世界の実現を、国のリーダーだけにまかせるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。
「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意がこめられています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さない、という平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。
若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。
あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか。考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。
地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。 長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。

東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。
先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。
原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。

2013年(平成25年)8月9日
長崎市長 田上 富久

引用元はこちらです。ぜひ、クリックして、ページしたまでスクロールして下さい。

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みなさん、原子爆弾(a nuclear bomb)と核兵器(a nuclear weapon)と原発(a nuclear powerplant)は、おなじです。英語表記は、それを如実に表しています。

長崎放送が受信できるエリアにいますが、今日という日の取り扱いが、関西や関東とまったくちがうことに、驚いています。(体感でも、全く違いました。感じないようにしても、身体中が焼け爛れるように、ヒリヒリしました。なかなか辛くて、夕飯がどうでもよくなりました。)喪に服する日、少なくとも、関東や関西では、そうした扱いではありません。

Japanese government still plans to hold nuclear powerplants. This is a national shame !

過去に起きたことで、自分という人間を決めていませんか?

今年の大河ドラマ「八重の桜」をみていたら、八重さんのこんな台詞がありました。

『恨みを支えにしていては、後ろを向くばかりで。前には進めねぇのだし。』

恨みを支えにするとは、「過去に起きたことで、自分という人間を決めている」ということです。そして、「過去に起きたことで、自分という人間を決めることをやめる」ことが、ゆるしゆるされるということです。

「あの時、あんなひどいことをされたから、今でもわたしはこうしか生きられないの!」「あの時、あんなにすてきだったから、あれをまた味わいたいの」どんなにその”あんなひどいこと”が、多くが頷くことでも、どんなにあの”すてきだった時”が、めったにないことであっても、こう考えている限り、あなたはやっぱり自由には生きない人生を、選んでしまっているんです。

この続きは、次回のメールマガジンで、お伝えしていきますね。