自分の一部が、奇遇にも外にもあった。

わたしは、フランス語が、純粋に好きです。このところ、フランス語の勉強を、再開してみて「フランス語の辞書に顔をうずめたくなるあの感じ」「例文という例文は、素麺でもすするように、全部呑み込みたくなるあの感じを」、英語では、いまだ味わっていないことに、改めて気づきました。

英語だと、該当するものを素早く探しだし、素早く辞書を閉じます。まるで、暗闇の中にある、離れのお手洗いに行くときのようです。

フランス語は、もともと自分の一部だったものが、奇遇にも、外にも存在していたかのように、感じます。これが「純粋に好き」という感覚です。

そして「純粋」が真ん中にあるものは、自分のスタイルや得意/不得意を、しっかり教えてくれます。つまり、自分を知ること全体を、ガイドしてくれます。5/25 グループコーチング「純粋であること」(神楽坂)で、仲間と一緒に、その続きを探検しませんか?