柴犬の法則。

我が家の前の豪邸は、門がすこぶるぶ厚く、中は見えません。だから、そこに黒柴がいるなんて、全く気づけませんでした。今年に入り、ちょうど車をよけるため、門にちかづいて佇んでいたら、気配を感じました。若くてやさしいこまかな粉砂糖みたいなエネルギーだから、たぶん女の子の黒柴が、ゆらゆら尻尾をふってくれていました。

でも、門の隙間に指は入らないから、目でお話しました。二回経験しましたが、彼女が門の側にくる時は、他の柴犬が私の元に来てくれる時と同様、「柴犬の法則」が働いた時でした。

「柴犬の法則」は、わたしがハートブレイクになると、どこからかわたしの前に柴犬がやってきて、魂をすくってくれる(としかいいようがない)というもので、例外のないルールです。

今日もある件で、繊細なわたしは、ハートブレイクしました。そしたら、彼女は門のところにやってきました。(他の日はどんなに待ってもこない)。近づいたら、一生懸命匂いをかごうとしてくれるけど、門が頑丈すぎて分厚すぎて、わたしたちを隔てています。

そしたら、彼女は、地面と門の間の僅かな隙間に、鼻を押しこみました。皮がすりむけちゃうんじゃないか、鼻に傷がついちゃうんじゃないかと思うほどの狭い隙間に、ぐいっぐいっぐいっと、三回もです。そして、匂いを嗅ぐ間もなく、あたたかな舌で、ペロペロなめてくれるんです、愛情深い、繊細な、魂を救うやり方で。

彼女がそうしている時、彼女からわたしは見えません。門の隙間はせまく、彼女は地面にひれ伏した状態です。それなのに、やめません。本当になんということでしょう。

そして、この後すべての流れが好転しました。無理と言われたことが、オッケーになり、高飛車だった人に、丁重に謝られました。さらに、すてきな出会いまで舞い込んできました。このように、柴犬達は、それぞれ少しずつ違う方法とエネルギーで、必ず私を救ってくれる。それがある日突如はじまった「柴犬の法則」です。

わたしの今朝は『やめてー!もう動物を殺さないで!』と、絶叫する夢で目覚めるところから、始まりました。どんな映画よりハイインパクトでした。

自分という大きないのちの一部をまもることは、欲に囚われれば、他者(動物や植物含む)を排斥し、偽装と隠蔽のオンパレードになります。一方、欲をこえさえすれば、いのち全体をまもることになります。いのちの素直さと明るさが、そこにさん然とあります。